どす黒い私  第2回


 
和田靜香
(第8号で「ハッケヨイ、和田翔龍!」を執筆)

 
 
 

 何気なくテレビをつけたら「目指せ!イケてる農家!」なる討論番組をやっていた。今どきオカッパ真ん中分け頭の、見たこともないチャラチャラした色白優男が司会で、「農家にも色んなフィロソフィーあると思うけど、ヴァリエーションあふれる考えが大切だよね」とか、「農家のイメージってストイック。それが僕なんかにはトゥマッチなんだよね」なんてへらへら笑いながら言ってるのを見て、画面に向かって「ふざけんなっ」と叫んだ(注・私の場合、本当に叫んでますから)。

 どうして農家にああしろ、こうしろと、クワ1本持ったこともないだろうと容易に推測できる優男が言うんだろう? 他の業界に言うか? そういうこと。「チョコレート工場の人ってストイックだよね」とか、「チョコレート工場にも色んなフィロソフィーあると思うけど」とか。聞いたこともない。

 チャラ優男だけじゃない。色んな人が、主にクソったれな政治家が「新しい農業」だの、「農業の革新経営」だの、勝手なことばかり言う。勝手なことを言っておきながら、TPPで日本の農業丸つぶれにしようとしてる。全員、「ふざけんなっ」だ。「てめぇら、二度と野菜食うなっ!」と大声で叫び、天誅を食らわせたい気持ちになる。
 

 

「だいたいてめぇら、農業の現場の実態なんて知らないだろ? はっ?」と問い詰めたい。問い詰めたいが、私自身はもちろん農家ではなく、農業体験があると言っても、「体験農園制度」という、クワなど用具類から種や苗まで用意してくれる練馬区がやっている農業政策にノっかって、5年間、練馬の畑30平米ばかしを借りてちょっこし野菜作っていただけなのだが……だからあんまり大きな態度には出れないのだが……とたんに歯切れ悪くなるのだが……。

 しかし! それでも5年間ずっとクワを持ち続けた私は言いたい! てめぇらは農業の現場の実態を知らない! いいか、よく耳の穴かっぽじって聞け。農業はな、農業はな、何が大変って……それは人間関係だっ! 「えっ? そこ? それじゃスーパーのパート、オバちゃん同士の陰口合戦が大変!と同じじゃないですか?」と言われるかもしれないが、その通りだ。その通り。いや、もっともっと大変だ、と強く強く言い放ってみたい。

 思い返せば2007年春、私は練馬区・東大泉にある体験農園に通い始めた。初めてのクワ。初めての種。初めての苗。すべてが新鮮。そして育つ野菜たち。すごいね、野菜って。農業ってすごいね。でも思うに任せず、枯れたり、虫に食われたりすることも。農業ってたいへんだね。人生みたいだね。子育てと同じだね。すごいね。すごいね。と、ひたすらキラキラ眼になっていた。

 が、次第に雲行きが怪しくなる。何処の? 私だ。
 何せ農業は、やればたいへんなことばかり。立ったり中腰になったり、とにかく動く動く。汗と土で顔も身体も真っ黒け。日焼け止めなんて塗っても塗っても意味はなくて、赤銅色のオバちゃんになった。
 狭い敷地の中で何種類もの作物を育てるせいもあって、畝一つ立てるにも、ここから何センチ、こっちから何センチと細かい計測がいる。種を撒くにも1ヶ所の穴に何粒、何センチの深さに、などと決まっている。伸びた枝だってここから切り落とし、ここはそのままとか。思った以上に神経を使う作業が目白押しだった。
 もちろん何もかも初めてのことばかりでアタフタし、「どうしたらいいの?どうしたらいいの?」の連続。しかも種まき季節は3月で、最初は寒く、風も強かった。その後すぐに暑くなり、何ら日射を遮るもののない畑では5月ですでに灼熱地獄だった。

 何で私、農業なんてやってんだ? そんな疑問さえ沸いてきた頃に、いっしょに30平米を耕していた、同じ業界に働くA子ちゃんの仕事が忙しくなって彼女の仕事のスケジュールに合わせる日々が続いた。「じゃ、私が先に半分やっておくから後頼むわ」とか臨機応変にすりゃよかったのに、律儀に彼女に合わせ、そのくせ自分の内側には「チッ。なんだよ。おまえの都合ばっかりじゃねえか」と沸々と不満をたぎらせていた。農業は継続が命。たとえ趣味の野菜作りでも、週に1度は必ず畑に行かなければならない。だんだんと彼女の言うことも癪に障りはじめた。

 その不満は私の腹の中で十月十日、確実に育った。そして、畑も2年目となったゴールデンウィーク、ころころとスケジュール変更を言う彼女についにドッカアアアアアアアアアアアアアアン! ぶち切れたっ! しかも切れ方が姑息だ。「私は虚弱なダメ人間で社会性などこれっぽっちもないから、あなたの都合に合わせるのは耐えられません、さようなら」と、自分のダメさを武器にして、ダメさという穴倉に入り込んで出てこない、自分の一番姑息でイヤらしい部分を丸出しにして彼女に背を向けた。ダメさという穴倉は居心地が良くて楽で、すべてを遮断できる。最高で最悪な穴倉だ。

 そこからはもう別々。用件のみのメールで「ここまでやりましたので、後はお願いします」とだけ告げて、彼女に会わないよう、会わないよう、時間を工夫した。もう、姿を見ることも怖いような気さえしていた。何だったんだろう? たまに偶然同じ時間に畑に来てしまうと、向こうもプイッと横を向いてイヤホンでラジオを聞き出し、一言も話さないで作業をした。殺伐とした畑。そうすると、作物って正直っていうか、生きてるんだねっていうか。枯れた枯れた。スナップえんどうは肌がザラザラに茶色くなり、トマトはあまり実をつけず、キュウリは枝で腐っていた。

 もうダメだ……。そう思って、農園を経営するオバさんに相談すると、アハハハハと笑い、「ああ、そういうことね、日常茶飯事よ。あっちの区画の人ね、最初は双子のご夫婦4人でやってたの。でも喧嘩して、今は1組のご夫婦だけよ」って。言われてみると、畑はワハハ明るい笑顔もあるにはあるが、「てめぇ、馬鹿かっ!何度言ったらわかんだよっ!」などと妻を大声で罵倒しまくる夫とか、逆に「妻は来ません。収穫した野菜も面倒だって食べてくれないんで、近所に配ってるんですよ」と寂しく笑いながらも、ここしか来る場所がない定年後のオジさんとか。いい加減なゴミの捨て方やら用具の乱雑な使い方で農園のオバさんはいつも怒ってもいたっけ。
 別の体験農園に通ってた友達は「農園主の説明が長いし、それとバトルするみたいに質問攻めにする親父がいて、もうウンザリした」と1年で辞めていたし、「妻の父の畑を手伝ってます」と言ってた人はすぐに離婚してたな。

 農業で一番苦労するのは人間関係だ。友達を失くす。家族は崩壊する。私は自分の体験から、そう言い切る。昔、「明るい農村」というTV番組があったが、あれは「そうあれ!」という願望で農業を心底知ってる人がつけたタイトルなのかもしれない。

 しかし、その後また別のTV番組を見ていたら、「家をシェアして住んで、みんなで週末は茨城に農業をやりに行きます」という若者らが出てきた。総勢8人ぐらい? みんな、めちゃくちゃ笑顔で不気味だった。おまえら、ほんと、幸せか? 宗教なのか? とテレビに向かって問いかけてしまった。ありえない。ありえないよ。おまえら、それ、ありえないから。キレイなとこだけ見せて笑ってるなんて、ズルいから。それ、ウソでしょう? 

 農業で一番大変なの、ほんとっ、人間関係ですからっ! 改革だの新しい農業だの、ぜんぶ机上の空論ですからっ! TPP反対っ!

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年7月12日号-

Share on Facebook