杉江松恋の「違う方向に努力する」VOL.2


杉江松恋
(第11号で「10年、20年、30年経っても楽しく遊んでいられるライターでいたい。それだけなんだ」を執筆)

 
 
 

3月26日(火)
夜は新宿五丁目「BIRIBIRI酒場」にてオーストリア作家アンドレアス・グルーバー氏のトークイベントの司会を務める。ゲストはグルーバー氏の著書『夏を殺す少女』の翻訳者でもある酒寄進一氏と、NHKラジオ第二「まいにちドイツ語」でもおなじみマライ・メントライン氏。日本初紹介の作家ということで集客を危惧したのだが、蓋を開けてみたらほぼフルハウスの盛況で安堵した。オーストリアからはるばるいらした客人に恥はかかせられないもんなー。
グルーバー氏自身の話もおもしろかったのだが、オーストリアの出版事情には特に興味を覚えた。「オーストリアにはホラー作家は何人いますか」の問いに「10人……いや、11人(ご自分を加えたのだろうか)」との答えである。聞けば文芸雑誌も100部単位の規模だそうで、「そのくらいの数だと日本だと壁サークルも無理ですよねー」とはさすがに失礼で言えなかった。オーストリア国内の市場だけではもちろん生計を立てられないため、副業をしながら書き、ドイツの出版社に抜擢される機会を待つというのが現状なのだとか。これ、きっと他人事じゃないよね。

3月27日(水)
翌日から留守にするため、死ぬ気で原稿書き。10枚程度の評論一本にてこずったまま日没になってしまい、泣く泣く徹夜態勢に突入。返さなければいけない新人賞の下読みを片付けて選評を書き、新聞書評を2本。両方とも翻訳書でしかも分厚く、難渋した。これをメール送付するともう夜明け。1時間だけ仮眠する余裕があった。

 
 

3月28〜29日(木、金)
本日から京都入りである。幻冬舎ウエブマガジンで連載している「スギエ×フジタのマルマル東海道五十三次ウォーク!」で、前々回土山宿から石部宿まで歩いた際、私が発熱して中途脱落してしまったため、その分を1人で消化するのが目的である。脱落した分の距離は約20km弱なのだが、いっぺんに歩いてしまうと疲労が残るので2日に分割する。翌30日朝から本隊と合流し、終点の三条大橋まで歩くことになっているのだ。
初日はほとんど眠っていないこともあり、午後2時半の遅いスタート。もちろん1人だからといってズルはせず、ちゃんと前回の脱落地点から歩く。てくてく3時間ほど歩き、JR草津線甲西駅でおしまい。夜は京都在住の福井健太氏と打ち合わせも兼ねて飲む。福井君とはある企画を一緒に進めているのだが、まだ海のものとも山のものともしれない状態なので、それほど話は進展しない。まあ、定期的にコミュニケーションを深める必要があるということで。京阪三条の付近でしこたま痛飲し、烏丸五条のホテルに帰る。
翌日は正午スタート。やはり3時間かけてJR草津線手原駅でフィニッシュ。これで宿題は消化できた、とひと安心し、夜は以前に千野帽子氏に教えてもらった某所でひとり酒。わりと早めに就寝。

3月30日(土)
朝8時30分に京都駅の草津線ホームで本隊と合流。一緒に執筆予定の藤田香織氏と、ボランティア参加してくださっている銀色夏生氏、香山二三郎氏、そして編集チーム勢、AB、AM,KC,IGの各氏。この8名で手原駅から大津宿までの約18kmを歩いた。夜はホテル近くの居酒屋で宴会。明日で終わりということもあって盛り上がる。約1年半かけて日本橋からここまで歩いてきたのだ。三条大橋までたどりつければ492kmを歩ききったことになる。
おおいに痛飲した後、みなさんに断って1人で近所のスナックへ。実はこの旅行、一度もスナック風の店には行かなかった。それが心残りで、もっと地元の人と交流を深められたらよかったのに、という気持ちがある。毎日15〜20km近くも歩くと疲れてしまい、そんな元気は残らないのだ。スナックの扉を開けるとそこには祇園時代の貯金を元に店を始めた美人ママ……ではなく品のいい老紳士がカウンターの中で、2人の女性が先客であった。「滋賀県には台風がほとんど来ない」というような話をしながら小1時間飲み、帰還。よい経験になった。次に東海道を歩く機会があったら、今度こそ毎回スナックに行こう。

3月31日(日)
7時30分に出発。毎回夜が明ける前に歩き始めているので、これは非常に遅い。やはり最終回だからだ。途中で思いがけず逢坂の関を越えることになったりしてそれなりに苦労したが、午後1時には京都市東山区の三条大橋に到着。無事に企画を完走できた。三条大橋にはさしたるモニュメントもなくて拍子抜けしたが、それもそのはずで本家ともいえる十返舎一九『東海道中膝栗毛』では弥次さん喜多さんは四日市から伊勢街道に抜け、参宮後に別ルートで京都に到着しているので、この三条大橋は通っていないのである。打ち上げ後、帰京するみなさんと別れて北山の北野天満宮にお詣り。受験生の子供のために学業成就のお守りをもらってくる。
夜は、私の主宰している書評サイト「BookJapan」の執筆者である藤田祥平氏と会い、木屋町の串揚げ屋で食事。途中で同じく執筆経験のある築出瑛理子氏と合流、市内某所で二次会をすることになった。その場に偶然いらっしゃったのが、2人の大学の指導教官である河田学氏で、恐縮なことにご一緒させていただくことに。河田氏は『レーモン・クノーの文学練習』(水声社)の共訳者でもあり、いろいろと興味深いお話をうかがう。深更まで過ごして帰還。

4月1日(月)
午前中の新幹線で帰宅。旅の疲れを取る間もなく仕事態勢に戻る。翌々日に控えた江戸川乱歩賞三次のための下読みを片付けるなどし、けっこう真面目に働く。
——これが、私の1週間の暮らしぶりでした。

今週1週間にした「違った方向の努力」は「歩いたこと」であった。というか「体を張った取材」だな。
私はもともと書斎派ライターである。書評を専業にしていたので当然なのだが、主戦場は本を読んでそれにちなんだ原稿を書くということであった。もちろん楽しいし得意なのだが、それ以外の仕事もやりたいという気持ちはずっと持っていた。だからこそ「東海道ウォーク」の話が持ち上がったとき、渋る藤田香織氏を無理矢理説得して企画を通してもらったのである。体はボロボロになったけど、この仕事は本当にやってよかった。
東海道ウォークで特によかったのは「みなさんにおもしろがってもらえた」ことだ。「いつも読んでるよ」「本当に歩くの? たいへんだねえ」と気にしてもらえるだけではなく、銀色さんや香山さんのように、おもしろがって同行してくださる人まで現れた。幻冬舎の編集部からも何人もゲスト参加者に来てもらっている。これって、「レポ」本誌に書いたライター四か条のうち「二.第三者がそこに加わりたいと思うくらいに、おもしろくなければいけない」の原則にばっちり合ってるじゃん! この仕事で得た感覚は、他のことにも活かせるのかもしれない。「違う方向その1:体力を使って楽しいことをする」は大正解だったということだ。
 
 

(おまけ)
前回の原稿の最後に写真を貼りつけたことをご記憶だろうか。もうお判りだと思うが、あれは「画材屋で売っているデザイン用の人形」である。いろいろ種類はあるのだけど、「スリムな女性のモデル」を買ってみた。
というのも、本業とはまったく別に、私は絵の練習をしたいと思っているからである。この「違った方向の努力」は、お金にならないことのためにする。できれば毎日、デッサンの練習をするつもりだ。へたくそで恥ずかしいのだが、とりあえず現時点での成果物を貼っておこうと思う。

 

こんなのでも少しはうまくなるのかなあ。
 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
-ヒビレポ 2013年4月8日号-

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