杉江松恋の「違う方向に努力する」VOL.7


杉江松恋
(第11号で「10年、20年、30年経っても楽しく遊んでいられるライターでいたい。それだけなんだ」を執筆)

 
 
 

5月7日(火)
5時50分、起床してすぐに前夜に書き終えていた原稿をメール送付。そこからさらに別原稿の仕上げに入り、11時に完成する。こっちは即座に送付した。形の上では1日に20枚程度の完成原稿を挙げたことになり、すこぶる気分がよい。
午後になって外出。これまであまりお仕事をしたことがない出版社から声をかけていただいたので、初めての打ち合わせである。自宅から歩けない距離ではないので、すたすたとその会社まで。よくそばを通る道なのだが、社屋に入るのは初めてだった。
編集者のお2人と会議室で話す。1年ぐらいかけての長い仕事になる予定で、私はどちらかというと裏方に近い立場である。ミステリー関連の専門知識よりも、知識の広範さとか、常識的な立ち居振る舞いとかのほうを重視されると思う。まあ、そういうことは苦手ではないのだが、どうして私なのか。ちょっと気になったので、打ち解けたところで率直に聞いてみた。

「そうですね。杉江さんがいろいろなイベントでゲストを呼んで司会をされているのを見て、この人ならどんな場面でも対応していただけるのではないかと思ったものですから」

あ、そういうことですか。イベントは収入面ではまったくたいしたことがなく、むしろ持ち出しになるくらいの割に合わないものなのだが、こうして余禄が出てきたわけだ。なんでも続けていけば無駄にはならないものである、となんとなく納得する。いや、イベント単体でも黒字になるようにしていかないと駄目なんですけどね。

帰宅後、さらに対談原稿を1つまとめて送付。結果的に、この1週間でもっとも原稿を書いた日になった。
 

 

5月8日(水)〜9日(木)
メール連絡をいくつかしたほかは、新人賞作品の下読みと極秘プロジェクトのための原稿書きに没頭。9日の16時になってようやく下読みを完成させ、評価を版元に送ることができた。
唐突ですが、下読みあるあるー。

1)本名よりも優れた筆名をつけている応募者はまずいない。
個人情報保護の観点からか、下読み担当者に対して本名を公開しない新人賞も増えているので、あくまで管見に入った中での印象である。
その昔さくまあきらが「なぜ新人少女漫画家の筆名には変なものが多いのか」という疑義を呈していたことがあったが(『毎日生理』という人が応募してきたことが本当にあったらしい)、その伝統は成人漫画の世界に引き継がれている。「ピクピクン」とか「ゼロの者」とか。「笑花偽」「十六女十八女」みたいに、そもそも読むことができないものまである(それぞれ「にこぷんニセ」「いろつきさかり」)。
応募原稿のだいたい5割が本名かごく普通の筆名で、1割ぐらいがそういう変な筆名という印象がある。で、残りの4割ぐらいが「がんばっちゃった筆名」なのだ。努力はわかるんだけど、ご両親が一生懸命知恵を振り絞ってつけてくださった本名のほうが素敵ですねー、と思ってしまうような感じの。筆名ってデビュー前ならいつでも変えられるから、最初はごく普通の名前にしておけばいいんじゃないのかなー。

2)応募枚数の下限ぎりぎりの作品には優れたものがあまりない。
300枚なら300枚、400枚なら400枚の規定枚数に対し、301枚、401枚といったぎりぎり到達する分量の作品がある。どの賞でも一定数は送られてくるのだが、これらが傑作であることは非常に少ない、というのが私の印象だ。想像するに、規定枚数を「超える」ことで力尽きてしまい、推敲をする暇がなかったのではないだろうか。残念ながら水増し感は否めず、ほとんどの場合は下読みでさようならしてしまうことになる。これ、どうしたらよかったかというと、規定枚数に到達したところで満足せずに少し寝かせ、さらに膨らませることができるまで応募を待つべきだったと思うのだ。もしくは、内容を削って、もっと枚数が少ない賞に応募するとか。経験則で言うと、水増しをするよりも贅肉を削ぎ落としたほうがいい結果を呼ぶことは多いように思う。
この逆で規定枚数の上限ぎりぎりのものにもあまり期待はできない、と私は考えている。上限のうちに収めようとしてあちこちを切り詰めた結果、ひどく読みにくいものが多くなっていることが多い、というのが1つの理由だ(改行をやめて文章を詰めるとか、字面自体もだいたい見にくいものになっている)。また、下限ぎりぎりの場合の裏返しで、上限ぎりぎりの人はあれもこれもと内容を詰め込みすぎていて、未整理になっていることが多い。なんでもかんでも書けばいいってもんじゃないと思うんだよね。

3)10本に1本ぐらい、煙草臭い原稿が混じっている。
混じっているんですよ。きっと作者は愛煙者なんだろうなーと思うのだが、残り香としての煙草の匂いはあまりいいものではない。せめて紙は煙草を吸わない部屋に保存しておいてくれないだろうか。気の毒なのは、1つ煙草臭い原稿が混じっていると、その周辺の原稿もほんのり同じ体臭をまとってしまうことである。他の人にも迷惑をかけちゃうので、原稿の臭いには気をつけましょう。かといって香水とか振りかけてこられても困るのだが。

4)大活字入り表紙ははやっているのか?
本文と別に表紙をつけている原稿は以前から多かったが、「何賞応募作品」「題名」「作者名」「原稿用紙換算何枚」というのを横書きで、かつ結構な大きい活字で印刷して表紙にしているものをよく見る。ある時期から急に増えてきたような気がするので、私は不思議に思っていた。どこかの創作教室とかでそうするように指導しているのだろうか。原稿の体裁は、そんなに気を遣わなくても大丈夫です。もし気にするなら字間を小さめにするとか、メリハリの効いたフォントで印刷するとか、そっちの体裁に気をつけてもらいたい。

5)手紙は要りません。
ときどき下読み担当者や編集者に対してお手紙を同封してくださっている方がいる。お気遣いはたいへんにありがたいのですが、こちらは仕事でやっているので大丈夫です。どうぞご無用に願います。
別添えで同封される手紙ならまだ無視をすればいいのだけど、梗概の中に作者からのメッセージが入れられていることがあって、これは本当に無駄である。「作者がどう読んでほしいか」を書いてこられても、その通りに読むわけにはいかないのだ。客観的に読めばこういう風な評価になる、という判断をするのが下読みの仕事なのだから。「この作品には現代社会の風潮への警鐘を鳴らす意図がこめられている」みたいに評言が入っている梗概もまた同じ。そういうことは読んだ側に判断させたほうがいいです。あとごくごくまれにあるのが「この作品が映画化された暁には○○が主演をするといいと思うのだが」みたいな、売り出しのプロモーションまで指定してくれている梗概だ。そうなるといいねー(棒読み)。

いろいろごめんなさい。何かの参考になれば幸いです。
 
 

5月10日(金)〜11日(土)
2日間で2本のインタビュー。そして某プロジェクトのためのネタ出し原稿書き。あとは未来の仕事のために準備をしていた。といっても過去の連載を単行本化できるかどうか、時系列に並べて読んでみたり、文庫解説のリストを作ってみたり、とかそういう作業である。おかしなもので、その程度の単純作業さえ昨年はやる余裕がなかった。目先の仕事をする時間が惜しく、1分1秒でもあればそれに使いたいという心理状態だったのである。それは本当に異常だったな、と今にして思う。週に1回は差し迫った〆切仕事をせず、考え事をするのに使いたい。
10日夜はポータルサイト「エキサイト」のレビュー、通称「エキレビ」ライターの親睦会に顔を出した。そこに米光一成さんがいたのでちょっと密談。下北沢B&Bの対談企画がしばらく止まっているので、どういう形で再開しようかという相談である。なんとなくこんな感じがいいのかなーという話がまとまった。この日の収穫。書き下ろし作業のためずっと外食もしていなかったので、これが久しぶりの宴会出席だった。
11日夜は新宿BIRIBIRI酒場にて酒井貞道と若林踏のミステリー・スニーク・プレビューに顔を出したが、時間を間違えていてもう終わるところだった。この企画は、毎月の新刊を早読みし、お客さんの前でレビューするというものである。最初の2回は私が若林氏の聞き役として登壇したのだが、酒井氏と交替した。店長の井田氏に聞いてみると、なかなかいい雰囲気で進んでいるとか。ならば良かったので、もう自分は登壇しなくても大丈夫だろうと思う。こういう風に最初だけ立ち会って、後は人に任せるというイベントの始め方もこれからはどんどんやっていくべきだと思う。
 
 

5月12日(日)
荻窪ベルベットサンで「中公文庫肌色ナイト」のイベント。ベルベットサンでは毎月課題作を決めての読書会「杉江松恋の読んでから来い」を開催しているが、これはその派生物である。課題作を読まなくても参加できて、なんとなく本の話をしながら親睦を深められるものはないかと考えて、テーマを「手持ちの中公文庫(ただし背表紙が肌色のアレに限る)について各人がお話する」にしてみた次第。客席に書画カメラを設置し、そこに自分の持ってきた本を置いていろいろ話していただく感じで進めてみた。告知の時間がなくて参加者は少なかったのだけど、内容は濃密であった。次もまたやります。今度はたぶん「ちくま文庫黄白ナイト」。黄色は普通の、白は学芸のほうの文庫だ。それを持ち寄っていろいろ話す会。6月か7月をめどに開催します。
その場にいらっしゃった石川誠壱氏に著書の『熟女噂八百』をいただく。石川氏が2013年4月に休刊した「ニャン2倶楽部」に25年に渡って連載していたTV・芸能コラム「石川誠壱のこちら熟女捜索隊」を単行本化したもので、漫画家・足立淳の描き下ろしイラストも収録されている。これが無茶苦茶おもしろく、帰宅するまでに我慢できず、近所の居酒屋に入って読みきってしまった。エロ雑誌のコラムにはサブカルチャーの最も先鋭的な部分を担っているものがある。いや、かつては確かに担うものがあった。現状について私は詳しくないが、これはその系譜に連なる傑作である。とらのあなで通販をしているので、気になる人はすぐに買うべし。
 
 

5月13日(月)
三日間人に会う用事を作ってしまったので疲労し、結局また「ヒビレポ」原稿を当日朝に入れてしまう。すいません、すいません。

こんな一週間でした。書き下ろしの影響がまだあって、ちょっと疲れ気味だったかな。でも思ったよりも楽な感じだった。火曜日に書かなければならない原稿をまとめて書いてしまい、水木で下読みを終わらせてしまえたのが効を奏したのだろう。前倒し大事。イベント関係で若干の進展があったし、水面下ではメールを送ったりしていろいろやっているのだが、まだご報告には至らない感じである。もう少し精進します。

 
 
 
 
-ヒビレポ 2013年5月20日号-

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