どす黒い私  第6回


 
和田靜香
(第8号で「ハッケヨイ、和田翔龍!」を執筆)

 
 
 

 ニューヨークへ行ってきた。
 ……なんて書く私は確実にいけすかない野郎だな。
 以前、ほんの少しの期間だけFacebookをやっていたが、そこでFriendっていうんですか? その1人が「家族でハワイに行ってきました」と書き込んでいるのを読んで、ドッカ〜ンと怒り爆発してその瞬間に脱会してしまったのは他ならぬ私なのだから。そのとき、自分はコンビニで時給850円なりのバイトをしていて「何がハワイだっ! ふざけんなっ!」とあらぬ怒りを爆発させて脱会してしまったのだ。

 だから、こんな堂々と1行目から「ニューヨークへ行ってきた」と書くなんて、いけすかないにも程があると思う。この1行を読んでブチ切れて「一生レポなんて読まないっ!」と思われたらどうしよう? ご、ごめんなさい。
 でも、行ってしまったので、行ってきたと書くわけです。へへ。
 しかもこの旅、棚からぼた餅がボテッと落ちてきたもので、旅の1週間前にいきなり友人から「●●さんがニューヨークでミュージカルを見に行く予定だったんだけど、行けなくなったから代わりに行かない? 旅費は出るわよ」と電話がかかってきたのだ。もちろんライター仕事で、帰ってきたらどこか媒体を探して書いてくれ、というノルマがあるものだが。

 「今すぐ返事して!」と言われ、その場で「いぐ」と答えた。ギャラは出ないと言われたが、タダで旅行ができるなんて儲けモノだ! 行け行けGOGO! 翌日には打ち合わせに行き、ESTAなる面倒なビザ申請も済ませ、成田エクスプレスに乗って、成田で初めて会う同行のプロモーターさんやスポーツ新聞の記者さんらに対面し、ゴ〜ンとデルタ712便に乗り込んだ。
 

 

 飛行機は夏休みで超満員。12時間の旅は窓側になってしまい、人生常に「オシッコ行きたくなりがち」な私は一瞬凍りついたが、諸行無常の心で乗り越えた。これが昔の私なら、ブーブー文句垂れまくりで、卑屈の固まりとなって、旅の始まりを一気にどす黒くしてたであろう。間違いなくそうだ。

 かつて音楽業界がブイブイだった時代、へたれ音楽ライターのこの私でさえ、たくさんの海外取材をした。欧米に渡り、インタビューをし、コンサートを観るだけで帰ってくる。そんな贅沢な旅にレコード会社持ちでしょっちゅう行かせてもらっていた。
 しかしその度、私はどす黒さを爆発させ、せっかくの旅を自らつまらないものにしてきた。ナントカちゃんがこう言ったとか、同行の人の一挙一動に心で文句を垂れ。ちょっとしたトラブルにいちいち腹を立て。時差ぼけや、飛行機恐怖症ゆえの極度の緊張からの体調の悪さに異常に怯え。旅を楽しむことなんてゆめゆめ出来ない。思い出せば、そういう旅はいつも立派なホテルに泊めてもらい、豪華なお食事も付き、移動にリムジンカーが用意されていたことだってあった。私はVIPかっ!?と今なら震えて興奮するんだが、当時はそれが当たり前だと思いこんでいた20代のバカ女。むっつりした顔で豪奢なホテルの部屋でひとりお灸とかしてたんだから、あああああもうううう、今になると「クソ馬鹿女、お前はこうしてやるっ!」と平手打ちの刑に処したい。自分を。

 だから今回はそうならないようにしようと思った。行く前には「楽しんでおいで」と友達何人にも言われもした。その都度「うん」と素直に答えたら逆にダメになっちゃうような気がして(不安でいつもそう感じてしまう)、「楽しむのは下手な私です」と答えていたが、心の奥底では「なんとか楽しむようにしよう」と思っていた。

 ところがいざニューヨークに到着すると、同行の人たちが「今から(予定していたのとは別の)ミュージカルを見に行く」という。「すみません、和田さんのチケットはなくて」と笑った。えっ? そこまで私、オマケ野郎なの? 疲れていて早くホテルで寝たいくせに、ボワンと卑屈魂が沸くのを感じた。市中に行くタクシーの中ではワハワハ楽しそうな同行の方々を余所に窓の外ばかり見ちゃって。ホテルに着くと、そこは「大阪駅前ビジネスホテル素泊まり3500円ぽっきり!」みたいな異常な狭さとうるささで、バスタブも冷蔵庫もない。「なんだかな……」
 疲れも手伝い、フーーと深いため息をついた。
 こうなるとダメだ。同行の人たちとのちょっとした連絡の行き違いにもいちいち腹を立て、楽しげな彼らのおしゃべりに1人ムカムカしていた。すっかり昔と同じむっつり顔のクソ馬鹿女に成り下がり、旅を楽しむ気配さえなかった。

 でも、2日目の午後、1人てくてくとニューヨーク1騒がしいブロードウェイを歩いていたときに気づいた。
 そう、よくテレビでニューヨークというと映し出される、あの辺りだ。てくてく、てくてく歩いていた。
 周囲はすごい人。世界中からおのぼりさんが集い、ひたすら喧騒、喧騒、喧騒。よくインドでは人の多さに圧倒されるというが、ニューヨークの人出は単なる多さではなく、=欲望の大きさでもあって、みんなひたすら何かを消費しよう、骨の髄まで徹底的に楽しみつくしてやろうと、ギラギラした欲望で街自体がぐわんぐわんと大きく揺れ、唸りをあげてるよう。とんでもないっ! とんでもないっ! とんでもない所に来ちまった! 
 しかし、そのとんでもなさこそ、実は私の大好きなものだ。私はそういうギラギラとした欲望とか、とんでもない喧騒とか、大好きなんだ。日ごろがあまりにも貧乏臭い地味な生活だから、そういうギラギラした巨大なパワーが大好きともいう。また、だからこそ、自分はエンタメの世界に何十年も生きてきたんだとも思う。
 自分が一気に興奮して、アドレナリンがグングン高まっていくのが分かった。そして、思ったんだ。

 私、何をまたブーたれてんだろ? ちっぽけなあれこれに気をとられ、自分勝手な思いこみで腹を立て、もったいない。せっかくぼた餅が棚からボテッと落ちてきてくれたのに、何してんだ? ここで浮かれないでどうする? また前と同じ過ちを犯すのか? むっつり顔のクソ馬鹿女にまた沈んでどうする?

 そっからは浮かれきることにした。ミュージカルも心底エンジョイし、夜は見知らぬ人たちとの豪勢なお食事にうぎゃうぎゃ叫び、ニューヨーク在住の友達と大好きなイースト・ヴィレッジをキャピキャピしながら歩いた。あたし、今、in New York! あたし、今、Enjoy! 人生、ハレルヤ!

 正味たった2日の旅だったけど、浮かれきって終わった……と思ったが、そのまま終わったら、やはり私ではないだろう。
 帰りの飛行機があと5分で離陸……という段階になっていきなり「エンジン・トラブルで今から修理します」なる恐ろしいアナウンスが! いつ飛ぶのか? 果たして飛べるのか? まったく分からないまま、しかも冷房も切られて生暖かい送風だけが吹き付ける機内に閉じ込められ、延々3時間。状況が見えず、「日本語でも放送しろや〜」と怒りに行くと、日本人客室乗務員のオッちゃんに「修理できたと思って1度エンジンかけてみたんだけど、ダメだったんだよねぇ」などと言われ、エッ?と思った瞬間に機内放送で機長が「直ったから飛ぶ」という。おいおい。飛ぶんかい? ダメなんじゃないんかいっ? おいおい、おいおい〜っ! ゴオゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……離陸。
 後はもうやけっぱちで、まずい飯も何もかも食らい、ひたすら映画を見て、もう死ぬ、もう死ぬ、もう死ぬ、と、どす黒い想念だけで帰ってきた。着いたときには、いつものどす黒い私にすっかり戻っていた。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年8月9日号-

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