四十の手習い 第2回

楽器を考える

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 

楽器のチョイスをどうするか。それが問題だ。初手からしくじると、計画そのものが早晩とん挫する。自分の性質はよく知っているのだ。好きなことはとことん粘れるが、苦手なことはめっぽう見切りが早い。先が見えた気になっちゃって、急激に熱が冷める。

ここはカタチから入る。はたして、自分にはどんな楽器が似合うのか。違和感なく、それなりにピタッとくるものを選ぶのは大事である。人間と着物にはガラがあるっていうし。

そうだ、自分をバンドでの立場に置き換えると、少しは見えてくるかもしれない。たとえば、「季刊レポ」界隈の人々を当てはめていくと次のようになる。

バンドのフロントマン(看板みたいなプレイヤー)は編集長の北尾トロさんと、えのきどいちろうさんだ。声の仕事も多いえのきどさんはヴォーカル、トロさんはメロディーラインを奏でるリードギターってとこかな。サイドギターには下関マグロさん。トロさんとマグロさんは付き合いが長いからね。コンビネーションに不安はない。それで、ベースは副編集長の平野勝敏さんで間違いなし。正確にリズムを刻み、かつ全体に気を配れる人がいないと、バンドは成立しない。ベースは地味な役割に徹し、奥ゆかしさのあるイメージだ。メロディーにアクセントを加えるキーボードは、編集の木村カナさんでしょ。あとはドラムだ。ぱっと浮かぶ適任者はいないが、杉江松恋さんにしとこう。お会いしたことはないけど。スティックさばきが器用そうだし、見るからにパワーがありそう(レポTVで拝見)。ドドドドドッって、凄まじい迫力でバスドラを踏み倒すね。あ、レポTV技術の吉岡信洋さんだけは、やっぱり技術。ローディーのような専門職は素人には任せられない。

うーむ、こりゃ奇観レポだよ! なんつって。

おそらく、このバンドは2時間のライブで3曲くらいしかやらず、ほとんどの時間はトークだ。MCがウリだ。それで、ゲストプレイヤーをしょっちゅう呼び、正式メンバーとの垣根があいまいな、すこぶる自由な形態を取る。
 

 

さておき、自分の性格的にはベースが向いていると思っている。前に出ていくのはそんなに得意じゃない。大人っぽくて、シブい感じも好みだ。でも、今回の場合はソロなんだよな。それに、ベースはむつかしそうである。いや、全部むつかしいのはわかっているが、リズムパートを構成するベースは単独で演奏するのに適した楽器ではない。

ひとりで考えていても、まるでラチが明かない。そこで、妻にこの度の企画の報告を兼ね、相談することにした。夫がいきなり楽器を買い、譜面とにらめっこを始めたら、気がふれたと思われかねない。練習は自宅でするつもりだから、了承を取っておく必要もあった。もっとも九州育ちの私は、何をやるにしても妻に四の五の言わせるつもりはないのだが。「文句があるなら出て行くがいい」。その気になればいつでも言い放てるように、紙に書いて懐にしのばせている。

ある日、ふたりで夕食の鍋をつつきながら、私はさりげなく切りだした。

「おれ、ミュージシャンになるかもしんない」
「そう。あ、そのお肉まだナマだよ」
「先に謝っとく。たぶんモテちゃうと思うんだ。その気がなくても」
「大変だね」
「トランペットとかさ。どうかな?」
「日野皓正になっちゃうよ。首のとこまでプーッとふくれて」
「それは……ちょっといやだな」

そう簡単になるはずがないのである。カエルのように膨らんだ首は、熟達したトランペット奏者の証だ。吹いたこともない奴が、どのツラ下げて軽々しく言っているんだ。失礼にもほどがある。

ここは、客観的な意見とやらを聞いてみよう。案外、当人より身近にいる人のほうが、美点や欠点を正確にとらえているものだ。妻とは学生時代に出会ってから、そろそろ20年の付き合いになる。私に関する多種多様なデータの蓄積量も申し分ない。

「正直に言って。おれにもできそうな楽器って何やろか?」
「カスタネット」
「ほか」
「トライアングル」
「つぎ」
「シンバル」
「もういい。ひとつわかったことがある。おまえはおれのことをナメている」

それから雑炊をすすりながら15分程度。私の壮大な計画を聞き終えた妻は、「とんだ恥さらしね」と短く切り捨てた。「わかってくれればいいんだ」と、私は鷹揚な態度を崩さなかった。

結局、ああだこうだと頭で考えたところで収穫は得られない。行ってみよう、楽器屋さんに。私の暮らす立川にはいくつか専門店がある。そこで、男らしくバシッと決めるんだ。私が楽器を選ぶのではない。きっと楽器のほうがそこに佇む私を見つけ、選んでくれるはずだ。

 
 
 
-ヒビレポ 2013年7月13日号-

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