杉江松恋の「違う方向に努力する」最終回


杉江松恋
(第11号で「10年、20年、30年経っても楽しく遊んでいられるライターでいたい。それだけなんだ」を執筆)

 
 
 
6月11日(火)
 アメリカから来日中の作家デイヴィッド・ゴードンにインタビュー。といっても、通訳を挟んでの会話なので、それほど大変ではないのである。言葉を訳してもらうのに時間がかかるため、質問数が限られてしまうのが難ではあるが。自分でもちゃんと聞けるよう、もうちょっと英語能力を上げておかなければなあ、とは思った。週末にゴードン氏をお招きしてのトークイベントがあるため、そのプロモーションの意味もあって突貫で原稿を仕上げる。なんとか無事、前日の木曜日にアップしてもらえた→上川隆也、武田真治の演技はどうだった?「二流小説家」原作者、デイヴィッド・ゴードンに聞く 笑顔で写真に納まっている、人のよさそうな男性がデイヴィッド・ゴードン氏です。
 夕刻から都内某所でAXNミステリー「BOOK倶楽部」の収録。香山二三郎さんが振ったAKB48の話題が、まるで暗号みたいで理解できなくて困った。
 

 

6月12日(水)
 前日に送付してあった企画書に対して反応があり、7月末〆切でProjectNK100が正式に決定する。たいへんに嬉しいのだが、これは棚ぼたで落ちてきたような企画なので、自分の力で獲得したわけではない。幸運だったのだと天に感謝して、粛々と書き進めようと思う。これを本にまとめながら次の企画をきちんと準備しなければ。本はだいたい10月には刊行予定。無事に書き上げられれば。
 
 

6月13日(木)
 仕込みのための読書に専念。エキレビ用に原稿を一本だけ書いて送った。参院選も近いので、マック赤坂『何度踏みつけられても「最後に笑う人」になる88の絶対法則』(幻冬舎)について。やはり1日1本原稿を書いてないとなんとなく体調が良くない。これは一種の職業病だと思う。

 
 

6月14日(金)
 午後から俳優の谷原章介氏と作家の道尾秀介氏の対談があった。この司会をし、原稿化する仕事を学研から請け負ったのである。単発のものではなくて、道尾氏がホスト役になって、自著の読者でもある各界の有名人と連続で対談する予定になっている。掲載媒体は学研WEBの「ほんちゅ」である。7月から順次更新されていくのでお楽しみに。
 夜は都内BIRIBIRI酒場にてデイヴィッド・ゴードン氏のトークイベント。ゴードン氏の新刊『ミステリガール』(早川書房)は前著を上回るおもしろさで、難しいたくらみをエンターテインメントの枠組みの中でよく消化して書いている。これからの成長次第ではとんでもない作家に化けるはずだ。トークでは作家になるまでのさまざまな経歴などにも言及していただき(ポルノマガジンの「ハスラー」で働いていたこともあるのだそうだ)、盛り上がった。収録後の懇親会では出鱈目な英語と日本語のちゃんぽんでいろいろ話す。
 
 

6月15日(土)
 都内某所にて本格ミステリ作家クラブ主催の、第13回本格ミステリ大賞贈賞式に出席。ここのところ連続で司会の大役を仰せつかっている。会場到着がぎりぎりになってしまうなどのトラブルもあったが、なんとか無事終了。受賞者の大山誠一郎さん、福井健太さん、おめでとうございます。
 パーティーでは、連載原稿の書籍化の話が止まってしまっている某社の編集者ともお会いできた。止まっているのは双方に別の仕事ができて忙しかったためで、なんとか年内に本は出しましょう、ということで相談はまとまった。よし、これで1月のノベライズ、7月の『東海道でしょう!』(幻冬舎)が確定で、10月、12月の刊行を実現できれば、年間4冊の本を出すという目標は達成できる。脳内営業部がガッツポーズをとり、脳内生産部がげんなりした顔をした。いいの、やるの! 目標を達成できなければ、また脳内経理部から叱られるじゃないか。うへえ、そうですね、やります。
 会の間には、某執筆者の企画を書籍化する話を某編集者にもちかけるなど、自分以外の仕事もいろいろ橋渡しもできたのであった。けっこう有意義ではあった。
 
 

6月16日(日)〜23日(日)
 前週に頑張りすぎたのか、反動で一気に体調が悪くなる。16日の昼間、義父母の金婚式のお祝いで会食したあたりまではよかったが、その後は下り坂で、起きていられなくなった。なんとか17日朝にこのヒビレポ連載の原稿を送付、18日夜には文庫解説を1本と、それぞれデッドラインから足を一歩踏み出したぐらいの感じで原稿を送ることができた。それ以外の時間は寝て治すことに専念し、19日にはひさしぶりに最寄駅より遠くに外出、作家の綾辻行人氏にインタビューを行った。
 翌20日はまた静養に徹し、夜に予定していた池袋コミュニティカレッジの講義も1週間後に延期してもらった。そのあたりでなんとか回復し、21日夜は新宿BIRIBIRI酒場にて「ガイブン酒場」、22日は荻窪ベルベットサンで「スーパーフラット読書会 杉江松恋の読んでから来い」と、恒例のイベントをなんとかこなせたのであった。
 23日は再び倒れるように寝付いて静養。おかげでこの原稿も、翌24日(という今日)の朝に慌てて書くことになったのである。ヒラカツさん、今回も最後まですみませんでした。
 
 

 この3ヶ月間を振り返ってみると、書き下ろし作業などもあってわれながらよく働いたと思う。また、書籍化の企画もなんとか2本通すことができた。といっても1本は棚ぼた式、もう1本は以前から止まっていたものを復活させただけなので、自分でがんばった成果とは言いがたい。
 実は風邪で臥せっていた間に、古い知り合いの編集者にメールを出し、1本企画書を見てもらっている。残念ながら「現在はこの企画に避けるリソースがない」という理由で丁重なお断りを頂戴する結果となった。この話なども、実際にアポをとって持ち込んでいたら、もしかすると通せていたのではないか、という後悔がある。忙しい、体調が悪い、という言い訳でせっかくの機会を逃してしまうのはよくないことだ。
 この連載を始めたとき、3つの努力目標を掲げている。
「連載が減っているのでなんとかしたい。できれば時評の仕事が欲しい」
「単行本の企画を通したい」
「もう少しお金が手元に残るようにしたい」

 の3つだ。これについて、4月四半期の自己評価をしたいと思う。

 まず「時評の仕事」。これについてはほぼ休眠状態だったWEB本の雑誌の連載コーナーを甦らせ、毎週1冊ミステリーの原稿を書くという形で再生することができた。新連載ではないという点、また、減りつつある紙媒体の仕事ではない点などを差し引いても、80点ぐらいはつけてもいいのではないだろうか。どちらかの条件を達成できていたら、90点はとれていた。
 次に「単行本の企画」。すでに書いたとおり、期間内に1本共著の書き下ろしを終え、2本の年内刊行できる企画も確保できた。そういう意味では満点をつけてもいいような気がするが、何度も書くように新企画の持ち込みができなかったことは悔やまれる。よって90点ということにしたい。新規企画を、面識のない編集者に持ち込んで通せれば(持ち込むだけでは不可)、100点満点だった。
 最後に「お金を手元に残す」件。これは途中で原稿料未振込みの問題が生じて不安に駆られるなどの非常事態も発生し、まったく改善が図れなかった。また、この連載中には差し障りあって書くことができなかったが、今後の仕事へ向けての態勢づくりが進められなかったという点で、遅れが目立つ結果にもなっている。救いはアウトソーシングを進めて外部に依頼を出している点であり、自分がボトルネックになって進行を止めてしまうという最悪の事態は避けられた。また、これまで不満に思っていた事業について、改善要求の話し合いをした取引先もある。そういう点を勘案すると、少し厳しいようだが、20点というのがこの目標に対する評価だという気がする。7月期以降の課題を残してしまった。

 以上の3目標への評価を合算する。それぞれの目標へのリソース配分を、「時評実現」40パーセント、「単行本企画実現」40パーセント、「財務改善」20パーセントとしようか。そうなると第一の目標については40×0.8で32点、第二については40×9.9で36点、第三については20×0.2で4点ということになる。32+36+4=72、72点がこの四半期における私の成績だ。通信簿でいうと3である(80点以上が4、90点以上が5)。
 なんだかんだいって通信簿3、まだまだ二流ということだ。超一流のライターと呼ばれるためには、毎シーズンで5を取り続けることはが必要だろう。「二流小説家」ならぬ「二流文筆家」。自分の実力はその程度なのだと心に刻み込んでこの連載を終わります。次こそがんばって、とりあえずは一流を目指したい。みなさん、一緒にがんばりましょうね。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
-ヒビレポ 2013年6月24日号-

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