どす黒い私  第1回


 
和田靜香
(第8号で「ハッケヨイ、和田翔龍!」を執筆)

 
 
 

 近所にある大きなお寺「妙法寺」でおみくじを引いたら、とんでもないのが出てきた。

「第七十二番 末吉
 無智、無能、無識に陥り、行動を起こさず無駄に過ごし、世情無用の境遇に至る暗示あり。且つ不時の災厄、幾多の辛苦あり、逆境にはまり、生涯の不幸を嘆くに至る。
 然れどもこの時こそ熱意と具体的取り組みを持ち、信心を持って励めば禍を遁れて幸を招き、人の助けを得べし」

 えっ?「生涯の不幸を嘆くに至る」って、何ごとでしょう? それでいて「末吉」って? これ、大凶じゃないですか、あんた、いや、仏さま? 引いた私が申すのもなんですが、たった100円のおみくじじゃないですか。こんな大それたことを言うべきなのでしょうか? しかも朝1でおまいりに来た、助けを求むる震える小鹿(?)のような私に、情けをかけてはくれぬのでしょうか?
 どうしたって理不尽なものを感じずにおられないです。「無智、無能、無識」と言われても、すでにそれで47年も生きてしまいました。それに無駄に時間を過ごしてなどいません。バイトも決まりました。日々、企画を考え、営業し、必死にやっております。これ以上、私に何をどうしろと? まだ身を粉にして働けとおっしゃるのですか、仏さまっ!
 

 

 と、お寺の向かい側にあるスーパー・サミットで「ネギ、もやし、納豆」の、いつものゴールデン・トリオを買いながら、しばし仏との対話を心でした。あまりに厳しきお言葉に、ギュッとネギをつかみながら……。

「あんたさぁ、それなら最初からおみくじなんて引かなきゃいいじゃない?」
 とシレッとおっしゃる方もおりましょうが、当方47歳。連載なし、金なし、家族なしのフリーライター。頼れるのはもはや近所の神社やお寺ぐらい。朝1、必死の形相で「金、仕事、金、仕事」と祈りまくり、どうかお助けを、お言葉を〜〜とおみくじ引いてる私の姿を見たら、「そ、それじゃ、仕方ないね。うん」と後ろに3歩4歩とジリジリと引きながらも、納得していただけるでしょう。

 しかし思い返せば、私のおみくじ人生、あまりいい目に遭ったことはない。なのに人生ずっと、おみくじを引き続けてきた。普通の人は年に1回、初詣のときだけくらいだろうが、私はだいたい毎月1日、近所の神社におまいりをして引く。若い女の子が占いを読むように。爺さん婆さんが仏壇に手を合わすように、私は神社寺院のおみくじを引いて生きてきた。それがおみくじ人生。

 かと言って、その文言をしっかり覚え、戒めとして生活してるかというとそうでもない。たいてい今日のように厳しい言葉が出ると、「神様のバカ」とか言って次の日またおみくじを引きに行ったり、「あそこは違う!」と別の神社へ足を伸ばしたり。私の師匠の湯川れい子という人は「大吉が出るまで引いてやる」というおみくじの常識を打ち破る猛者だが、私はそこまで思い切れない、しかし気になってしまうという、おみくじにおいての小心者道を貫いてきた。

 「じゃ、やっぱり引かなきゃいいんじゃ?」と、呆れる方も多いであろうが、それでも私はおみくじを引き続ける。

 今年6月1日に近所の大宮八幡宮で引いたおみくじは、「最初は辛く苦しい事が重なっても深く嘆き悲しまず、神様におすがりし、身を慎めば花咲く春の幸せに逢うことができます」とあった。その少し前の5月16日、以前に住んでいた家の近所の氷川神社にまで行って引くと、「何事にも心動かず常業を守ってゆくときは、思いがけぬ幸をうることもあり、いろいろと迷うときは人にたぶらかされて身のおき所にも苦しみます」と出た。

 さらに遡ると、5月1日の大宮八幡宮は「他人にまでも災いが及び心を痛めることがありますが 何事にも耐え忍んでご神意に任せて身を清め、信神すれば若松の岩に根を張り栄えるように楽しい時間が到来します」とある。4月1日に大宮八幡宮で引いたのも「祈りましょう 拝みましょう 身体や心の災いを祓い清めて、開運招福の扉を開きましょう。きっと近い将来に幸せな日々が訪れます」とある。
 
 4月〜5月。どうやら私は身体や心が災いだらけで、他人にまでその災いが及び、迷惑かけまくり、大人しくしてなきゃいけなかったらしい。確かに、4月5月は壮絶なウツウツで周囲に多大な迷惑をかけまくった。ふっ。当ってんじゃん。
 
 ということは、総合的に判断すると、
 心身共に災いだらけだが、耐え忍べば、いつかいいことがあるはず(4月)
    ↓
 他人にまで迷惑かけるが、耐え忍べば、いつかいいことあるはず(5月)
    ↓
 今は苦しくても心迷わず日常を頑張れば、いいことあるはず(5月中旬)
    ↓
 身を慎んで生きていれば、いつかいいことあるはず(6月頭)
    ↓
 死ぬほどガンガンにやらなきゃ、人生終わりっ〜〜!(6月中旬)
 
 って。短いインターバルでのいきなりの方向転換っ! コツコツやればそのうちいいことありますよ〜って神さまが、いきなりのジ・エンド宣言っ! 何よそれ、何よっ? そんなの、ありっ? と怒ってハッと気づくと、「そのうちいいことあるわよ」派は神社。「ガンガンしないと終わり」派は寺院だ。神さまと仏さま。神様は淡々。仏様はエネルギッシュ。神様は誉めて伸ばすタイプ。仏様は叱って伸ばすタイプ。そうなの? 一般的イメージって逆な気がするんだけど……。
 
 ああ、神よ。仏よ。私のおみくじ人生は、史上最大のピンチです。私は一体どちらを信じ、信じなければいいのでしょう? いや、おみくじそのものをもう止めたがいいのでしょうか? そして、今このとき、ダラダラやってりゃいいんですか? それともガンガンにやりゃいいのですか? どっちですか? どっち? 
 
 答えを探しにもう1本、おみくじ、引いて来ればいいのでしょうか?
 お答えを! どうかお答えを!

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年7月5日号-

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