今朝はボニー・バック 第17回


LOST 〜合宿免許青春物語 シーズン3〜

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)
 
 
 

この前、本屋さんに入ったら、みうらじゅんさんの新刊「セックス!ドリンク!ロックンロール!」(光文社)が平積みになっていた。尊敬するMJの新刊とあって、さっそく購入しようと思ったが、ネット等で伝え訊いたところによると、この作品は「ムサ美時代のDT(童貞)喪失」が大きなテーマとなっているという。ぼくのこの連載のテーマも「脱・DT」。DT文学の開祖の作品を先に読んでしまったら、このエッセイに影響を与えないわけはない。てなワケで、「セックス!ドリンク!ロックンロール!」はこの連載が終わるまでお預けすることにした。6月末か、長いな。
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福島の合宿免許に入校してから2週間が過ぎようとしていた。ぼくはやっと仮免試験に合格し、路上教習に入った頃だった。同じ日に入校した山口と美香ちゃんは、教習時間の少ないオートマ車ということもあって、教習手帳に順調にハンコを重ね、合宿生活も残すところあと数日という段階まで来ていた。ぼくは、最初の「少しでも早く教習をクリアして帰りたい」という焦りはなくなり、二人と別れることの方にさみしさを感じていた。

 
 
当たり前の話だが、合宿免許は生徒の入れ替わりが激しい。仲良くなったと思った途端、卒業、お別れがやってくる。いつの間にか、ぼくら3人は教習所の中でもすっかりベテランになっていて、ぼくらより古株は、女性ながらマニュアル車の教習を受けて四苦八苦している巨乳&ノッポの女子二人組だけだった。
ぼくらのすぐ下には、数日遅れて入校してきた、「さとこ」ちゃん(うろ覚えだし、たぶん違っているのでこの名前で通す)という物静かな女性。ぼくはあんまり話したことはなかったが、美香ちゃんとさとこちゃんは宿舎で部屋が隣同士ということもあり、おしゃべりしている姿をよく見かけた。
さらにその下に、男性二人に女性一人の同期3人。3人とも20代中盤で、パッと見、知り合いのように見えるが、別々に入校してきたとのこと。ぼくらと同じ組み合わせのこの3人は、男二人は仲が良く、いつもつるんでいるのだが、もう一人の「下村」さん(仮名)という女性は、宿舎から教習所に向かう時も、ご飯を食べる時もいつも一人だった。
下村さんは、身長が170センチくらいあって、色白にロングの黒髪、フレームレスのメガネを掛けた、けっこう「イイ女」だった。ナイナイのやべっちとドラマ「天気予報の恋人」で共演した頃の米倉涼子に似たクールビューティで、それだけに話しかけづらい雰囲気を持っていた。

数日後に山口の卒検を控えたある日、新たに4人の生徒が入校してきた。真っ黒に日焼けし、筋肉モリモリの身体をした「カズさん」と呼ばれている40代男性。体重90キロオーバーの姉弟。ビニール袋が似合いそうなパンチパーマの少年は、やはり暴走族に入っているとのことだった。カズさんとパンチは、自動車教習所は今回が初めてではなく、免許取り消しになったので合宿に来たと言っていた。免許取り消しになった理由は訊かなかった。
姉弟以外はまったくの赤の他人ということだったが、駅から合宿所までの車中ですっかり打ち解けたようで、団体で入校してきたと思ったほどの仲の良さだった。4人とも濃いキャラをしていたが、中でもカズさんは別格だった。
ある晩、宿舎1階の自販機コーナーでタンクトップ姿のカズさんと出くわしたことがある。日中は腕にサポーターをしているので気がつかなかったが、カズさんの両腕から背中一面には「筋彫り」(色をつける前の入れ墨)が施されてあった。
カズさんはぼくの視線が自分の背中に注がれていることに気がつくと、「日中裸になったら、女の子とか怖がっちゃうもんね」と言った。カタギでないが、きさくな人らしい。
しかし、合宿生活では抑えてはいるものの、時たま本来の気性が出てしまうようで、宿舎でカズさんの真下の部屋に当たる山口は、「朝になると、上の部屋からカズさんの吠えるような声が聞こえてくる」と言っていた。カズさんは、「東京で会社を経営しているんだけど、残している社員の出来が悪くて、つい電話で怒鳴っちゃうんだよ」と弁解していた。
そんなカズさんに、「『仁義なき戦い』の中で誰が一番好きですか」と質問したトンパチがいる。ぼくだ。カズさんは笑いながら「金子信夫」と応えてくれた。
また、一度、娯楽室での「モー娘。ドンジャラ」に誘ったことがあるが、カズさんの返事は、「やめとくよ。だって、レート低いんでしょ」だった。一体、いつもどんなレートで打っているんだろ。

新しい仲間も加わり、合宿生活はますます賑やかになっていった。その中でも、ぼくと山口、美香ちゃんの3人は、傍からは入り込む余地がなかったほど仲良く見えたらしい。かといって、ぼくと山口が美香ちゃんを取り合う三角関係という図式ではなく、最初から最後まで実に爽やかな関係を保っていた。
ぼくは、前回の「ブラウス越しの胸チラ事件」以来、どこかで美香ちゃんのことを意識はしていたが(彼女をオカズにオナニーは続けていた)、このバランスを崩してまでどうにかしようとは思わなかった。また、「山口がいなければ、美香ちゃんと二人でしっぽり楽しめるのに」とも考えなかった。それに、山口には地元・神奈川に1、2コ年上の彼女がいるという話だった。
(卒業する日も3人一緒だったらなあ)
3人の中で一番遅れているぼくが言うことでないが、これが本心だった。

いよいよ山口の「卒検」の日がやってきた。何ごとにも要領のいい山口は、すべての教習をノーミスでクリアし、最短日数で合宿を終えようとしていた。美香ちゃんは同じオートマの教習だったが、仮免試験を一度落ちてしまったため、数日分の差が開いていた。
山口とは、一緒に酒を飲むようなこともなく、ただ普通に話し、普通に生活を共にしただけだったが、兄弟のような関係を築くことできた。ダメな兄キとしっかり者の弟。ぼくは山口が仲介役をしてくれてなかったら、美香ちゃんとも他のメンバーとも打ち解けることはなかっただろう。同じ日に入校したのが彼で本当に良かった。山口は合宿を終えたら、地元でTSUTAYAのバイト生活に戻るという。
山口の卒検合格発表は、同期3人でアナウンスを聴いた。合格者の中に自分の名前が読み上げられると、山口は珍しく「よっしゃー!」と感情を爆発させた。
山口、合宿終えるってよ。

教習生は卒検を合格すると、その日のうちに帰宅しなければならない。山口が合宿を去ってから数時間後、ぼくと美香ちゃんは宿舎の裏手にある河原で酒を飲んでいた。二人とも手には折り畳まれた一枚のルーズリーフを握っていた。昼間、お別れの時に山口からもらった手紙だ。
このエッセイを書くにあたり、久しぶりにその手紙を出してみた。宛名には「東海林さん」の上に「おにいさん」とルビが振ってあった。そうだった、ぼくは山口に「お兄さん」と呼ばれていたんだっけ。
 
 

 
 

「ぶっちゃけ、最初は仲良くなれねーなぁと、思ってました。だけど、話していくうちに、スゴイ親しみもわいて、会って2週間とは思えないくらい仲良くなったね!(中略)しばらく会えなくなるけど、今度一緒にサッカーでも見に行きましょー」(原文ママ)
気落ちしているぼくを見て、美香ちゃんが励ますようにこう言った。
「山口君、私に『東海林さんのことよろしくお願いします』って言ってたよ」
この言葉に、恥ずかしながらぼくは泣いてしまった。元々、ぼくは涙もろい質だが、たかだか2週間程度の共同生活をしただけで、別れ(しかも男)に涙するとは尋常ではない。これが俗にいう「合宿免許マジック」である。ひとしきり泣き、宿舎に戻って床に就こうとした時、美香ちゃんからメールが届いた。
「東海林君、大好き。」
ぼくの返事は一言。
「おれもだよ。」
泣いたことよりもこのメールの方が恥ずかしいのはわかっている。ただ、その威力は絶大で、美香ちゃんは後日、「あのメールでキュンと来ちゃった」と振り返っている。一撃必殺。スズメバチのような童貞である。
山口の喪失がお互いの感情を加速させたのだろう。その日を境に、二人はお互いを異性として意識するようになっていった。

それからも、ぼくと美香ちゃんは、教習がある時間は他のメンバーとの共同生活を楽しんでいたが、夕方は河原で二人で過ごすようになっていた。
お互いの第一印象について、ぼくが「送迎車の中で一緒になった時、あいさつもしないでスカした女だなあと思った」と言うと、返す刀で「それはこっちも」と彼女。ぼくはその時、やしきたかじんのような度付きサングラスをしていたので、そのことを言っているのだろう。
「それに」と続ける。「東海林君の荷物があんまり少ないんで驚いた」
これは今でもそうなのだが、ぼくは泊まりの取材や帰省する時など、本当に必要最低限の荷物しか持っていかない。10日以上の長旅の場合も、荷物は替えの下着を2、3日分と夏はTシャツ数枚、冬はパーカー、寝間着、タオル、洗面用具、筆記用具、文庫本。こんなもんだ。
「本当に必要なものだけが荷物だ」
キヨシローもエッセイの中でそう言ってたし。
またある日、いつもは髪ゴムで後ろをまとめている美香ちゃんが、何を思ったのかゴムを外し、髪をほどいたことがあった。
「合宿にいる間にずいぶん伸びたな」肩ぐらいまで伸びた髪を触り、そのまま彼女は河原にごろんと仰向けになった。
どういうつもりなんだろう。女が髪をほどくのはOKサイン。そんなこと、「ホットドッグ・プレス」に書いてあっただろうか。
ドキドキしていた(Reprise)。

後日談になるが、合宿生活からしばらく経った、二人がつき合い始めた頃、美香ちゃんに「実は合宿にいた時、美香ちゃんをオカズにしていた」と告白したことがある。どん引きするかと思いきや、向こうの反応は意外なものだった。
「実は私も東海林君で」
合宿中、美香ちゃんはぼくのどんなところに魅力を感じたのだろう。今となっては知ることはできないが、嬉しかった。

そして、美香ちゃんの合宿生活も終わりに近づいたある晩、ついにぼくは「Fの壁」を突破するのである。

(続く)
 
 

-ヒビレポ 2013年4月24日号-

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