四十の手習い 第6回

秘策を講じる

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 

なぜ、あのとき私は新宿のテレクラ(テレフォンクラブ=電話を介して女性との会話を斡旋する店。80年代から90年代にかけて流行った)に足を踏み入れたのか。いまとなっては動機が思い出せない。十数年前、駆け出しライターの時期だった。ある雑誌の取材で、特定の条件を満たす女性と会う必要があった。現在のようにインターネットが一般に普及していなかった頃である。人を探すには、その筋に詳しい人に頼るか、自分の頭と足を使って対象に接近するしかなかった。

記憶しているのは、テレクラに一撃必殺の突破口があるように直感したこと。それが空振りに終わり、取材経費の請求ができずに数千円の自腹を切ったこと。エロ目的ではなかったため、女性とのおしゃべりはまるで盛り上がらなかったこと。先輩ライターから「おまえさんはずいぶん回り道をするね。そんなのムリに決まってんじゃん」と呆れられたこと。

ひらめきと失望。その感覚だけが生々しく残っている。

とかく私は、画期的なアイデアというやつの誘惑に弱い。どこかに抜け道があるのではないかと、斬新な攻略法を編み出したがるクセがある。思いついたが最後、実効性はさておき、試してみなければ気が済まない。ごくまれに成功に結びついたが、ほとんどは徒労だった。効率は最悪だ。今回は、その性分の健在ぶりをあらためて思い知ることになった。
 

 

ブルースハープの練習を始めてから約2週間。音感が乏しいのは、つくづく不便だと感じる。

4番を吹く。「ド」だ。4番を吸う。「レ」だ。ここまでは大丈夫。音階を認識できている。だが、ブルースハープを横に動かしながら、複数の音を出すと途端に音階を見失った。これは、違うぞ。明らかに、違う。どこで間違えた? それがわからない。間違えた箇所がわからなければ、修正のしようがない。「はい、そこミスった」と指摘してくれる人がいればいいのだが、あいにく独りである。

そもそも自分の口が、4番なら4番に、7番なら7番に、きちんと移動できているかが定かではないのだ。そうなると、すべてが疑わしくなる。ピンポイントに息を吹き込む以前の問題だ。せめて、口の中央がその番号を正確にとらえている確信がほしい。

そこで、私は秘策を講じた。ハサミでチョキチョキ、ペンで書き書き。わっはっは、ナイスアイデア。これなら目で番号を追いながら吹けるぞ。

 
ふふっ、これさえあれば。
 

ブルースハープとの接着面を最小限におさえ、慎重にテープを貼った。完成した瞬間、越えてはならない一線を越えてしまった気がした。すまない。私のような楽器オンチに買われてしまったばかりに、美しいフォルムを台なしにされて。不憫なことよのう。しばし、しばしの辛抱だ。いまのうちに身体で覚えるから。

不格好はともかく、これで迷いは夏空の彼方へと消え去るであろう。あとは中心部に息を吹き込むのに全神経を集中させるだけだ。いざ、曇りなき心で存分に奏でようぞ、とブルースハープをくわえた。

め、目がかすんで、番号がよく見えない。距離にして、約5センチ。しまった。近すぎたんだ。極度の寄り目でブルースハープを吹く四十男。さぞかし気味の悪い顔をしていたに違いない。くそう、作り直しだ。

 
出た、ロングバージョン!
 

番号は見える。その点は問題ない。しかし、今度は遠すぎて、どの番号を吹いているのか結局わかりゃしない。それに、これでは楽譜が見られないではないか。もっと早く気づけよ。バカか。バカなのか。こんなことのために、真っ昼間から部屋で熱心に工作をしていたのか。

秘策、破れたり!

いったい、自分は何をやっているのだろう。これまで似たような失敗を何度も経験しながら、どうしてそれを回避できないのだ。

あきらめきれない私は、なおもアイデアのしっぽを探している。たとえば、真ん中の5番と6番の間に、ほんの少しでも突起があれば上唇で触って基準にできるのだけど……。うーむと腕組みし、そこから先を考えるのはやめた。これ以上、大事なブルースハープを傷つけるわけにはいかない。テープを貼るだけでも、だいぶ気が咎めたのだ。

今回は相棒に愛想を尽かされても仕方のないことをしでかした。許してほしい。深く反省している。

 
 
 
-ヒビレポ 2013年8月10日号-

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