薔薇の木にどんな花咲く?  第6回


竜 超
(第12号で「『薔薇族』継いじゃいました。」執筆)
 
コミック◎猪口コルネ
 
 
 

まだ、しばらくは止む気配のない〈おねェブーム〉ですが、それを主に支えているのは女性層です。
20年前におきた〈ゲイブーム〉というのも、雑誌『CREA(クレア)』(文藝春秋)の特集「ゲイ・ルネッサンス91」が発端であると云われており、やっぱり女性発のムーブメントでした。
ノンケ(=異性愛者)の女性たちがゲイの世界に関心を抱くことは、僕は「自然のなりゆきである」と個人的には思っています。
女性というのは〈得体の知れない何か〉に遭遇した際、目を輝かせながら好奇心をフル稼働させる特性を持っているからです。
僕がパーティーの場などで自己紹介をしたとき、ほとんどの男性は「腰が引ける」のに対し、女性のほうは「身を乗り出して話を聞きにくる」のであります。
美輪明宏御大のコトバに「私はこれまで、強い男と弱い女を見たことがない」というのがありますが、まさに至言であると思いますネ。
 

 

「でも、ゲイの人ってオンナ嫌いなんでしょ。図々しく近づいたりしたら怒られるんじゃないの?」
こんな不安を抱かれる方も多いでしょうが、いえいえ、ご心配なく。
たいていの男性同性愛者は、肉体関係はムリにしても(当たり前だ)、友人関係くらいまでならば女性とだってフツーに結べるものなのです。
まァ、中には確かに「やめて〜ッ!! オンナに近寄られるだけで鳥肌がたつわァ〜ッ」なんて身をよじらせながら叫ぶような方もおられますが、僕が見た範囲で云うならば、そういうほうがレアケース。
ただし、女性の方がゲイ男性と親密になろうとする際には、「郷に入っては郷に従え」というコトワザを念頭に置くことが大前提となります。
さらに云うなら、「親しき仲にも礼儀あり」というのも覚えておけば、なおいっそう確かでしょう。

この連載の3回目にも書きましたが、90年代のゲイブーム以降、愚連隊もどきの女性客がわがもの顔でのさばっているゲイバアなどが増えてきて、ヘキエキとさせられることが多々あります。
僕の体験で云うならば、泥酔してはしゃぎまくるOL風の女性に酒をぶっかけられたことがありました。
その際に、「ひゃ〜、大変! 拭くもの、拭くもの」とあわてたのは周囲にいた無関係の客たちで、こぼした当人はヘラヘラした状態のまんまでした。
この女性はたぶん、「じぶんは周囲から優遇されて当然」というノリでゴーマンにふるまっているのでしょうが、そういう法則は〈メスのケツを追っかけるしか能のないオス〉にしか通用しません。
イビツな女王サマ気どりのバカ女なんて、マトモな神経をもった男ならば相手にするわけもありませんし、もともと女性全般に関心の薄い同性愛者ならばなおのこと、です。
ゲイバアを訪れる女性たちは、店に一歩足を踏み入れた瞬間、自分が一種の〈パラレルワールド〉に迷い込んだのだと自覚するべきでしょう。

パラレルワールドという表現は、決してオーヴァーなものではありません。
異性愛社会における価値基準とゲイバア内におけるそれとは、まったく異なるわけですからネ。
たとえば世間一般においてイケメンの代名詞とされている〈ジャニーズ系〉にしても、ゲイ界では必ずしも王道的なモテ筋というわけではありません。
冗談みたいな話ですが、「マツジュンよりもケンドーコバヤシのほうがイケメンだ!」と思っている人も決して少数派ではなく、ジャニーズ系美男を愛好することは〈ジャニ専〉というフェチの一ジャンルになってしまうのです。
前回取り上げた〈イカホモ系〉がタイプだという人にしてみれば、たとえ嵐の5人が総がかりでアタックしてきても「ごめんなさい、タイプじゃないんで……」となってしまうでしょう。
今をときめく嵐をもってしてもその程度なんですから、ハナから性的対象のラチ外にある女性の値打ちがどれほどのものなのかは推して知るべしです。
それが判らないようならば、悪いことは云いませんから、ゲイバアに行くのはやめといたほうが無難というものでしょう。
外の世界ではサカリのついたアホなオスどもから女王サマ扱いされているような人であっても、下女以下の扱いしか受けられない可能性が大なのですから。

……な〜んて、ちょっとキビシイことを云いすぎたかもしれないので、今度は女性に関する〈ちょっとイイ話〉をしてみましょう。
僕が二代目編集長をしている本邦初の同性愛専門誌『薔薇族』を支える太い柱の一本は女性読者である、という話です。
1971年から33年続いた初代の『薔薇族』は、ゲイ当事者に必要不可欠な〈夜のオカズ機能〉と〈出逢いツール機能〉をもたらしてくれる〈実用品〉でした。
だから、ネットの台頭によって実用性が乏しくなった(=前述の二大機能が、雑誌よりもWEBが提供するもののほうが優れていると判明した)とき、ゲイの読者の大半はアッサリと『薔薇族』を見限ったのです。
けれどもノンケ女性の薔薇族ファンたちは去りませんでした。
もともと彼女らは『薔薇族』を実用品と見ていたわけではないので、オカズ機能も出逢いツール機能もどーだっていいのです。
女性支援者たちにとっての『薔薇族』とは、ちょっと大仰な云い方をすれば〈文化財〉なのかも知れません(かなり特殊なカルチャーの、という冠がつきますけどネ)。

『薔薇族』と女性の親和性の高さの背景には、創刊編集長である伊藤文学氏の一貫したスタイルがありました。
氏は自身が異性愛者であるせいか、他のゲイ雑誌が外部との関わりをシャットアウトしていた時期であっても、一般マスコミによる取材も、女性読者の来訪も積極的に受け入れていたのです。
「××年前、伊藤先生にお会いしたとき、とっても良くしていただきました」と語る女性と、僕は何度も対面してきました。
その甲斐あってか、文学氏が下北沢で毎月ひらいているお茶会の参加者は大半が女性ですし、自分の喫茶店でファンの集いを企画し、交通費・食費・宿泊費負担で氏を招待してくれた九州の女の人もいました。
女性の『薔薇族』サポーターというのは、僕の代になって以降も存在します。
定期購読者の中にもおられますし、コミックマーケットやコミティア、文学フリマなどの同人誌即売イヴェントに参加したときも、積極的に話しに来てくれるのは女性のお客さんです。
男性客のほうは興味ありげにチラ見していても、「どうぞ、立ち読みしてってください」と声をかけると曖昧な笑みを浮かべながら後ずさっていきます(まさに美輪サマの名言どおりですネ)。

僕に関して云えば、お世辞でなどは一切ヌキで「女性の皆さんも大歓迎!」です。
イヴェントなどでも、もちろん買ってくださる方を最優遇しますが、単にお喋りに来てくださるだけの方でもウェルカム!
ただし、初めに述べた〈大前提〉だけは忘れないでくださいネ。
女性客がいなくては商売が成立しない斜陽のゲイバアとかならば、マナー違反にも目をつむるかも知れませんが、わが『薔薇族』はそのあたりに容赦はしませんゼ!
なんせコッチは女性客がいようがいまいが赤字出版なんで、誰に対してもビビるっていうことがないンですハッハッハッ(……って、自慢するこっちゃありませんけども)。

 
 

 
 
 
 
-ヒビレポ 2013年8月8日号-

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