今朝はボニー・バック 第22回


LOST 〜川越⇄井荻半同棲物語②〜

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)
 
 
 

2年前の秋。3年勤めた業界新聞社を辞めてフリーになったはいいが、仕事なんてまったくなかったあの頃。ぼくは日銭を稼ぐため、とある派遣会社にスタッフ登録し、ポスティングの仕事をすることにした。
初日は雨模様だった。集合場所は、西部新宿線井荻駅から下井草の方向に歩いて5分ほどの距離にある不動産会社の事務所前。
メンバーが揃ったところをみて、リーダーらしき人が数枚のA4サイズの紙を扇状に広げ、皆に「好きなの一枚取って」と促した。紙は西部新宿線各駅の周辺地図のコピーで、スタッフはその地図を見ながら一軒家、マンション、アパートにチラシをポスティングしていく。
ぼくが引いた地図は、「井荻駅周辺」だった。
事務所の最寄り駅を井荻駅と聞いた時から、頭の中で思い出の扉が開いていく気配があったが、まさかよりによって、ずばり「このエリア」に当たるとは思ってもみなかった。
(でもまあ、自分は方向音痴なので、知っている土地の方が仕事がはかどるだろう。電車移動する必要もないし)
自分をそう納得させ、とりあえず駅南口から仕事を始めることにした。
事務所周辺は配らなくてもいいということだったので、環八通りを抜け、上井草の方向に向かい、それからは北上を続けた。開始から5時間。気がつかないうちに千川通りと新青梅街道が交差する場所に来ていた。正面にロイヤルホスト、左手にゲオが見える。
(ということは、近いな)
井草森公園の方にUターンし、小路に入って1分程の距離にそのアパートはあった。美香ちゃんが住んでいたアパートだ。
集合ポストを見ると、美香ちゃんの名前はかなり前に消されたようで、今は空き部屋なのか空欄になっていた。
(そういえば、彼女がこの部屋に決めた時はぼくも一緒不動産回りをしたんだっけ)
 

 

美香ちゃんが井荻のアパートで一人暮らしを始めたのは、二人が付き合って1年目の、陽が落ちるのが早くなりだした秋口だった。
最初はもっと都心から近い沼袋や野方で物件を探していたが、家賃を考慮して井荻に落ち着いた。ぼくが初めて彼女の部屋を訪れた日、まだ繋がれていないコンポの接続をしてあげたことを覚えている。
それからは、ぼくが井荻のアパートに泊まりにいくことが増えた。
金曜の夕方に仕事が終わると、最寄りの的場駅から川越線に乗って川越駅へ。本川越駅で西部新宿線に乗り替え、18駅先の井荻駅まで一時間半の距離。よく通ったもんだなあ、ぼくも美香ちゃんも。
夕飯の買い出しは駅近くにあるサミット。「サミット水」のタンクを持つのはぼくの役目だった。
ミルで挽いたコーヒーが美味いこと。牛乳にオレンジジュース、グレープフルーツなどを混ぜると酸化してヨーグルトみたいになること。ベジタブルジュースだとマズくて飲めたもんじゃないこと。コントレックスという水が美容に良いこと。納豆はトーストにしても美味いこと。アボガドとマグロのブツ切りに焼き海苔を散らしてワサビ醤油をかけて食べると美味いこと。これらはすべて、彼女と半同棲のような生活をして覚えたものだ。

今ぼくが住んでいる、「西荻窪」という街を知ったのもこの頃だ。休日のデート先は主に吉祥寺。井荻駅から出ているバスに乗って西荻窪まで行き、総武線でひと駅。西荻窪は経由に使っていただけで、その時の印象は「地味で、古ぼけた街だなあ」だった。西荻の魅力が分かるには自分が若すぎたのだろう。
ここ何年か「住みたい街ランキング」で連続で1位になっている吉祥寺だが、ぼくが一番好きだったのは、タワーレコードが東急裏にあった頃の吉祥寺だ。たしか、あの頃は銀河系1位だったはず。
今も愛用している小豆色のドクターマーチンも、去年売ってしまったフェンダー・テレキャスターも、この頃に吉祥寺で買ったものだ。リトル・スパイス、多奈加亭、武蔵野珈琲、ブルームーン、ハモニカ横町のハリウッド・ランチ・マーケットが売っている店、トイキャッツ、などなど。まだ同じ場所で営業している店もあるけど、タワーレコードがヨドバシカメラ上に引っ越した時点で、吉祥寺は街の景色が変わってしまったと思っている。

同じ8歳上の恋人(=オノ・ヨーコ)と付き合っていたジョン・レノンを偲ぶため、というわけでもないが、二人で大宮にあった「ジョン・レノン・ミュージアム」に行ったのもこの頃だ。
ジョンが使っていたリッケンバッカーや、「ホワイト・アルバム」の頃の手書きの譜面、ジョンとヨーコを結びつけた「階段アート」などの展示品に混じって、部屋の一角にポツンと電話が置かれていた。
説明書きを読むと、これは「ある日突然、ヨーコから電話がかかってくる」アートだという。電話がかかってきた時、一番近くにいた人が話さなければならないらしい。どの客も逃げるようにその場を後にしていた。

二人が付き合っていた約1年半の間で一番の安定期だったこの時期、ぼくはある非合法な体験をしている。
「ガンジャが手に入りそうなんだけど、やりたい?」
金曜の仕事終わり、二人で美香ちゃんのアパートに向かっていると、彼女が言った。
マリファナである。なぜ、突然、美香ちゃんがそんなことを言ったのかは分からない。もしかすると、ぼくがよく中島らものエッセイのドラッグの話をしていたからかも知れない。
ブツは彼女の会社に出入りする韓国人が自家栽培しているもので、その彼曰く「今年の大麻は出来がいい」そうだ。
ぼくの返事はもちろん「やりたい!」だった。
で、次の週だったか、とにかく金曜の夜、彼女手作りのカレーを食べた後、台所の換気扇の下でマリファナを吸い合った。吸い方がタバコとは違うらしく、「フーッ」と肺の奥まで吸い込んだ後、口と鼻を止め、煙を身体中に行き渡らせた。ぼくが長く吸ってると、奪うように彼女が紙巻きを求めてきた。
6畳間に戻り、BGMにイエローモンキーのアルバム「SICKS」を流した。中島らものエッセイから、マリファナを吸うと味覚が敏感になって食べ物が劇的に美味くなるとの知識を得ていたので、スナック菓子やチョコ、アメなどを試してみた。たしかに美味い。
横を見ると、美香ちゃんがとろんとした目をしている。欲情したぼくは、彼女に襲いかかった。
彼女は、ぼくが首筋を触っただけで甘い声を出した。どうやらマリファナは皮膚感覚も敏感になるらしい。ぼくも自分の身体をもって実感していた。お互い服を脱ぎ、いつもとは違う感度の中で本格的に一戦おっぱじまった。
しかし、「こりゃ気持ちがいいわい」と思ったのは最初だけだった。というのも、ぼくは急に怖くなったのだ。
今、オッパイをナメていたのに、いつの間にかクンニをしているぼくがいる。その直後には、いつ入れたのか正常位。次の瞬間には騎乗位。
「JOJO」のスタンド攻撃である。ザ・ワールド?いや、この時間をぶっ飛ぶ感覚はキング・クリムゾンだ。
「まずい、このままでは中で出してしまう」
そう思ったぼくは、途中で彼女から抜いた。
セックスから生まれたセックス太郎のぼくが突然やめたことを不思議に思ったのだろう。
「ねぇ、もっとしようよ」
美香ちゃんが言ってきた。それでもぼくは頑に拒んだ。とは言うものの、せっかくのこの感覚をムダにするのはもったいなかったので、彼女に見られながらオナニーを立て続けにした。
ブー
いつの間にか寝ていた美香ちゃんは、気持ち良さそうにおならをした。
次の日になってもマリファナの効果は抜けなかった。その日、美香ちゃんの自転車がパンクしていたので駅前の自転車屋に行ったのだが、ぼくはなぜか自転車のオヤジにもビクビクしていた。バッドトリップはその後、2、3日続いた。それ以来、ぼくはイエローモンキーの「SICKS」がちょっと苦手になってしまった。
美香ちゃんはぼくでも躊躇するようなことをいとも簡単に超えてしまうようなところはあったが、それもすべては「ぼくに喜んでもらいたい」という気持ちからだったのだろう。
去年書いた「ヒビレポ」の第12回に登場する、ぼくがあんまりタバコを様子が美味そうだからという理由で自分もタバコを始めた女性とは美香ちゃんのことである。

それから数年後——。美香ちゃんのアパートの前で思い出に浸り、ずいぶん時間を食ってしまった。いつの間にか雨は小振りになっていた。おそらく仕事のノルマである2500枚はクリアできないだろう。
ぼくは美香ちゃんが入っていた部屋のポストにだけチラシを入れずに、ポスティングの旅を再開した。
(続く)

 
 
※編集部註:「美香ちゃん」と付き合っていたのは10年前の話です。
 
 
 
 
-ヒビレポ 2013年5月30日号-

Share on Facebook