薔薇の木にどんな花咲く?  第2回


竜 超
(第12号で「『薔薇族』継いじゃいました。」執筆)
 
コミック◎猪口コルネ
 
 
 

近年の芸能界には“ご意見番”と呼ばれる放言タレントが、つねに誰かしら存在してますよネ。そうした面々(ゴッドな姉ちゃんとか、占いの元締めとか、「おだまり!」の歌手とか……)の顔ぶれを、ちょっと思い浮かべてみてください。——ネ? そこには“男オトコした男性”も“女オンナした女性”もいないでしょ? 時代ごとに顔ぶれは変われども、ご意見番タレントというのは“オバサンぽいオジサン”か“オジサンみたいなオバサン”と相場が決まっているのです。

どうしてマスコミは代々、そのテの方々を好んで“ご意見番”に仕立て上げるのか? ひとことで云えば「無難だから」です。“男オトコした男性”が強い口調で断言すると「封建的だ!」と世のフェミニストが激昂しますし、“女オンナした女性”が天下国家を論じたりすると「生意気だ!」と男権主義者から叩かれてしまいます。けれども“ユニセックスな方々”であれば、かなり高圧的なモノ云いであったとしても、男女どちらの陣営からもさほどの抗議はこない。視聴者クレームというのを何よりも怖れる昨今のテレビ局にとって、これほど使い勝手のいい存在はないわけです。
 

 

そのご意見番ワクに、昨今は各局とも“半アマチュアのおねェ系タレント”をはめこむ傾向が強い。それはつまり「安く使える」からです。従来型のご意見番はベテラン歌手とか古参女優といった“プロ芸能人”なので、出演すると安くはないギャラが発生してしまいます。けれどもおねェ系タレントというのは大半が「本業を別に持ったセミプロ」なので“薄謝”程度で済ませられる。それでいてインパクトは結構あるわけですから、CM収入が激減しているテレビ局にとってはもう「神様! 仏様!! おねェ様!!!」なのです。

おねェ語というのには不思議な効能がありましてネ、たとえば元・都知事の“男オトコしたオジサン”とかが口にすればエライ騒ぎになるであろう事柄でも、おねェ系の方がおっしゃれば“シャレ”として受け流される。この“おねェ語マジック”にバラエティ界はすがり、すがられたほうも本業(水商売だとか美容関係だとか)のPRになったり、顕示欲の充足につながったりするということで力を貸しているわけです。

どのメディアが誰を出そうが、誰がどのメディアに出ようが、基本的に個人の勝手ですので口を出す気なんかはサラサラありません。とはいえ、出す側も出る側も、それなりの“質”はキープしていただきたいとは思います。おねェ系の方々を「ただオモチャにして消費する」ばかりの番組や、「局側に云われるまま、プライドもへったくれもない道化を演じさせられているおねェ様」などが、見ているとけっこう多いのです。「同性愛者の存在を可視化することが大切だ!」とおっしゃる社会活動家の方もおられますが、世間の目にふれるものが“醜態”ばかりだったら、単なるイメージダウンにしかならないと思うんですがネ。

おねェ系でもなければ、さほど面白いキャラでもないはずの僕のところにも、たま〜にテレビの旦那衆からお座敷がかかる場合があります。まァ、ちょっとでも『薔薇族』の宣伝になればと(このあたりは前述のおねェ様たちと共通ですネ)、オファーがあればとりあえず話だけは聞きに行くようにしているんですが……ハッキリ云って「なんじゃそれ!?」と絶句させられるような制作者が少なくありません。

「プランニングの参考にしたいので、お話を聞かせてください」と云われて出むいたはずなのに、行ってみるとすでに企画があらかた出来上がっていて、しかもかなりトンデモな内容だったりする。そして僕に、そのトンデモ企画に信憑性を持たせるための協力をしてくれないか、とか云ってきたりするのであります。当然ながらそんなことに力を貸せるハズもなく、サメのような眼で冷ややかな言葉を云い放ってその場を思いっきりシラケさせて帰ってくるわけです(しかしテレビがその程度で企画をボツにするわけもなく、トンデモ企画に怒らないような従順系おねェ様を探してきて予定を遂行するンですけどネ)。

現在はおねェブームですが、20年ほど前には“ゲイブーム”というやつがあって、バブル期だけに今以上にトチ狂った祭りが連日開かれていました。その当時、とある番組制作会社から僕の友人のところへ出演オファーがあったそうなんですが、あまりに常軌を逸した企画だったんで断ったところ、担当者は「——なんでですかッ!? テレビですよッ!?」と、まるでカッパに出くわした釣り人みたいな顔で驚いていたそうです。当時はまだテレビが“メディアの王様”として君臨していたので、そこへ出してやると云われて喜ばない一般人がいるなんて信じられなかったのでしょう(ある意味、カッパ以上に信じられない存在だったのかもしれません)。

時代は変わって、いまや「テレビは持ってません」とフツーに云う若者も珍しくない時代になりました。けれどもテレビマンの意識というのは、どうも当時と極端な変化はない気がします。いや、“コンプライアンス”という言葉にふりまわされて守りに入っているぶん、昔よりもさらに劣化しているかもしれない。ゲイブームの頃にはメチャメチャな企画をやるテレビマンがけっこういて同性愛者団体から抗議を受けたりしていましたが、自分の手を汚し、クレームも引き受ける覚悟を持ってやっていたのであれば、それはそれで認めてもいいと僕は思うのです。けれども昨今のテレビ業界人は自分の手を汚すことなく、外部の人間を操ってメチャメチャなことをさせようとする。そーゆーのはフェアじゃなくて、なんかヤ〜な感じですネ。

おねェ系の人々が“ご意見番”とヨイショされて安直なバラエティ番組に駆り出され、“安上がりな放言要員”としてお茶の間の失笑を買っている姿は、『薔薇族』の編集発行人としてはやはり見るに堪えないものがあります。まがりなりにもコメンテーター枠での出演ならまだマシで、“イケメンタレントに奇声をあげながら迫るオカマ軍団員その一”みたいなヨゴレ仕事をあてがわれている方も少なからずおられたりする。もちろん、「それでもいーのヨ! 余計なこと云わないでッ」という方のばあいは「ご自由に」と云うしかないのですが……しかし“メディアとの関わり方”というのをキチンと考えていかないと、「トコトン利用され尽くしたあげくにポイ捨てされるだけ」みたいな悲惨な結果になりかねないのです。

僕は昭和のテレビっ子世代なんで、「あんなのに出たがるやつなんか三流だ」なんてエラそ—なことは口が裂けても云えません(というか、そーゆーコトをしたり顔で云うインテリきどり野郎が大キライなのです)。僕自身、こちらの信条を曲げることなく、かつ『薔薇族』を紹介させてもらえる(←ココが最重要!)番組ならばチャッカリ出てますしネ。でも、いかに昔よりパワーダウンしてるとはいえ、まだまだテレビはデカくて油断がならない魔物です。関わるときにはソレナリの気構えが必要で、「利用してるつもりだったが、いつの間に利用されてた」なんて“笑えない笑い話”はザラにある。ブームに乗っかってハデにやってるおねェ系の方々の行く末を案じることがたまにあるんですが、バカ面してると自分も利用されちゃう可能性は大なので、僕もじゅうじゅう気をつけなくては! 
 
 

 
 
 
 
-ヒビレポ 2013年7月11日号-

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