スペインは情熱の国だと、誰かが言った。 第2回


暑い、ひたすら暑い、暑いというより熱い 編

 
島袋寛之(第8号で「図書館で探りを入れる」執筆)
 
 
 

 前回帰省中の沖縄でひどい日焼け(ヤケド)をしたと書きましたが、痛みはどうにかおさまったものの、かゆくて仕方がなく、体中かきむしりながらの原稿です。腕の色はまばらになっているし、皮がむけて非常に気持ち悪い感じになり、電車の中でつり革にぶら下がっているとやたら強い視線を感じたりして、恥ずかしいやら情けないやらです。何でこんなことに・・・。ただ、こんなにみっともなく焼けたのは高校生の頃以来かもなあとぼんやり考えると、懐かしい感覚がうれしかったりもしますが。

 今回は完全な油断と、「まあ少し焼いてみるのもいいかもな」という下心で故郷の洗礼を受けてしまいましたが、日差しの強さで言うと、セビージャもかなりのもでした。いや、あんなに強い太陽光を僕は他の場所で浴びた事がありません。「ヨーロッパのフライパン」や「アンダルシアのフライパン」とも呼ばれるセビージャ、グラナダあたりは、夏の日中外を出歩いてる人たちがちょっと正気とは思えないほどの気温で、刺すような日差しが降り注ぎます。あまりの暑さに、地元でもやはり熱中症で倒れたり、中には亡くなってしまう人も珍しくなく、その危険さを示すように(注意をうながす意味もあるかと思うのですが)、町中のいたる所で温度計を目にします。ある日の事、学校帰りにふと目をやると、その温度計が52℃を表示していました。「ご、52℃?」意味が分かりません。「華氏って確か・・・」、「いい加減な国だし、壊れてるって事も・・・」そんな考えも頭をよぎりますが、ぼーっとする頭であたりを見渡すとその気温にもなんとなく納得してしまいます。 町全体がグニャっとゆがんでいるような、建物なんかも蜃気楼のように浮かんでいるような・・・。 確かにそれまでも40℃を越える日が続いていたし、装置の故障でもなさそう。何よりも汗が噴き出し、さらに熱さでそれが乾いていくような、どんどん水分を奪われていく自分の体が温度計の数字が正しい事を証明しています。そこまでいくと、「木陰に入ってやり過ごす」なんてのは無意味で、「うだるような」という形容などとはほど遠く、もはや暴力的。そんな時間帯は、旅程表に追われる観光客以外、通りから人影が無くなります。
 

 

 スペイン文化で世界的にも有名なもののひとつが「シエスタ」ではないでしょうか。夏の暑い時期の長い休み時間。仕事や学校の合間のお昼寝タイム。スペインでは夕食をわりと簡単にすませる代わりに昼食を大事にします(地域差もあるようですが)。一旦自宅に戻りゆっくりと家族で食事を楽しんだ後、一休み。そしてまた職場などに戻っていく。暑くて作業効率が上がらない時は思い切って何もしない!とても理にかなったいさぎよい習慣だなと思いますが、最近では若者を中心に薄れつつ、消えつつあるようです。実際に僕の友人たちも「いや、あれは昔の話で今はそんな事ないよ」と照れくさそうに苦笑いしていました。エアコンなどの普及も影響してるとは思いますが、シエスタは今では国内でも「なまけものを象徴する文化」としての扱いを受けているようで、少なくとも僕の周りでは、特に若い世代は強く否定的でした。その話をするといつも思い出すのは、約束の時間に家を出る。約束の時間にようやく起きる。冗談のようだけどそうでもない、携帯が普及してから更にヒドくなったように感じる沖縄の「ウチナータイム」です。でもあれはもうホントにアレで、どうしようもないアレなんですが・・・。だけどアレはアレでいいところもあるように思うので(それ自体よりもそれが成り立つ土壌が)、「おっしゃりたい事は分かりますが、消えて欲しくないんですよ」的な文化です。シエスタなんて「なんとなくいいよな」という以上に更に、「暑さから身を守る、仕事もはかどる」という側面(言い訳)があって、いい事尽くめのように思うのですが、グローバリズムという強迫観念のようなものに世界中が覆われつつある今、あの素晴らしい習慣もまた例外ではなく押し寄せる波に飲み込まれてしまう気がします。しかしシエスタひとつを悪者みたいにあーだこーだ言う前に、「おまえらそもそも元々そんなに働かないじゃん!」と叫びたい気持ちを押し殺しているのは、僕だけではないはずです。

「暑さから身を守る」という観点で言うと、建物の造りもやはり特徴的でした。僕は地元の大学で働く同い年のスペイン人男子とルームシェアをしていたのですが、彼は建築やアートなどにも造詣が深くて、そのピソ(アパート)も日本で言うデザイナーズマンションのようにこじゃれた内装で、モダンなスタイル。ただ建物全体は伝統的な構造で、パティオと呼ばれる中庭を中心にそれを取り囲むように部屋が配置されていて、直射日光が入り込みにくいような工夫がされていました。窓はその中庭の方に向いているので、ちゃんと採光も出来ているし、さすがに涼しいとまではいかなくても部屋の中に熱気がこもって耐えられない暑さになるという事はありませんでした。もちろん全ての建物がそんな造りになっているわけでもないので、日本では好まれるいわゆる日当りのいい部屋は避けられて、家賃も下がるというような話を聞いた覚えがあります。
 

セビージャの象徴、ヒラルダの塔と大聖堂
大聖堂の中にはコロンブスの墓が

 

 ところで、スペインに限らずヨーロッパの町においては、小道が蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、それが町全体を形作っているというのがよく見られる光景ですが、セビージャも例外ではなく、土地勘無く歩いているとあっという間に迷子になってしまうほどです。ただそれも闇雲にそうしているわけでもなく、建物の間に細かく道を通す事で日差しをさえぎる効果を生んでいて、同時に風の抜け道を作っています。どうしても外に出なければならない日中、せめてものの涼しさを求めて、雑貨屋さんやお土産品店、小さなバルが並んでいて目にも楽しいその小道を好んで歩いていました。また、前回も書いたようにセビージャを含めたアンダルシア州はイスラム圏の国に長く支配されていた歴史があるため、街並にもその雰囲気を色濃く残しています。夕暮れ、ぼんやりとした街灯に照らされたその光景は、ヨーロッパにいながらまるでモロッコやエジプトのスーク(市場)に迷い込んだ感じもして、幻想的な気分を味わえました。それもまた、長い長い争いと苦悩の歴史の上に作られたものなのですが。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年7月10日号-

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