今朝はボニー・バック 第25回

器の大きさについて

ボニー・アイドル
(第11号で「原稿料よりバイト料が多くても、ぼくは断然ライターだ!」執筆)

 
 
 

6月○日、ヤフオクで通算7個目のランチジャーを落札した。今回の入札も競合者は現れず、ぼくの最初の入札価格でそのままハンマープライス。1500円だった。この原稿がアップされる頃には手元に届いているはず。
さて、今回はランチジャーの話ではなく、ぼくがランチジャーにこれほど惹かれる理由についてだ。それは、ぼくがランチジャーの「器の大きさ」に憧れているからに他ならない。
この器の大きさというのは、ランチジャーの、何ごとにも微動だにしない泰然とした様子と、平均、お茶碗3杯分を誇るランチジャーの大容量にかかっていることは聡明な読者諸兄には言わずもがなだろう。

器が大きくなりたい、と思う。普段、たまに点けたTVで目にしたCMにいちいち文句をたれているような自分の姿を顧みて、つくづくそう思う。
では、この「器の大きい人」の行動とは一体どのようなことを指すのだろうか。先ほどランチジャーを引き合いに出した時、「何ごとにも微動だにしない泰然とした様子」と述べたが、具体的な行動を知りたい。
 

 

東京・銀座の三ツ星フレンチレストラン。普段、滅多に使われることがない、店の奥にある「VIPルーム」に二人の男が通された。
一人はどこかの会社の重役風、もう一人は和服姿、白髪頭の老人。還暦をかなり過ぎているようだが、この世代には珍しく、かなりの上背である。立ち位置から察するに、どうやら重役風が老人を招待したようだ。
席に座るや、重役風の男が話し始めた。
「今晩このような席を設けさせていただいたのは・・・このままでは我が国の文化は・・・是非ひとつ先生に音頭を取っていただき・・・・・・」
途切れ途切れだが、こんな会話が聞こえてきた。この間、老人は無言。腕を組んだまま、両の眼を閉じ、じっと重役風の男の話に耳を傾けている。
老人はかなりの大物のようだ。これが日本を裏で操る「フィクサー」と呼ばれる人物なのだろうか。店は満席に近いはずだというのに、いつの間にか、店員はおろか客までが二人の会話に耳を澄まし、ピーンとした静寂に包まれていた。
ソムリエによってグラスにワインが注がれると、やっと老人が口を開いた。低く、それでいてよく通る声だった。
「立花さん、ご用件はお伺いしました。及ばずながら協力させていただきます」
この言葉を聞いた重役風の男——立花は、肩で息をしながら、「よかった。先生に断れたら私は腹を切る覚悟でした」ともらした。その言葉が大袈裟でないことは、額に浮き出た大粒の汗が物語っていた。緊張から解放された立花は、続けて老人に語りかけた。
「ではこの話はこれぐらいにして。先生のお口に合うかどうか、とにかくこの店は世界の有名シェフを何人も抱えるトップクラスのフレンチレストランです。料理を運ばせましょう」
この言葉が合図だったかのように、黒髪のあどけない顔をした女の給仕が一皿目の料理を運んできた。その時。
ガッシャーン!
耳を覆いたくなる音が店中に響いた。娘が皿を床に落としたのである。
「も、も、申し訳ございません」
床に着くほど頭を下げる娘。それを押しのけるように、支配人らしき男が飛んできた。
「立花様、うちの給仕がとんだ粗相をしたようで、大変申し訳ありません。じ、実はこの娘は先日入ったばかりの素人同然の給仕でして」
唾をまき散らしながら弁解する支配人を無視して、立花は老人の男に向き直り、言った。
「先生。本日はとんだ席にお連れしてしまい、大変申し訳ありませんでした。先ほどの話はどうかお忘れください。全て、私の責任です」
それはまさしく、立花の辞世の句だった。彼は国を救いたいという一心でこの場に挑んだのである。それが一枚の皿によって破談に終わるとは。
「『ガッシャーン!』か・・・」
先ほどから沈黙を守っていた老人が口を開いた。
「立花さん、あなたは先ほど、この店は世界でもトップクラスのレストランだと、そうおっしゃいましたな」
顔を上げ、頷く立花。「は、はい」
「私もこれまで和洋問わず一流店と称される店にずいぶん足を運んだものだ。なるほど、確かにどの店も料理の味は申し分ない」
一体、何が言いたいのだろうか。立花のみならず、店にいる全ての人間が彼の演説に耳を傾けていた。
「しかし、問題は器だ。料理にばかり注力するあまり、その料理をのせる器にまでこだわっている店は少ない」
やおら立ち上がり、出口に歩を進める老人。ドアに手をかけ、最後に放った一言。
「『ガッシャーン!』という音、久しぶりに聞いた気がする。これぞ、本物の皿が割れる音だ。さすがは一流店。お見それした」

これが、ぼくが思う器の大きい人の行動である。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年6月19日号-

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