四十の手習い 第4回

挑戦曲を決める

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 

フレデリック・ショパンの「別れの曲」は、頭にいくつかあった候補曲のひとつだ。正式には「エチュード第3番ホ長調」。1935年、日本で公開されたショパンの自伝的映画『別れの曲』をきっかけに、この呼び名が国内で定着したという。

私にとって「別れの曲」は、大林宣彦監督の『さびしんぼう』(1985年)と結ばれる。『転校生』(1982年)、『時をかける少女』(1983年)に続く、尾道三部作の完結編だ。

〈ひとがひとを 恋うるとき ひとは誰でも さびしんぼう になる――〉の『さびしんぼう』である。物語のクライマックス、母親を早くに亡くし、病気の父親を抱える富田靖子が尾美としのりに、〈あなたに好きになっていただいたのは、こっち側の顔でしょ? どうか、こっちの顔だけ見ていて。反対側の顔は見ないでください〉と、気丈に別れを告げた『さびしんぼう』である。

『さびしんぼう』は、全編にわたって「別れの曲」の美しくも切ない旋律が流れる。たしか高校時代にこの映画を観て、大好きになった。泣いたなぁ。いまの私は、もうあの頃のように心を震わせることができない。だが、変わらずに好きでありつづける映画のひとつだ。
 

 

そうと決まれば、話は早い。ブルースハープ用の楽譜があるか、ネットで検索だ。メジャーな曲だから、きっとあるはずだという目論見は的中した。『初心者に絶対!! ブルースハープ初歩の初歩入門』(田中光栄著・ドレミ楽譜出版)がアマゾンでヒット。すぐさま購入ボタンを押した。

流通が発達した現代社会は便利だよ。2日後には、郵便ポストに到着した本を開いていた。どれどれ、「別れの曲」のキーは「C」か。それにしてもこの教則本、表紙からしていたるところに「初心者」「初歩」「基礎知識」「Basic」などの文言が散らばっている。心強いこと、この上なし。これでダメだったらお手上げだ!

 
著者の田中光英さんは、ブルースハープ界の巨匠だ。
これから師匠と呼ばせていただきます!

 

で、その教則本を小脇に抱え、再び「山野楽器 サウンドクルー立川」へ。モニカさんは私のことを憶えていてくれた。小走りに駆け寄ってきて、「曲、決まりましたか?」とにっこり微笑む。ええ、決まりましたよ。ショパンの「別れの曲」にします。

購入したブルースハープは、HOHNERの「BLUES HARP」。初心者ゆえ、最もスタンダードなモデルを選んだ。3675円ナリ。木製ボディがシブいねえ。あと楽器の手入れに使うクロスを購入した。こちらは1344円ナリ。

会計を済ませながらちょっと話をしたら、モニカさんはトロンボーン奏者だそうだ。ワケもなく、すごいなぁと感心する。やはり、楽器店で働く人はその道を歩んできた人ばかりなのだろう。「何かお困りのことがあったら、いつでもどうぞ」と、最後まで親切に私を送り出してくれた。ビバッ、山野楽器!

家に帰り、いてもたってもいられず、ブルースハープをケースから取り出した。ゆっくり口をつけ、そっと息を吹き込む。プワーンと鳴った。おっ、ちゃんと音が出た。そりゃ鳴るよ。楽器だもん。

 
ピッカピカのブルースハープ。よろしくね。
 

初対面の挨拶を交わし、とりあえずパートナーとして認められた気がする。左から右へ動かしながら、一気に吹いた。郷愁を帯びたやさしい音色が響く。なんだ、この正体不明のうれしさは。

思えば、このブルースハープが、生まれて初めて自分のお金で買った楽器ということになる。「中に水分が溜まったまま放置すると、カビが生えるので要注意」とモニカさんは言っていた。手入れを怠ってはならない。クロスで拭き拭き、ためつすがめつ眺める。じつに、いい気分だ。大事に使っていこう。

 
 
 
-ヒビレポ 2013年7月27日号-

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