今朝はボニー・バック 第16回


LOST 〜合宿免許青春物語 シーズン2〜

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)
 
 
 

たしか、合宿に来てから初めて迎えたフライデーナイトだったと思う。
「東海林さん、何やってたんスか。今、美香ちゃんの恋愛の悩みをみんなで聞いてたんですよ」
宿舎の共同スペースになっている娯楽室に入ると、開口一番、山口が言った。ぼくと同じ日にこの合宿免許に入校した生徒だ。歳は2つ下の19歳。この「山口」という名前は、色白&ボウズ頭の風貌が高校1年の時の同級生に似ていたので勝手に命名したのだが、今となってはこいつが山口だったのか、同級生が山口だったのかはっきりしない。ちなみに、「東海林」とはぼくの本名だ。
そのトイメンの席には、同じく、同日に入校した美香ちゃんが座っている。こっちは仮名だ。早生まれの28歳。学年でいうと、ぼくより8コ上。童顔なので、みんな「ちゃん」付けで呼んでいた。
娯楽室には他に、ぼくたち3人より数日早く入校した、ノッポと巨乳の女子二人組もいた。みんなで修学旅行の夜のように恋愛トークをしていたらしい。合宿免許に来てから3日目が過ぎようとしていたが、こうやってみんなとおしゃべりするのはこの時が初めてだったはず。

 
 
ちょっと前の「レポTV」で、トロさんとえのきどさんが「われわれは人見知り芸人だから・・・」とおっしゃっていたが、ぼくもお二人に負けず劣らずの人見知りである。特に、いまだに女の前でメシを食うという行為がどうにもこっぱずかしく、飲み会などでもつまみをとらずガバガバ酒ばっかり飲んでいる。
♪これじゃ身体にいいわきゃあないよ
酒を飲むと性格もさっきまでとは打って変わって張飛のような酔い方をするのでこれまでずいぶん友達を失ってきた。合コンで女性陣を前に寝たこともある。
そんな「Hey、重度」の人見知りが3週間以上も知り合いもいない合宿免許に参加したのである。案の定、引きこもった。

仮免前の教習は、教習所のコースを使って2〜3人単位のグループごとに受ける。ぼくは同じ日に入校した山口と美香ちゃんと同じグループになることが多かった。せっかくの同期なんだから楽しくやりゃあいいものを、ぼくは早く合宿からおさらばしたいという気持ちが強く、毎回クソ真面目に教習を受け、教習後一緒に食堂でごはんを食べる時以外は二人に対しても口を開くことは滅多になかった。
ぼくがこの同期二人に比べて、明らかに運転技術のセンスがなかったことも引きこもる原因になっていた。なんせ、初期の初期、実際の車ではなく、ゲーセンにあるようなシュミレーターマシンを使った教習の段階ですでにつまずいていたのだから(ちなみに、ここの教習所では高速の実習は、実際に高速道路を走らずにこのシュミレーターマシンで行われた)。
まず、ハンドルの回し方がわからかった。右であれ左であれ、ハンドルをぐるぐる回していると、腕がDNAの二重螺旋のように交差してしまうのである。隣のマシンの山口と美香ちゃんは普通にできているようだ。
(マズい、このままでは二人に引き離される)
引き離されるも何も、二人はオートマ車で、こっちはマニュアル車。合宿の日数自体、マニュアル車の方が1週間ほど多い。焦る必要は全くなかったのだが、合宿初日の晩から、ぼくは宿舎の自分の部屋にこもり、洗面器をハンドルに見立てて特訓を始めた。
ハンドル操作に続いて難しかったのはマニュアル車特有のクラッチ操作&ギア交換だ。アクセルを踏んだままクラッチを離していくスタート時の操作はなんとかできるのだが、ギアを落として停止させるのが難しかった。たしかハンコをもらうまでに2、3時間かかったと思う。宿舎の部屋の壁をよく見ると、ぼくと同じように焦り、イラついたのか、先人が破壊した痕がいくつもあった。

ここで、ちょっと教習所の教官の話に移る。舘ひろし演じるスター俳優が免許を取るまでを描いた映画「免許がない!」はご覧いただけただろうか。映画には、墨田ユキ演じる色っぽい女性教官や西岡徳馬演じる熱血教官、片岡鶴太郎のいけ好かない教官など、さまざまな教官が登場する。しかし、現実にはあんなエロ教官がいるはずもなく、いるのは普通よりちょっとくたびれたようなオッサン教官ばかり。
劇中、舘ひろしが卒験前に「あいつとあいつ以外の教官なら誰がきても大丈夫なんだが」と手を合わせるシーンがあるが、実に教習生の心情をとらえたシーンだと思う。たしかに苦手な教官というのは存在する。苦手というか、やけに教習生にプレッシャーを与えてくれる教官。ぼくの場合は谷教官(仮名)がまさにそれだった。言葉少なく、欠点ばかりを指摘する教え方は中学で地理を習った小徳先生(実名)そっくりだった。ぼくが苦手とする教習を担当することが多かったのも嫌う理由になっていた。
(谷のプレッシャーに負けないように、一杯ひっかけてから教習を受けようか)
ぼくが本気でそう考えていた頃、同期の二人は面倒なクラッチ操作もなく、順調にハンコを増やしていた。

はじめて娯楽室に入り、みんなとおしゃべりをしたのは、そんな、やさぐれ半分、諦め半分の時だった。
美香ちゃんの恋愛相談はまだ続いていた。現在、東京の三鷹というトコで彼と暮らしている。同棲生活も5年目に入るので、そろそろ結婚を考えたいところだが、彼の気持ちがはっきりしない。そんな内容だった。ぼくは親身に話を聞くフリをしながら、視線は美香ちゃんの胸元に釘付けだった。ブラウスからチラリと胸の谷間がのぞいているではないか。
ブラウス越しとはいえ、この距離で胸チラを見るのは初めての経験に近い。
ドキドキしていた。

「ねえ、東海林君は今まで何人と付き合ったことあるの?」
美香ちゃんが純、いやぼくに訊いてきた。来た! 一番されたくない質問だ。
「二人ぐらい、かな・・・」
必死に平静を装って応えた。「ぐらい」という曖昧さが童貞のつく嘘の限界を表している。どうやら、皆の衆はそんな嘘に納得したようで、話題は別の人に流れていった。
娯楽室から自分の部屋に戻ると、ぼくは早速、美香ちゃんの胸の谷間を思い出しながら自分のギアを握った。

この晩を契機にぼくは次第にみんなと打ち解けていった。美香ちゃんを異性として意識し始めたことが大きかったのだろう。それまでは向こうが8歳上ということもあって、自分とは違う、大人の女性としか見ていなかったのだ。気がつくと、人一倍合宿生活を楽しんでいる自分がいた。
特に、同期の山口と美香ちゃんとはずいぶん仲良くなった。3人の役柄は、歳が一番下の山口がしっかり者、美香ちゃんはかわいいお姉さんタイプ、そして末っ子のぼく。
娯楽室で「モー娘。ドンジャラ」が流行ったことがある。おそらく、合宿の先人が置いていったものだろう。ぼくは雀荘のマスター気取りで面子を揃え、レートを決め、夜な夜なドンジャラ大会を開催した。
「タンポポに吉澤は入ってないよ。東海林さん、チョンボ!」そんな、ぼくと山口のやりとりを見て笑っている美香ちゃん。
とはいっても、一人で行動することも続けていたぼくは、ある日、合宿所から2キロほどの距離にあるひなびたカラオケに入り、小一時間ほど一人カラオケを楽しんだことがあった。合宿に戻ってそのことを二人に報告すると、美香ちゃんが
「誘ってくれれば一緒に行ったのに」
といった。
(ひょっとして美香ちゃんはぼくに気があるんじゃあ)
この妄想癖は今でも治っていない。
 
(続く)
 
 
 
-ヒビレポ 2013年4月17日号-

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