薔薇の木にどんな花咲く?  第7回


竜 超
(第12号で「『薔薇族』継いじゃいました。」執筆)
 
コミック◎猪口コルネ
 
 
 

同性愛者の世界の90年代のトレンドに〈ゲイ・リブ〉というのがありました。
リブとは「解放」を意味する英語「Liberation」の略で、つまりゲイ・リブとは「同性愛者の解放運動」のことなのです。
戦後の風俗史に詳しい方ならば、70年代前半に日本でも話題となった〈ウーマン・リブ〉を思い出すかもしれませんが、まァ、あれのゲイ版と考えてくださいませ。

ウーマン・リブほどメジャーにはなれなかったものの、ゲイ・リブもそれなりには健闘しました。
以前には為されなかった様々なチャレンジが行なわれるようになったのです。
94年には本邦初の〈ゲイ・パレード〉が東京で行なわれました。
男性同性愛者のサークルが、東京都を相手に裁判を起こしたのもこの時期でした。
都立の宿泊施設で合宿勉強会を行なった彼らが、他の利用者から様々なイヤガラセを受けたうえ、ゴタゴタの回避を理由に施設側から再利用を断られたことを不服とし、都を訴えたのです。
ちなみに結果は94年の1審、97年の2審ともにサークル側の勝訴となりました。
 

 

毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばするものの、90年代ゲイ・コミュニティのメインテーマであったことだけは間違いないゲイ・リブ。
けれどもそれは90年代になっていきなり現れたモノではないそうです。
以前に僕を訪ねてきてくれた50代の男性は、80年代にゲイ・リブをやっていたそうなのですが、「自分がやっていたゲイ・リブは、90年代にブームとなったそれとは根本から異なる」と語っていました。
「80年代のゲイ・リブには特に決まった方法論はなく、各人がイイと思ったやり方を好きに実践すればよかった。しかし90年代ゲイ・リブは、かなりの部分がマニュアル化されていて全体主義的だった」と、その人は云うのです。

90年代ゲイ・リブを象徴するようなアクションが「カミングアウト(Coming out)」というヤツで、世間にまで広まったせいでとうとう一般語になってしまいました。
いまでは単に「告白」といった軽いニュアンスで用いられているカミングアウトですが、本来の意味は「これまで公にしていなかった自らの出生や病状、性的指向などを表明すること」というような、かなり重たいコトバなのです。
それを90年代ゲイリブは推奨し……などと云うと「そんなことはしていない!」と関係者筋はいきり立つでしょうが、それを〈リッパで素晴らしいこと〉と感じさせる空気を醸成していたのですから、「勧めていた」と云っても過言ではないと僕は思います。
だからこそ、それを英雄的・美談的行為として無責任に煽るようなテレビ番組だって色々と作られたのです。

いえ、単に「カミングアウトを推奨する」だけならば、べつに僕だってウルサイことは云いますまい。
しかし、カミングアウトに否定的・懐疑的な意見の持ち主のことを白眼視するような傾向が生じてしまったことは看過できない問題だと思うのです。
カミングアウトをよしとしない意見を「臆病者の云いわけ」としか見ない風潮の中で、いつしか「カミングアウトするか否か」が、〈高い意識を持った先進的なゲイ〉と〈日陰者的気質から脱却できない旧態依然としたホモ〉とを区分する〈踏み絵〉となっていたのです。
ゲイ・リブがハッテンするのと同じくらいの勢いで〈反ゲイ・リブ〉の気運が高まっていったのは、踏み絵を作ってしまうような狭量さへの怒りであったのかもしれません。

80年代ゲイ・リブをやっていた男性に話を戻しますが、そちらではもちろん踏み絵的なものなどは存在せず、だから誰でも気軽に手を出せたといいます。
冒頭で解説したようにリブというのは「解放」の意味ですから、それで当然なわけですネ。
自己解放のやり方は人によって様々なのですから、全体主義的になるほうがどうかしています。
その人から「いまや〈ゲイ・リブ〉というと90年代のものだけを指し、自分たちが行なっていたものは無かったことにされているのはどうしてなんでしょう?」と訊かれたので、僕はこう答えました。
「それはたぶん団塊世代が、戦前の価値観を〈切り捨てるべき因習〉として扱い、黙殺してしまったのと同じ理屈じゃないですか」

黙殺すると云えば、90年代ゲイ・リブの推進者たちは『薔薇族』のこともかなりのシカト状態でした。
編集チーフであった藤田竜氏が、彼らのやり方にかなり批判的だったこともあってか、〈同性愛者の進化をさまたげる悪書〉というふうに見て敵視していたのです。
けれどもじつは『薔薇族』は、1971年発行の創刊2号にすでに「かくれていないで表に出よう!」というニューヨークのゲイ・パレードの紹介コラムを伊藤文学編集長が書いていたり、欧米の同性愛コミュニティのリポート記事を積極的に掲載したりしていました。
つまり、ゲイ・リブに関してはかなり先駆的なメディアであったのですが、90年代の活動家の中に、その事実を知っている者はほとんどいませんでした。
「単に無知なだけだった」のか、「意図的に隠ぺいしていた」のか、それは定かではありませんけれども……。

恥をしのんでカミングアウトしますが、90年代ゲイ・リブには、いっとき僕も若気のいたりで乗りかけたことがあったんです。
しかし、じきに違和感をおぼえて離脱しました。
どうして染まりきらずに済んだのか考えてみたら、70〜80年代に〈オタク・リブ〉に傾倒していたことで〈リブ抗体〉ができていたからではないかと思います。
今でこそ〈クール・ジャパン〉の筆頭としてもてはやされているアニメですが、当時はまだ「イイ歳をしてそんなモンを観るなんて!」とコバカにされていました。
だから僕は「子供ダマシとせせら笑う前に、まずは『ヤマト』を観よ! 『ガンダム』を観よ!」と、周囲へのロビイングに励んでいたんです(いま考えるとイタいなァ……)。

ちなみに僕が、それほど血道をあげていたオタク・リブから離脱したのは、某アニメ誌の読者ページに掲載された、とある『サイボーグ009』ファンからの投書がきっかけでした。
「先日わたしはオモチャ屋で、体内のメカ部分が露出したサイボーグ戦士の人形が売られているの観て泣きそうになりました。このオモチャを作った人は、悪の死式によって強制的に改造されてしまった人たちの悲しみが判らないのでしょうか!?」
この手紙を読んで「うわっ、キモチワル! こんなのと同類に見られたらかなわんワ」と感じた僕は、それまでの熱が一気に冷め、無事にカタギのオタク(?)に戻ったのでした。

オタク・リブであれゲイ・リブであれ、やっぱり狂信的になってしまうのは考えものですネ。
度が過ぎて〈信者〉になってしまうと世の中から浮いてしまい、そこに苛立った果てに被害妄想をこじらせた例を、僕はいくつも見てきました。
まァ、幸か不幸かゲイ界というのは僕の想像以上に移り気なようで、もはや若い世代にとってゲイ・リブというのは半ば〈死語〉となっているようです。
2、3年前に「当然、知っているもの」という前提で20代の子と話をしていたら「……ソレ、なんですか?」と怪訝な顔をされて唖然としたことがありました。
こうした状況を、いまなおゲイ・リブ熱を維持している人たちは「なげかわしい!」と感じるのかもしれませんが、僕から見れば「やっぱハードルの高すぎることは持続できるモンじゃないネ」というだけの話に過ぎません。

しつこいようですが、「異性愛社会の固定化した価値観に抑圧されている同性愛者が自己解放をはかる」行為が〈ゲイ・リブ〉であるはずなのです。
ゲイ・リブ運動に抑圧される同性愛者が急増し、「ゲイ・リブからの解放を!」なんてヤヤコシイ運動が起きてしまったらシャレにもなりません。
そんな悪いジョーダンみたいな状況にならないよう、僕および竜超版『薔薇族』では、90年代風から80年代風へのゲイ・リブの転身を推奨しているんですが……さて、どこまで受け入れられるものやら。

 
 

 
 
 
 
-ヒビレポ 2013年8月15日号-

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