どす黒い私  第4回


 
和田靜香
(第8号で「ハッケヨイ、和田翔龍!」を執筆)

 
 
 

 2011年10月末にコンビニ・バイト(レポ1号と6号に記事書きました)を辞めて以来、1年8ヶ月ぶりにバイトを始めた。今度はパン屋さん。チェーン店ではなく小さな個人店で、通りを歩いていたら工事中の店があり、ショーウィンドウのガラスに模造紙が貼ってあった。そこに「パン屋がオープンします。みんなで新しい店をいっしょに作っていきましょう」と書いてあるのを見て、「いっしょに店を作っていく」というのはいいな、と思ってさっそく電話をしてみた。

 電話に出たのは30代ぐらいとおぼしき男性で、若い人がおしゃれなパン屋を開くのかな?と思って会ってみたら、40代半ばで、ずっとパン屋で働いていたのが、今度初めて店を開くという。なんと3人も子どものいるお父さんだ。
「人生かかってますね」
 そう言うと、「はい、そうです」とギリッとした目をして答える。そのくせ、一昔前のハードロック・バンドが好きで、そのオブジェを店に飾るなんて言ってる。パン屋なのにハードロック? 趣味を押し付けて大丈夫なのか? よく分からないが、店長のロック好きの部分で私は雇われたと思う。「海外ではRUSHが好きです」なんて面接とは関係ない話をする彼に、すぐに「プログレハードロック! そりゃ地味っすねぇ」なんて笑える40代のオバちゃんはそうそういないだろう。ちょっとした話相手に雇われたのかもしれない。とにかく土日だけ働くことになった。
 

 

 オープンは7月頭。パン、暑くちゃ売れないだろうに、大丈夫か? とまた心配になったが、オープンの日は20%引きということもあり、売れに売れた。お客さんがひっきりなしにやってきて、狭い店はエアコンも効かず、たまらなく暑い。そしてそのときにハッと気づいた。次々やって来るお客さんの大半がお母さんと子どもなのだ。どうやら店長一家の友人たちらしいが、中には私といっしょに雇われた、私より10歳以上も若いパート主婦の友人親子もいる。

 すると、とうぜんながら延々繰り広げられる「●●ちゃ〜ん(子どもの名前)。こんにちは〜。●●ちゃんのお母さん、何何ね〜」という会話。どうあっても会話の中心は「●●ちゃん」であり。「●●ちゃん」が好きなパン、好きな味、本日のゴキゲンがすべての世界。そして「●●ちゃん」の通う幼稚園や小学校の行事についての相談などがその場で迅速になされる。世界の中心で「●●ちゃん」を叫ぶ! 愛と感動の巨編っ! ●●ちゃ〜〜〜んっ! なのだ。

 と。こんなに馬鹿にしてんだから、気づくであろう。そう、私はそういう●●ちゃん的会話世界が大嫌い。横でそういう会話を繰り広げられると、たちまちのうちに髪の毛が金色に染まって逆立ち、中指おっ立て、舌をベロンベロン出して、ドスを効かせた低音でデスメタルをゴンゴン歌いたくなる。いや、悪魔メタルでもいいな。ノルウェイ直伝の、教会を焼き打ちしたりするような強力な悪魔メタラーになるんだ。

 店長がハードロック好きだから構わないんじゃない? って。そういう問題じゃない。ツイッターでつぶやくと、私と同じような性癖の友人が「周囲の皆さんの圧倒的な正しさ(一般常識比)の前に、こっちは必要以上に開き直って異物感を強調する、みたいな」とつぶやいてくれたけど、そうそう、そうそう、そうなのよ〜〜〜っ!と頷いてしまった。

 そうなんだ。私がノルウェイ直伝悪魔メタラーに変身しなきゃならないのは、そういう会話が放ってくる子供至上主義=お母さん万歳=正しい生き方=常識に、「負け犬の遠吠え」から早10年。当時もあの本の条件には追いつけやしてなかったが、今や遠吠えの声も枯れ果てた未婚・子なしアラフィフ女の卑屈な抵抗が爆発するからだ。
「いいじゃない。和田ちゃんには和田ちゃんの人生があって、そんなことに卑屈になる必要なんてないわよ」
 子あり還暦友人はそう言ったが、ダメだ。日本はそういう未婚子なし女の「マイ・ウェイ論」を受け入れる寛容な社会じゃない。第一、私たち1970年代に小中学生だった世代は「りぼん」や「マーガッレット」の乙女ちっく漫画で育ってきた。そういう漫画の主人公は平凡で目立たないけど、夢は大好きなあの人のお嫁さんになって赤ちゃん産んでってもの。その価値観を根っこから文と絵で植え付けられ、今だに乙女ちっくの代表漫画家・陸奥A子の「りぼん」コミックスを押入れの天袋に後生大事にしまっている私のような人間は、悪魔メタルとか言いながらも、その価値観にがんじがらめになっているんだ。

「そうなのね、和田さん、かわいそうにね」と目を細めるお母さん。しかし、お母さん、私、いつも思うんです。あんたら、マジなんですか? マジで、その「●●ちゃん的会話世界」やってんですか? 楽しいんですか、その世界?って。
 違うでしょう? 本当は違うでしょう? ねえ、お母さんたち。お母さんたちだって、本当は疲れてませんか? ●●ちゃんがチョコパン好きだろうが、んなことどうでもエエわい。アホんだれ……って心の奥底では思ってて、私と同じように実は中指立ててる。時にはノルウェイ直伝悪魔メタラーにも昇華してしまう……そうなんじゃないですか? ねえ? ねえ? そうでしょう? そういう意味では実は私と同じように、日本社会の「女のマイ・ウェイ論」を許さない風潮に、お母さんたちもがんじがらめとちゃいますか? 

「なんのことかしら?」とポケランとするお母さんだって、心の奥底へザクザク降りて行ったら、そういう思いが少なからずあると思う。だけど、お母さんはお母さん世界を構築することを願われてる。んでもって、お母さん世界は聖職で、絶対で、それをこんな風にチャカして言うと、「週刊文春」みたいに徹底的に叩かれるんだ。グッサグサに……。そう、ちょうどこのバイト事件(?)のときに、「週刊文春」がフィギュアスケーターの安藤美姫ちゃんについて「出産を支持しますか?」というアンケートを実施して、めちゃくちゃ叩かれていた。確かにあのアンケートはしょうもなかった。他人がどうしようと勝手だろう?と思う。そこにも「女のマイ・ウェイ論」を許さない目を感じた。が、同時に、「週刊文春」を叩きまくるヒステリックなほどの声にも、出産にまつわることについての聖域視を少なからず感じ、それはそれでまた「女のマイ・ウェイ論」を狭めてやしないか?と思ってしまった。いや、あのアンケートは悪いよ、悪い。人権侵害と言われたらそうなんだけど。そうなんだけど。4月9日の「東電、汚染水計画破綻」の方に、そのくらいヒステリックに叫んでくれてもエエんじゃない? とか。そんなにヒステリックに文春を叩くなら、日ごろお母さんたちが追い込まれてる「●●ちゃん中心会話」に疑問を少し呈すことがあったってエエんじゃない?と思って、文春編集長と安い居酒屋でチクチクと焼き鳥でもつまんでみたい、などと自分のブログにも書いた。

 ああ、なんか、私、今回は上野千鶴子先生になろうとして言論破綻してる人、みたいになってる。すみません。あちこちほころびだらけですわ。ただ、言いたいのは、日本の女の心底はけっこうみんな、悪魔メタラーなんじゃないか?ってことです。そんだけですっ。

 ちなみに、教会焼き討ちしちゃうような悪魔メタラーほんの一部で、悪魔メタルは、本当はエンターテイメントです。そこんとこ、よろしくです。はい。
 で。バイトはどうした? それはまた追って……。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年7月26日号-

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