今朝はボニー・バック 第18回


LOST 〜合宿免許青春物語 シーズン4〜

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)
 
 
 

「実は、東海林君と同じ日に帰ろうと思って、卒検ワザと落ちようと思ったの」
美香ちゃんはぼくにそう言い残し、福島の合宿免許を去っていった。同じベッドで抱き合ってから十数時間後のこと。

10年前の6月末。ぼくが合宿に入ってから3週目に入っていた。仮免前はマニュアル車の操作にずいぶん手こずったぼくだったが、路上に入ってからは順調で、気がつくと、ぼくより先に入校した巨乳&ノッポの女子二人組と同じ段階に達していた。
ある日、娯楽室で二人と話していると、どちらかが「美香さんってホント若いよね。20代後半とは思えない」と言ったことがある。まるで自分の女が褒められているかのように鼻を膨らませるぼく。ちなみに、美香ちゃんは合宿中「東海林君と巨乳のコがデキているのでは」と疑っていたらしい。たぶん、ずっと胸ばっかり見ていたせいだろう。
 

 

前回の「東海林君、大好き。」「おれもだよ。」というメールのやり取りの後、ぼくと美香ちゃんは時間がある限り二人っきりで過ごした。一方で、お互いの会話は詰まりがちになっていた。
(お互い好きだという気持ちは分かっているが、合宿終了後はどうするつもりなのか。美香ちゃんは同棲中の彼と別れられるのか。そして、実家暮らし&プータローのぼくに、8歳上の彼女と続ける自信があるのか)
二人で花火を楽しみながらも、そんなことを考えていた。
美香ちゃんが合宿に来てから、彼からは一度も連絡がないらしい。
「そんなヤツとは別れてオレと付き合ってよ」
ぼくに言えるはずもなかった。

美香ちゃんの卒検を翌日に控えた日曜の午後、ぼくらが免許合宿に入校してから初めてのバーベキューが宿舎裏の川原で行われることになった。音頭取りは、すっかり合宿メンバー(教習所には通いの生徒もいた)のリーダー格に収まったカズさん。
昼前から準備をし、「そろそろ始めますか」という頃になって参加者を見渡すと、カズさんがいない。探しにいくと、宿舎の娯楽室で一人いじけているとの報告が入った。ぼくが「理由は知りませんが、カズさんがいないと盛り上がらないですよ」と説得に行き、ようやく川原に出てきてくれた。
ここからが大変だった。カズさんはバーベキューの間、さまざまなことにイチャモンをつけてくるのだ。とうとう、半分に切ったナスを焼こうとすると、「ナスは4つに切ろ」と横やりを入れてくる始末。ぼくが「ナスはこの食べ方がいいんですよ」と抵抗すると、なぜか女子から「ケンカはやめて」と竹内まりやな仲裁が入った。
(あれ、なんだかオレとカズさんが揉めている雰囲気だな)
今になって、思い当たる節があった。

それはバーベキューから遡ること数時間前。他のメンバーがバーベの準備をしている中、ぼくと美香ちゃんは娯楽室でお互いの顔を突き合わせ、雑誌のクロスワードパズルを解いていた。
「熱いね、お二人さん」
そこに現れたるはカズさん。照れてしまったぼくと美香ちゃんは雑誌を閉じ、カズさんの話を聞くことにした。
「それ、シールじゃなくて入れ墨。かわいいだろ」
カズさんが差し出したケータイの待ち受け画面には二人の子どもが映っていた。別れた女房のところにいる子どもだという。二人とも目の下に星型の入れ墨が入っていた。わが子とはいえ、まだ小学生にもなっていない子どもの顔に墨を入れるとは。なんて親だ。ぼくも美香ちゃんも口では「かわいい」と言っていたが、心の中で思っていたことは同じだった。
そこから始まったカズさんの身の上話が凄かった。
なんでもカズさんは捨て子だったというのだ。孤児施設からヤクザの親分夫婦の元に引き取られ、高校卒業まで育ててもらう。高校の頃から付き合っていた彼女とは結婚も約束していたが、向こうの親は、家がヤクザのカズさんとの交際を認めてくれない。それに悩んだ恋人は自殺してしまったという。カズさんは恋人の後を追って、舌を噛みちぎって自殺を図る。
「ほら、これがその痕」
とカズさんはベロを突き出し、その時の傷痕を見せた。
カズさんの話に圧倒され、ぼくはこう言ってしまったのだ。
「すごい人生ですね。小説書けますね」
決して、「作り話が上手ですね。小説家にでもなったらどうですか」という意味のつもりで言ったのではない。ぼくはその頃から、物書きの原罪というか、「悲しいこと、悲惨な目に遭ってしまった時は笑い話にして世に広めるしかない教」に入っていたので、思わず教えが口から出てしまったのだ。しかし、失言であったことは間違いない。

そうか、あの時のぼくの発言が気に触ったのか。いくら後悔しても、すでにアフターフェスティバル。それにしても、気がつかなかったとはいえヤクザの御曹司相手にナスの焼き方でケンカを売るとはぼくも命知らずだったもんだ。
なんとか皆でなだめすかししていると、バーベが終わる頃にはカズさんの機嫌も治ってきた。しかし、カズさんはバーベの途中、合宿所から姿を消してしまうのである。一人ではなく、ある女性と。相手は、教習生の中で一番のクールビューティー、下山さんだった。
実をいうと、このことが起きる数日前から、ぼくと美香ちゃんは下山さんに相談を受けていた。
「カズさんに交際を申し込まれたがどうしたらいいか」
下山さんは外見こそクールビューティーだが、性格はぼくに輪をかけた人見知りで、普段、実家暮らしをしていて外に出るのは犬の散歩ぐらいだという。今まで男の人と付き合った経験もなし。それがよりによって、カズさんに見初められるとは。さぞかし迷惑だろうと思っていると、下山さんも満更ではない様子。そもそも、その気がないなら、ぼくらに相談するわけがない。悩んでいるのは、カズさんが他の女性にも声をかけている現場を目撃したことが原因のようだ。
後日談になるが、合宿中、何人か男が下山さんに告白したが、カズさんを相手に全員撃沈したとのことだった。

バーベは、カズさんと下山さんの失踪でお開きの格好となった。たぶん二人がどっかでよろしくやっていた頃、ぼくにもついに「Fの壁」を突破する瞬間が訪れる。
ぼくと美香ちゃんは、誰もいなくなり、静かになった夜の川原にいた。二人になると、美香ちゃんは「何にもしらないコを騙して」とカズさんのことを詰った。しかし、自分も同棲中の彼がいながら、合宿先で8歳下の童貞と恋をしているのだ。
明日はいよいよ美香ちゃんの卒検の日。ぼくも路上教習に入ってから、ずいぶん追い上げてはいたが、それでも彼女とは3、4日分の差があった。合格したら、そのまま美香ちゃんは合宿所から去っていく。二度と会えないかも知れない。戦時中、出征前夜の夫婦はこんな感じだったのだろうか。
どちらからともなく、抱き合った。
キスはしたはずだが、覚えていない。ぼくにとってファーストキスだったのに。彼女の服を脱がしたことははっきり記憶に残っている。
(おっぱいは思ったより小振りだな)
すべてが初めての経験ながら、わずかな月の光を頼りにぼくはセックスに向かって順調に手順を踏んでいった。美香ちゃんのジーパンを下ろそうとすると、唐突に彼女が言った。
「してあげる」
なんのことか分からなかった。
「してあげるから、パンツ脱いで」
どうやら美香ちゃんは、ここで、口でしてあげると言っているようなのだ。
とたんに臆病になったぼくは、「いや、いい、いいよ」と固辞した。
(今日、オレ、まだ風呂入ってないし)
うろたえているぼくにかわまず、美香ちゃんはぼくのスウェットとトランクスを脱がすと、口に入れた。
時間にして1、2分、もっと短かったかもしれない。大きくはなったが、イク気配がなかったので、ぼくは「もういいよ」と言って美香ちゃんの口から抜いた。
「もういいよ」とは「ここではもういいよ」という意味で、続きはぼくか美香ちゃんの部屋で行うつもりだった。

「もしかしたら、宿舎の入り口に誰かいるかもしれないから時間差で部屋に来て」
彼女の言葉を忠実に守り、ぼくは姿を隠すため、川原の草むらの中に寝っ転がり、時間をつぶした。
「ついにセックスができるんだなあ」
満天の星空を眺めながら、感慨に耽った。
しばらく経ってから、女子専用フロアになっている宿舎の三階の美香ちゃんの部屋に移動した。当然、このエリアは男の出入り禁止である。ぼくが「声とか漏れないかな」と心配すると、美香ちゃんは「隣の部屋はさとこちゃんだし、大丈夫」と、堂々としたものだった。たしか、さとこちゃんも次の日が卒検だったはず。今思えば悪いことした。
で、続きというか、本格的にスタートしたわけだが、彼女がぼくに挿入を許すことはなかった。その日、彼女は生理二日目だった。彼女はジーパンの下に赤いパンツを穿いていた(この辺、田口トモロヲさんに読んでほしい)。
直前でおあずけを食った形になったぼくは、ほとんど眠れないまま、早朝、自分の部屋に戻った。

次の日、何ごともなかったように美香ちゃんの卒業検定が行われた。卒検合格発表は、山口の時と同じく、ぼくも付き添うことにした。二人、教習所入り口のイスに座って待っていると、合格発表のアナウンスが始まった。他の合格者とともに、美香ちゃんの名前が呼ばれた。
「よかったね」
ぼくがそう声をかけると、彼女は涙をこらえているような顔で、前のスピーカーを向いたまま、冒頭の言葉をいった。
「東海林君と一緒の日に帰ろうと思って、卒検ワザと落ちようと思ったの」
「ワザと落ちようとした」って、どんなことを企んでいたのは知らないが、一歩間違えば交通刑務所行きである。しかし、その言葉に、またもやぼくは泣いてしまった。美香ちゃんも泣いていた。
合宿所の門前で美香ちゃんを見送ってから数分後、メールが届いた。
「東海林君、好きだったよ。バイバイ(;_;)/~~~」
ぼくが本当のFの壁を突破するのは、もう少し先、二人が付き合ってからになる。
 
(続く)

 
 
 
-ヒビレポ 2013年5月1日号-

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