スペインは情熱の国だと、誰かが言った。 第4回


明るい道もいいけど、裏通りもそう悪くない 編

 
島袋寛之(第8号で「図書館で探りを入れる」執筆)
 
 
 
 日本ではあまり感じることがないのかもしれませんが(もちろん無いとは言えないのですが)、旅行などで海外に行くと、「ここには近づいてはいけない」という場所に出くわしたり、注意されたりすることがあると思います。マドリッドで言えばラバピエス地区、アトーチャ駅周辺はあまり治安が良くなく、初めてスペインに行った際飲み屋で隣り合った酔っぱらいのおじさんに、「あまり近づかない方がいーよ」、とぼくも言われたおぼえがあります。確かに用がなければ行かないに越したことはないだろうし、実際にスリや強盗の類いが頻発しているので安全な場所ではないのは確かです。今でもたまに在スペイン日本大使館の情報をチェックするのですが、その2カ所に限らず特に観光地では、やはり週に1、2度は日本人が何かしらのトラブルに巻き込まれているようなので、これから行く予定がある方は十分気をつけた方が良いかと思います。実はぼくも一度だけ、アトーチャ駅に向かうためにどうしてもスーツケースと大きなバックパックを抱えるしかなく目立つ格好でタクシー待ちをしていて、2人組のひったくりに襲われたことがあります。その時はわりと良心的(?)な強盗だったので、車道を渡って逃げようとしているところを腕をつかまえただけで運良く取り返せたのですが、かなりの油断で貴重品をひとつにまとめていたりしたので、危うくパスポートやビザ、ノートパソコンなどを一瞬で失うところでした。
 

 

 ただ、あくまで個人的な体験なのであまりおすすめはしませんが、その一件以外ではそれほど危険を感じたことがありませんでした。アトーチャはマドリッドの中心部からそう遠くない場所なので、利用する時にはついついバスやタクシーに乗るのがもったいないなぁと思ってしまい、その内慣れてしまって(こういうのが犯罪に巻き込まれるパターンだとは分かっていながら)気にせず歩いたり。ラバピエスに関しては地元の人も避けがちながら、マドリッドにはそう多くない庶民的な下町の雰囲気が残った地区なので、散歩するのが楽しかったり、気が付けば居酒屋めぐりなんかもしていました。さすがに夜一人で出歩くのは気が引けたのですが、場所が場所だけに家賃が安く、学生の友達が住んでいて、何度か行くうちにやっぱり慣れてしまって、空気の違いは感じながらも、それほど治安の悪さを実感することはありませんでした(繰り返しますが、あくまで個人的感想です)。勇気ある、と言って良いのか、フラメンコ留学中の日本人女性も何人か住んでいたみたいです。

 そんな中、セビージャにある「トレス・ミル・ビビエンダス」。ここは、「本当に近づいてはいけない場所」として全国的にも有名なようでした。友人に「いや、後学のためにもちょっと行ってみたいんだけどやっぱまずいかな?」と聞こうもんなら、「やれやれ、何も知らない日本人が変なことを言い出したよ」といった表情でその場にいるみんなが集まりだして、それぞれが持っているエピソードを披露します。「命に関わる場所なんだ」と、真剣な表情で。「あるテレビ局が潜入取材を試みたら、30分もしないうちに身ぐるみをはがされ町の外に放り出された」、「目の前で車の盗難被害にあって別の車で追いかけたら、トレス・ミルから出てきた仲間が待ち受けていて、その車まで奪われたうえ、病院おくりにされた」。その区間を通る電車にビールの瓶などを投げつけられて運転席の窓が割れ、深刻な事故になってもおかしくないこともたびたびあったようです。そして、中でもセビージャの人々に強い衝撃を与えたのが、確か20年前くらいの出来事だったと思いますが、そのエリアから少し離れた場所で遊んでいた女の子が、駐車をしようと徐行していた車にぶつかって、軽いケガをした時のこと。女の子の泣き声を聞きつけた父親が血相を変えて飛び出してきて、その運転手を4発の銃弾で射殺した事件です。その日を境に、その場所との断絶はますます深いものになりました。

 なぜそんなことが起こり、一体どういう場所なのか。マドリッドのラバピエス、セビージャのトレス・ミル・ビビエンダスに共通して言えるのは、ヒターノ、イスラム系移民のジプシー(その子孫)が多く住む町、貧民街だという点です。大都会の一角にあるラバピエスは、時代の移り変わりと都市の自浄作用に良くも悪くも少しずつ飲み込まれ、ぼくでも踏み入れられるくらいには変化しつつありますが、元々スペイン国内でも最もヒターノが多く住んでいる場所のひとつで、そうそう劇的な変化が起こるわけでもない地方都市のセビージャの中で時間を掛けて形成されたトレス・ミルは、今なお更に強固な独自のコミュニティを作っています。同じ血脈の住民同士が支えあい、かばいあって生活しているので結束が強く、その地区の中で起きたことには、警察などの行政もうかつには手を出せないほどですが、逆に言えば外部からのアクセスを拒むことで自分達の首を絞めているかのようにも見えます。特に貧困問題に関しては。ただ、日本にいる間、断絶された世界というものに触れたことの無かったぼくには理解しがたい部分ではありましたが、ヘタな人道主義や人権感覚が入り込む余地はない、入ってはいけない場所がある、というのも同時にうっすらと感じました。

 断絶、と書きましたが、コミュニティの輪郭がぼやけて、交わる部分ももちろんあります。そのひとつが、スペインの代名詞とも言えるフラメンコです。特にスペイン南部で愛され、盛んに歌われ踊られるフラメンコは、ヒターノがその源流を持ち込み、今の形を作り上げたものだと言われます。前回の最後で、『スペイン人はあるカテゴリーの対立をもうひとつの自己で補う。そうすることで集団を背景とした個の否定をしない』と書きましたが、僕がその根拠にしているのが、フラメンコを始めとした、文化による交流です。もしかすると交流とも言えない、無意識的な差別を消すには至らない程のものかもしれませんが、コミュニティの壁を越えてにじみ出てくる「文化」を通して、お互いの存在を牽制しつつも、ある面では尊重する。壁があるのは認めながらも、決して存在自体を否定するわけではない。現にトレス・ミル・ビビエンダスは数多くのフラメンコ界の世界的なスーパースターを生み出していて、多くのスペイン人に愛されています。

「いや、君らの世界を全て受け入れることは出来ないよ。でもフラメンコは素晴らしい」「なに言ってんだ、こっちだってお前らと馴れ合うなんてごめんだね。でもフラメンコは見せてやってもいい」

 憎まれ口を叩き合いながらも、認めるところはある。上のセリフはぼくが感じた勝手なイメージだし、決してフラメンコだけが両者を繋いでいるわけでもありませんが、そんな微妙なバランスでお互いの存在を否定しない。否定しきらない。全てのことに当てはまるわけでもなければ、決してスペインが実現出来ているとは言えないにしても、それが前回からしつこく繰り返している「寛容な社会」を生み出すための道につながっているんじゃないかなと、漠然とそう思いました。

 ちなみに、恐らく本当に行くとは思っていない友人たちに何度も止められながら、一度だけトレス・ミルを訪れたことがあります。土地勘が全く無いし、後で聞いても周りに中のことを知っている人がいなかったので、自分がどの辺りを歩いていたのかもはっきりしませんが、「な、なんだこの東洋人は? バカなのか?」という視線を痛烈に感じながら、目に入ったバル(居酒屋)でビールを2〜3杯飲んで、「お前この辺がどういう場所か分かってるのか?」という店のおじさんの言葉に「うん、一応」とうなずき、最後の一杯はおごってもらって、無事に帰りました。酒って素晴らしい!
 
 
 
-ヒビレポ 2013年7月31日号-

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