四十の手習い 第9回


一体感を高める

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 

そこにブルースハープがあるのに、手が伸びない。吹く気がまったく起きない。そんな日がしばらく続いた。

私はブルースハープに親しみ、そこから広がる世界を体験したかった。新しく見える景色を書きたかった。ただ、それだけなのである。誰にも迷惑をかけるつもりはなく、あくまで個人的な楽しみとして始めた。だが、現状はどうだ。一向に上達しないばかりか、犠牲者(文鳥と甥っ子)を出しただけだ。この事実が、私をブルースハープから遠ざけた。

何かが足りない。決定的な何かが。ブルースハープと私の間には、まだよそよそしさがある。それに初心を失いかけているのも気がかりだった。最初にケースから出し、息を吹き入れ、プワーンと鳴ったときの胸のトキメキはどこへ行ったのか。このままではダメだ。荒療治が必要に思えた。

かくなるうえは、アレを試してみようか。いや、いくらなんでもやりすぎではないのか。こんな私にも、みっともないことは避けたい気持ちはある。しかし、誘惑の度合いはそれ以上に強かった。やるだけやってみようと意を決し、「山野楽器 サウンドクルー立川」へ足を向けた。

 

 
 
じゃじゃーん。ハーモニカホルダー(2100円)。
 

ボブ・ディラン、泉谷しげる、長渕剛、ゆず、など、これを使いこなしているミュージシャンのカッコよさったらない。ギターをかき鳴らし、歌い、ブルースハープを吹く。ええ、わかってますよ。ギターとの同時演奏を実現するアイテムであり、ブルースハープだけの人間には無用の長物。それは百も承知だ。でもさ、それって法律で決まってんの? 使い方は自由だよね。

ハーモニカホルダーを首から下げ、角度を調整し、手放しで吹いたとき、言い知れぬ快感が背筋を突き抜けた。気持ちいいー。手ぶらで、すっげえダサいけど、ブルースハープと同化している感じがハンパない。一度、やってみたかったんだ。

お店で買うときは恥ずかしかった。モニカさんだけにはこんな自分を見せたくなかった。いっそ、私のことなんか忘れていてくれればいいと思ったが、そこはさすが接客の達人である。レジに商品を持っていったら、「調子はどうですか?」と話しかけてくれた。

「いや、なかなかむつかしくて」と口をゴニョゴニョさせる私。「そう、案外むつかしいんですよね。息を吹き込むのにコツが要るんです」。モニカさんは明るく話していたけれど、内心は疑わしさでいっぱいだったはずだ。「なんにも楽器ができないと話していたこの男が、なぜコレを!?」と、訝しく思っていたに違いない。羞恥心をぬぐい切れない私のせいで、若干ぎくしゃくした空気が流れた。

それでもモニカさんは相変わらず親切だった。いくつかアドバイスを授けてくれ、ハーモニカホルダーの購入理由に触れることはなかった。単に触れるのがめんどくさかっただけと思われるが、私は彼女のやさしさと受け取り感謝した。

強力な新アイテムのおかげで、テンションは飛躍的に上昇した。家のなかで、プープー吹きながら立ったり座ったり。トイレにもこれで行っちゃう。おっと、これなら楽譜を両手で持ち、歩きながら練習できるではないか。ぬははっ、これは便利だ。必要性はゼロ! でも、気分はいいぞ。楽しいぞ。

鏡に映る自分の姿を見た。見てくれは、ハーモニカ強制ギブス。バカ丸出しである。なぁに、構うことあるもんか。誰も見ちゃいない。それより何より、どうだいこの一体感は。ブルースハープとともに生きる、愚直な男って感じがするねえ。怖いくらいにキマってる。

よし、こうやってブルースハープに触れる時間を長くすることから、もう一度始めよう。ウキウキしっぱなしで、じっとしていられない。そうだ、今日は部屋の掃除をしようと思っていたんだ。私はクローゼットからクイックルワイパーを取り出した。

クイックルワイパーで床のゴミをせっせと集めながら、ブルースハープを吹く。直線は勢いよく、カーブするときは穏やかな音色で変化をつけた。こいつは掃除がはかどるね。新感覚だよ!
 
 
 
-ヒビレポ 2013年8月31日号-

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