今朝はボニー・バック 第23回


LOST 〜川越⇄井荻半同棲物語③〜

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)
 
 
 

男が頭をモヒカンにする時。それは、大統領候補をブチ殺しに行く時か、上司に言いがかりをつけられた時のどちらかしかない。ホリエモンみたいな「刑務所に収監されたらどうせ坊主になるんだし、それまで髪型を遊んでみるか」なんてヤワな発想からしたモヒカンをぼくは認めていない。
美香ちゃんと付き合ってから2年目の秋。ぼくは頭をモヒカンにした。動機は、大統領候補じゃない方。仕事中、ささいなことで同僚のおばちゃんにいちゃんもんをつけられたのだ。頭に来たその日に、アパートの風呂場で自分でT字カミソリを使って両サイドの毛を剃り落した。
次の日。ぼくの頭を見た上司は、さすがに驚いていたが、その直後には「似合ってるじゃん」と思いがけない反応。てっきり怒られるかと思っていたので拍子抜けもいいとこだ。
午後の仕事が始まる頃には、いつもの雰囲気のいつもの職場で、モヒカン頭で顕微鏡を覗いているぼく。職場はガラス張りだったので、訪問者は何を作っている工場か訝しんだことだろう。
 

 

その週末。美香ちゃんのアパートに向かって井草森公園に面した通りを歩いていると、前方から彼女が向かってくるのが見えた。10メートルほどの距離まで来ても、彼女はぼくに気づいていない。いや、彼女はモヒカン頭の青年には気づいていたようで、
「うわぁ、この辺にも変なのが出るようになったなあ」
とは思ったそうである。その変なのが自分の彼だと気づいたのは、ぼくが声をかけてからだ。
「どうしてそんな頭にしたの?」
彼女の問いに、ぼくは「なんとなく気分転換で」とお茶を濁した。「上司からいちゃもんをつけられた」からなんて情けなくて言えやしない。それに、たしかに決断を下すことになったのは上司からの些細な一言だったが、会社に入ったときから、自分の現状に対して常にモヤモヤは抱えていた。その不満がここに来て爆発したんだろう。
なんのために上京したんだっけ——。
その日の夜は、美香ちゃんにT字を持たせ、数ミリ伸びた毛を剃ってもらった。

住処を変えれば、新しいことに踏み出す勇気が出るかもしれない。長いことそう考えていたぼくは、決して多いとは言えない給料をやりくりして、東京に引っ越す資金を貯めていた。引っ越しを契機に今の会社を辞め、新しい仕事、たとえば、編集や放送作家などの文章を書く仕事を探してもいい。
希望の引っ越し先は、何となくぼくのような若者を受け入れてくれそうな街、高円寺だった。美香ちゃんの住んでいる井荻と同じ杉並区だったし。
引っ越し資金が40万円ほど貯まるや、休日に美香ちゃんと高円寺の不動産回りを始めた。風呂トイレ別で6万円前後のアパートを探していたのだけど、なかなか希望通りの物件はなかった。家賃は何とかなるが、初期費用が予算を超えることが多かった。今なら怪しい物件は抜きにしても、「敷金・礼金合わせて2ヶ月分」なんてざらにあるけど、当時は「2・2」が基本だったのだ。
初期費用が安い物件もあることはある。そんな物件はやはり築ウン十年もののボロアパートで、不動産屋のオヤジに内見を申し込むや、鍵を渡され、
「純情商店街を入ってすぐのトコにあるアパートの○号室だから、今から見に行っていいよ」と商売する気があるんだかないんだか。内見に行くと、前に訪れた客が用を足したまま流さないで帰ったんだろう、トイレが臭気を放っていた。
「こんなトコに私通いたくな」美香ちゃんが引きながら言った。

不動産回りを始めたから一ヶ月ほど経った頃。「これ以上探しても、条件を変えない限り、出てくるのは同じような物件ばかりだ。今日で決めよう」と思って入った不動産屋。高円寺南口の氷川神社近くにほぼ希望通りのアパートが見つかった。ただ、担当者が言うには「部屋が空くのは数週間後で内見はできない」とのことだった。せめて外観だけでもと思い、美香ちゃんと足を運ぶことにした。
(どうしても今日で決めたい。そのためには内見をしたい。)
「同じアパートに住んでいる人に、部屋の様子がどんなもんか見せてもらうことはできないだろうか」
美香ちゃんが「えー、無理だって」と言うのも無視して、ぼくは角部屋のインターホンを押した。
「はい」女性の声だ。よし、男よりは脈があるぞ。
「こちらのアパートに入ろうと思っているものですが、一度、部屋の様子を見せてもらうわけにはいかないでしょうか」
向こうの反応は当然、「はあ?何言ってるんですか」だった。それでも尚、
「不動産屋が言うには、今は部屋を内見できないということなんです。なので、間取りとかちょっとでも分かればいいので」と食い下がるぼくに、とうとう「警察呼びますよ」の一言。
ぼくはこれにキレた。持っていたビニール傘を地面に叩き付け、吠えた。そんな馬鹿を悲しそうに見ている美香ちゃん。
おそらく、家に鍵をかける習慣がなく、他人の家に近所の茶飲み友達が「ごめんください」も言わずに勝手に上がり込むようなド田舎で育ったせいだろう。自分が特殊な環境にいたとも思わずに、「東京の人は冷たい」と絶望した。
警察を呼ばれることはなかったが、不動産屋に戻ると、先ほどの女性から苦情の電話がきたと注意を受けた。
結局、ぼくが高円寺に引っ越すことはなかった。

知人・友人に当時のことを話すと、「美香ちゃんは『自分のアパートで一緒に住もう』って言わなかったの」と訊かれることがある。彼女は言わなかったんである。
彼女はよく、「ヒモにしてあげる」とは言っていたが、決して「同棲しよう」とは口にしなかった。矛盾してるけど。それは、元カレと5年間同棲した経験から導きだした答えなのかもしれないし、そろそろぼくとの関係の終わりを感じていたからかもしれない。

汝、恋人のケータイを見るなかれ。
ぼくがこの戒めを破ったのは、秋が終わってだいぶ寒くなってきたある日の夜、美香ちゃんが風呂に入っている時だ。
「ブーブー」と美香ちゃんのケータイが震えた。おもむろにケータイの表示窓を見ると、男の名前でメールが届いている。おもむろにケータイを開き、おもむろに真ん中のボタンを押してみた。
メールの内容は、美香ちゃんからの相談への返事みたいなものだったが、友達以上の雰囲気がビンビンに感じられた。ぼくの知らない愛称で彼女のことを呼んでいるのにも腹が立った。文章もやけに調子いい。大人の余裕かましやがって。
美香ちゃんが風呂から上がってきた。どうせ、ぼくがケータイを盗み見たことはいずれバレる。
「さっきさ、ケータイに届いたメールを見ちゃったんだけど。男の人からの」
「見ちゃったの?」と驚きながらも、彼女はぼくを責めることはなかった。
(続く。次回で最終回)

 
 

 
 
-ヒビレポ 2013年6月5日号-

Share on Facebook