どす黒い私  第7回


 
和田靜香
(第8号で「ハッケヨイ、和田翔龍!」を執筆)

 
 
 

 今年2月に引越しをした。
 それまで17年も住んだ中野のアパートから、自転車で20分ぐらいの場所へ引っ越したが、これが大失敗。新しい引越し先は不便を極め、昼間でもほとんど人のいない、ここは東京23区か?と驚くほど寂しい場所だった。たちまち孤独感と不安でいっぱになって、3月、4月、5月と、私は毎日、毎日、中野の元居た地域へ通い、住んでいた部屋を下から見上げて泣いたり、すぐ裏の公園で泣きながらお弁当を食べたりする日々。友達には「元カレを忘れられないストーカー女並のしつこさ」と言われ、「きっと彼(部屋)だってアタシのが良かったって今ごろ後悔してるわよっ!」などと答えて自転車を漕ぎまくっていた。

 最初に「カレと別れよう(注:とうぜん『引っ越そう』です)」と考えた理由は簡単。家賃を払うのが辛くなってきたから。大家さんに「家賃、下げてもらえないですか?」とお願いしたものの2千円しか下げてもらえず、「ちぇっ。引越してやる」と決めた。でもまだ契約更新まで1年以上もあって「ゆっくり探そう」、最初はそう思っていたはずだった。
 

 

 ところが。いざ探し始めたら「とにかく家を探さなきゃ! 引っ越さなきゃ! 早くしなきゃ!」と焦り、気がついたときには来る日も来る日も朝から晩まで不動産巡りをしていた。
 思い返せば、あの頃は仕事がまったくなくて(今も似たようなもんだが)、それならまずはバイトでも探してやればよかったのに、ひたすら「こんな家賃はもう払えない!」とだけ考えて、とんでもないパニックに陥っていた。渦中にいると自分が見えないし、しかもパニックしてる人間にまっとうな判断などできるはずもなく。私はただアワアワして、自転車をグルグル漕いで、寒風の中を走り回っているばかりだった。

 そのアワアワの火に油を思い切りドボドボ注いでくれたのは、他ならぬ10店舗以上も廻った、不動産屋の人たちだ。今、冷静な気持ちで思うことは、安い家賃の単身向け物件を求める私なんて「とっとと片付けたい案件」であり、私の「生活や人生」なんてまったくどうでもよく、適当にあしらい、「イヤならさっさとお帰りください」と思っていただろう。

 しかし私はそんな彼らの前で、あまりに素人であった。彼らは大方、見た目は若く、チャラチャラしてる。中にはオッさんやオバさんもいるが、そういう人も親しげで口がうまくて明るい。ああ。そうだ。そう。正に「詐欺師」のそれである。って、あっ、言っちゃった? あたし?

 私が最初に会って、最後まで騙された(?)不動産屋の人は、一見チャラい茶髪の30代そこそこの男だった。彼の手口(?)は「仲間に思わせる」だ。最初に会ったのは昨年11月暮れ。なんとなくネットをポチポチ探してて見た物件が、以前の家のすぐ側だったから「見てみたい」とメールをしたらすぐに連絡が来ていっしょに見に行った。行ってみたらありえない程オンボロだったから即答で断ったが「とりあえず希望だけ伺います」と言われてあれこれ名前やら住所やら仕事やらを書き込んでいたら、「お客さん、この自由業というのは?」「ライターです」「どんな?」「音楽ライターなんです」「えっ?僕、音楽が大好きで。どんな音楽ですか?」「洋楽ロックが多いです」「えっ?僕僕僕僕っ!」と、自分がどんだけ洋楽ロックが好きかの大熱弁が始まり、最後には「お客さんのために全力でがんばります!」と言って彼は帰って行った。そして私はそんな言葉を信じてしまうほど迂闊で、不動産屋をまったくわかっていなかったのだから恥ずかしい。そんなのは常套句に過ぎないのに。

 「物件探しておきますよ」という“奴”(←に格下げ)の言葉に騙され、私はいそいそと店に行った。中野の家から自転車で20分。そんな遠い店になど行かず、まずは手近な不動産屋に行けばよかったのに、それは思いが及ばず。
 しかも行ってみたら「探しておきますよ」の言葉とは裏腹、奴はドサッと物件情報が数百も挟まったファイルを出して「これを見て、いいと思ったのを折っておいて」などと言う。この時点で私はハハ〜ンと怪しむべきだったのに、17年も不動産屋に行ってなかった私は「はい」などと素直に返事し、あまつさえ不要になったCDを幾枚かプレゼントしたりまでした。気に入ってもらって、いい物件を教えてもらおう、なんて浅はかに思っていた私はなんて愚かなガキだったろう。あまつさえ、私が「これがいいかも」といった物件は結局すべてハジかれ、奴が「ここがオススメですよ」というのを見ることになってしまった。最初からそのブ厚いファイルの物件なんて過去のものか何かで、客を騙す見せ金みたいなものだったんだろう。

 そして奴の車に乗せられ、どこどこ巡った家はどれも、ドナドナ〜♪と歌いたくなるようなオンボロで、小汚く、やる気のない大家の扱う物件ばかり。「馬鹿にしてんのか?」 今ならそう思うが、そのときはパニックしていたし、何より仕事もなくて自信もすべて喪失して貧乏でダメな自分に落ちこみ切っていたから「私の現実はこれなんだ」と、とんでもなくまた落ち込んでしまった。それでもさすがに今にも崩れそうな階段を登るようなアパートに住む気にはなれず、「ここはダメ」「それもダメ」と次々断り、奴はウンザリした顔を隠そうともしなかった。それで、「私、ちょっと忙しくなってしまったので、また改めて行きます」と連絡して、奴とは一旦手を切ったのだ。それでも2日に渡り、7〜8件のおんぼろ物件は見たはずだ。陽も当らない、床がボコボコするような部屋ばかりだった。

 それからは不動産屋ジプシーとなって次々廻った。おんぼろ物件に疲れ果ててぶらり寄ってみた近所の不動産屋は「焦らずにゆっくり時間をかけて決めればいいんですよ」と言ってくれ、「そうだ、そうだった!」と感激したが、結局そいつも(←そいつ、呼ばわり)物件に到着すれば「これだけの部屋は中々ない。これ以上のものを紹介できる保証はないですね」などと即契約を促す。目の前をバスがブンブン通る排気ガス臭い部屋で、あんた、ゆっくり選べって言ったじゃん?と思ったけど、私は黙っていた。言えばよかった! いや、言うべきだった!

 友達といっしょに行った大手不動産屋のオバちゃんはまぁまぁいい人ではあったが、いざ物件問い合わせとなると、その段階で保証人の住所氏名年齢職業部署名年収すべて出せと強行に迫ってきて、いや、だって、ただ問い合わせるだけでどうして? とケンカになったりもした。そしてそれはテキトーなことを答えて出したが、どうしてそんなの出さなきゃいけないのか今だに理由が分からない。問い合わせだけだったあの個人情報はその後どうしたんだろう? 不動産屋は個人情報保護法丸無視なのだろうか?

 それから何が困るって不動産屋との会話だ。今どきはたいてい車で現地まで担当者と私の2人だけで行く。物件の話をすればいいんだろうが、意外と奴らは(←もう十把一からげ呼ばわり)どうでもいい話をしたがる。やれ「オニギリの具は何が好きですか?」とか。「水泳は身体にいいですよ」とか。「今は野菜が高い」とか。すべて実話です。ああ、あと、自分がどうして不動産屋になったかを話す人も多かった。己の人生物語。そんなこと、どうでもいいです。それよりこっちの人生をマジに考えてくださいよ。

 そんなこんなで2ヶ月。もう無理かも。疲れ果てたかも。と思った瞬間にネットで小奇麗な安い部屋を見つけた。こ、こ、これは? 大慌てで不動産屋に問い合わせようとすると、なんと、最初の茶髪のチャラい奴の会社の物件だった。チャラ男に連絡すると「すぐに押さえますよ。ここは今、問い合わせ殺到してますけど、和田さんのために止めておきますからね」とか言った。そして翌日現場へ。

 私はこれまで、どれも最初に見た瞬間にピンと来た部屋に住んできた。間取りがどうのこうのもあるが、何よりピン!が大切だった。きっと誰もが同じようなものだろう。なのに訪れた部屋は一切ピン!がなかった。ところがチャラ男が「もう、ここで決まりでしょう!」と力強く言うのを聞いて、(この人にはたくさんの物件を見せてもらってきたし、今回は止めてくれてまでいて、申し訳ない)などと思い込んでしまい、私はピン!もないまま。てか、部屋見ただけで、その周囲も、駅までの距離も、何も一切確かめることなく、「ここにします!」などと言ってしまい、追い立てられるようにして手付金を払わされ、引っ越すことにしてしまったのだ。後になれば隣は廃墟。周囲は廃墟だらけのこの物件。人気どころか、隣の部屋もすぐに空いて、私は格好のカモだった。最後まで騙されてしまった。

 最近、不動産屋は異常に増えている。昔と違って直接管理する物件を持たずとも、ネットで情報を拾うだけで不動産屋が出来てしまうから、資格さえあれば店が開けるらしい。チャラ男の店もそういう新興の店だった。そして新興の店であればあるほど、そこに誠意などは微塵もないということが今回肝に銘じて分かった。分かったが、結局探すのは「安い単身向け物件」であり、その後も実はまた物件探しを再開したが、まぁ、相変わらず、テキトーに扱われ、てんで理想の物件には巡り会うことはできないでいる。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年8月16日号-

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