今朝はボニー・バック 第21回


LOST 〜川越⇄井荻半同棲物語①〜

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)
 
 
 

2003年7月〜2005年1月までの1年半。これは、ぼくが人生初の彼女、美香ちゃんと付き合っていた期間であり、最初に就職した会社に在籍していた期間だ。
もうちょっと長く、2年位付き合っていたと思っていたが、当時使っていた「さいしん」(埼玉県信用金庫)の通帳記録を見ると、最後にアパートの家賃を振り込んだのが2005年1月になっているので、錯覚だったようだ。会社からの給料の振り込みもこの月の分で最後になっている。
つまり、2005年1月はぼくにとって、彼女と別れ、会社を辞め、東京(正確には川越)での一人暮らしにピリオドを打ち、地元・秋田に戻った月、ということになる。

21歳の7月。ぼくは、埼玉県鶴ヶ島市の精密機械の電子基盤を製造している会社に入社した。会社は川越市霞ヶ関のアパートから自転車で通える距離にあった。勤務時間はたしか8時半から17時半まで。配属されたのは、出荷前の最終チェックを行う検査課だった。顕微鏡を使って、1日数百枚単位の基盤を視る仕事だ。
一見、単調でつまらない仕事のように思われるが、そういった仕事ほどノった時のアドレナリン放出量は半端ない。これといって作業ノルマはなかったが、自分の中で制限時間と検査する基盤の枚数を決め、テキパキこなしてる時の快感ったらなかった。
同僚は50代を超えたおばさんが大半だった。ぼくより少し年上の男性社員も何人かいたが、どの人もあんまり社交的ではなく、仕事終わりで飲みに行くこともなかった。みんな、17時半の就業時間終了のチャイムが鳴るや蜘蛛の子を散らすように会社から出て行った。
週休2日制で、残業はほとんどなし。給料は手取りで15万円程だったと思う。元々、美香ちゃんと付き合うためだけに就職したようなものなので、待遇に不満はなかった。
一方、美香ちゃんも、浦和のおばさん宅に住みながら新しい会社に就職した。ぼくと付き合う前から彼女はシルバー彫工の仕事をしており、新しい仕事先も錦糸町にあるアクセサリー関連の製造会社だった。
 

 

彼女の会社も土日休みで、おばさん宅に居候している間は、金曜夜になるとぼくのアパートに泊まりに来た。
「エッチするためだけに私と付き合ったの?」
童貞を喪失した晩、そう彼女に言われてからもぼくのセックス熱は止まなかった。酒を飲んで酔っぱらっては欲情し、風呂に入っては抱きつき、外出しようと服を着替えた彼女に興奮してはまた挑んだ。
一度、美香ちゃんが居候している浦和のおばさん宅に泊まりに行ったことがある。旅行かなんかでおばさん不在の時だ。おじさんは既に亡くなっていて、ぼくは仏壇に手を合わせながら、
(おじさんのお家で美香ちゃんに手は出しません)と誓った。その晩、誓いは破られた。

そんなぼくでも、唯一セックスをしなかった日がある。交際2年目、2004年9月8日に、二人でさいたま市文化センターにザ・ハイロウズのライブを見に行った夜だ。
ライブではしゃぎすぎたのだろう、ライブ後、霞ヶ関駅近くの牛角で一杯飲んで帰宅すると、ぼくはそのまま布団に倒れ込むように眠った。
翌日、美香ちゃんとこんな会話をしたことを覚えている。
「そういえば、きのうエッチしなかったなあ」
「そうそう、私もそう思ってたの。よっぽどライブ楽しかったんだね」
美香ちゃんは、まるで「ステイ」を覚えた小犬を見るようなまなざしでぼくに言った。

付き合ってからほどなくして、別れ話が持ち上がった。下北沢でデートをした日だ。ぼくにとっては初めて訪れた下北だった。街をブラブラしてから、コーヒーが1杯千円もする喫茶店に入った。
どうしてそういう展開になったのか分からないが、たぶん、ぼくの方から切り出したんだと思う。
「8歳の年の差ってことは、ジョンとヨーコと同じだね」
日頃、口先では彼女にそんなことを言っていたが、今考えれば、その言葉は彼女にではなく、自分自身に向けていたのだろう。
(まだハタチを超えたばかりなのに、やりたいというわけでもない仕事をしながら8歳上の彼女を愛し続けることができるだろうか)
この通りではないが、美香ちゃんと付き合ってから自分が抱えていた不安を打ち明けた。ぼくなんかより、彼女の不安の方が大きかったはずなのに。
「せっかくの下北デートなのに」
幸せそうにお茶をしているカップルに囲まれながら泣いている美香ちゃんを見て、ぼくも泣いた。結局、二人が別れることはなかった。この一件以来、どういうわけか下北にはいい思い出がない。

川越のアパートで一緒に過ごした時間の中で、一番楽しかったと言っても過言でないのが、美香ちゃんの本職であるシルバー作り体験だ。もちろん、全工程ではなく、シルバーの型になるワックス(ロウ材)を削る作業まで。
これは「ロストワックス製法」と呼ばれる製法で、削ったワックスを石膏かなんかで型抜きし、それに銀を流し込んで完成、となる。
ぼくは美香ちゃんにワックスの削り方を教えてもらいながら、簡単なデザインのリングを作った。
どちらかというと、彼女は日頃あんまり仕事のことを語らず(ぼくが聞かなかっただけかもしれないが)、それだけに目の前で見る彼女の職人技には素直に感動した。特に、リングの場合は、「腕」部分の裏のワックスをどれだけ薄く削るかが腕の見せ所となる。ぼくの作った型を見て、「初めてにしては上手」と褒めてくれた美香ちゃんだったが、二人の仕上がり具合は段違いだった。
数日後、美香ちゃんはぼくの作った型を会社で鋳造し、完成したリングを持ってきてくれた。
 
 
ぼくが作ったリングと、美香ちゃんが作った銀細工のカエル

 
 

ぼくはよく、聞かれてもいないのに「好きなタイプはショートカットの女性」と言っている。ウソではないではないが、本当のタイプというか、好きになりやすいのは「何かモノを作る仕事をしている女性」だ。たぶん、この時の思い出を引きずっているのだろう。

この、お互いの「お仕事拝見シリーズ」はぼく版も行われた。と言っても、二人でしたのは、ぼくが会社で行っている基盤の検査ではなく、400字詰め原稿用紙2枚にそれぞれ小説を書くというもの。その頃、ぼくは彼女に「将来は何か文章を書く仕事をしたい」と打ち明けていた。
机に向かうこと数十分、二本の作品が出来上がった。
押し入れ深くに眠っていた当時の原稿を久しぶりに読んでみる。丸々ここで発表する勇気はないが、ざっと内容を紹介します。
ぼくが書いた小説は、「傘」というタイトルだった。舞台は、当時勤めていた会社。
〜あらすじ〜
日頃、傘を携帯するのが面倒な「おれ」は、帰宅時に雨が降ってくると、いつも会社の傘立てから一番安そうなビニール傘をパクっている。雨の日の度にこれを繰り返すので、家には8本も傘が貯まってしまった。
「就職すると、金よりも傘が貯まる。定年まで何本傘が貯まるだろうか」
そんなことを考えながら家に向かっていると、前方に見たことあるような男がひょこひょこ歩いている。
「アレは!」と男の存在に気づいた「おれ」は、ダッシュで追いつき、その後頭部をぶん殴る。
そう、その男は「おれ自身」だったのである。
〈完〉
完、って言われても、どうしていいか分かんねーぞ、10年前のオレ。まあ、日頃の不満をぶつけた異色の私小説とは言えるだろう。一番笑ったのが、「荷物は少ない方が良い」という一文。ポリシー、一貫してます。

片や、美香ちゃんが書いたのは、「エンゲージリング」というタイトルの小説だった。
〜あらすじ〜
電車通勤をしている「私」の癖は、乗り合わせた他人の持ち物からその人の普段の生活を想像してしまうこと。ある日、ふと目に留まった女性は薬指に素敵なエンゲージリングをしていた。幸せの絶頂にいる彼女を見ながら、結婚相手のことまで想像を働かせる。
数日後、なんとエンゲージリングの彼女が自分の職場にやって来た。そう、彼女の彼とは職場の同僚だったのである。「私」にとって、過去に「コーヒーを頭からぶっかけたことがある」ほど嫌いな同僚だった。彼は、仕事が下手で、自分が尻拭いをすることも少なくなかった。
彼女の薬指に輝いていたのは、おそらく、先日まで彼が居残りをして作っていた指輪だろう。彼と彼女を見ながら、どんなに嫌いな人にも、大切な人がいて、帰る家があることを知った。自分もだから頑張れるのだと。
私の大事の人は、今日も目の前にいる。彼もこんな気持ちだったら嬉しいと思った。煙草を吸っている姿がセクシーな彼だ。

なんともはや。
書き上げたあとにお互いの作品を読み比べした覚えがある。その時、ぼくは彼女の小説に、
「なんで最後にオレが登場するんだよ」といちゃんもんをつけたはずだ。自分の書いたのには、「今の自分の境遇を暗示しているだろう」とか自画自賛しといて。
でも今となっては、彼女の小説の方が良いと思える。
 
 
左がぼく作の「傘」で、右が美香ちゃん作の「エンゲージリング」
 
 

ぼくの家のCDラックには、1枚だけスピッツのアルバムが入っている。『インディゴ地平線』という7枚目のアルバムだ。美香ちゃんにもらったものだ。このアルバムに収録されている「ナナへの気持ち」という曲の2番の歌詞。

 
街道沿いのロイホで 夜明けまで話し込み
何も出来ずホームで 見送られる時の
憎たらしい笑顔 よくわからぬ手ぶり
君と生きて行くことを決めた

 

ファミレスはロイヤルホストではなく、15号川越日高線沿いのサイザリヤだったけど、ぼくと美香ちゃんの川越における休日夜の過ごし方は、まさに歌詞通りのものだった。
休日の午前中から夕方まで、お互いの仕事(ぼくの場合はやりたい仕事)を体験し、お腹が空いたらアパートから十分ほどの距離にある伊勢原団地近くのベーカリーショップへ。夜が来る前に一度セックスをしてそのまま横になり、深夜起きてファミレスへ。翌朝、東武東上線に乗って会社に向かう彼女を見送る。
4行目の歌詞だけは、本当にそう思っていたか自信がないけども。
(続く)
 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年5月22日号-

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