スペインは情熱の国だと、誰かが言った。 第6回


悲しい出来事と、巡礼の道 編

 
島袋寛之(第8号で「図書館で探りを入れる」執筆)
 
 
 

 少し前に、スペインでの列車事故が話題になりました。日本では報道される事も見かけなくなりましたが、近年では最悪の死者79人を出した事故は、世界的にも類を見ない規模での鉄道網整備を急いでいるスペイン政府、国民に大きな衝撃を与え続けています。

 あまり知られていないように思いますが、スペインの高速鉄道路線距離は中国に次いで世界2位の長さを誇っています(3位がたしか日本)。1992年にセビージャで開催された万国博覧会に合わせてスペイン国内ではインフラ整備が進められ、その目玉として日本における新幹線に相当する高速鉄道、AVE(アヴェ)が建設されました。航空路をのぞけばそれまで決してアクセスの良い場所では無かったセビージャへ、マドリッドからの移動時間が2時間半になることで南部地域の活性化をうながす事が期待され、実際に、フランスに続き世界2位とも言われる外国人観光客数の流動化に役立っているようです。
 

 

 発展の背景として、EUがその圏内の相互乗り入れの鉄道網整備を進めていて、巨額の資金を投じて各国を財政支援しているということも挙げられます。EU圏の南端に位置するスペインは単独の旅行先としてのソフトの強さはあるにしても、ヨーロッパ周遊観光の中心にはなりにくく、それ以外の欧州各国からフラッと気軽に足を伸ばすには少々不利な場所でもあります。そのため南北に貫く高速鉄道の建設は、特にセビージャを含めた南部のアンダルシア州では、他地域からの観光客を取り込むために待望の事業でした。その甲斐もあってか、元々ヨーロッパ有数の高級リゾート地であったアンダルシアの沿岸部「コスタ・デル・ソル」を始めとした観光地へは、今では富裕層以外にも多くの人々が訪れます。

 EUの支援を渡りに船と、マドリッド–セビージャ間のAVE開通を皮切りに政府や州が拙速とも言えるスピードで拡張を急いでいるのは、その辺りに理由がありそうです。ただ、そういった状況は決してスペイン国内に限られたものではなく、同じ7月の前半に起きたフランスでの特急列車事故、そして後半のスイスでの普通列車の事故と併せて、急速に拡大している交通網の危うさは、その背景まで含めてヨーロッパ全体での検証が続けられています。

 ところで、今回の事故が起きた「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」はローマ、エルサレムに並ぶカトリックの3大巡礼地のひとつとして国内外で知られ、街の旧市街と巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」は世界遺産にも登録されています(Wikipediaによると、紀伊山地の参詣道とともに、道の世界遺産は珍しいようです)。聖ヤコブがまつられているこの地には、毎年10万人近くの巡礼者や観光客が訪れ、街をにぎわせています。ぼくも、残念ながら巡礼ではなく観光で行った事がありますが、スペイン国内でも屈指の歴史を誇る大学を中心に、中世を思わせる街並がとても美しい場所です。
 
 大規模の大学を抱える地方の学園都市でよく感じる特徴のひとつですが、街の人口9万人に対して学生が3万人程もいるので、落ち着いた雰囲気でありながら、そこかしこに新しい空気、エネルギーを垣間見ます。毎年7月25日は、「聖ヤコブの日」、「ガリシア民族の日」であり、巡礼の終着地であるこの聖地を挙げて、盛大に祝います。日本でも最近よく目にするようになった、大規模の建物などに映像を投影するプロジェクションマッピング(東京駅復元工事の完成記念として行われたイベントが話題になりました。
 
 

 
 
 日本に先行して、ヨーロッパでは盛んに行われている手法ですが、サンティアゴでもこれをいち早く取り入れ、聖ヤコブの日にはカテドラル(教会)に映像を投影し、歴史的建造物と最新の技術との融合をはかっています。特に2011年、大聖堂の800周年を記念した式典でのそれは、スケール、クオリティ共に荘厳で壮大な、特筆すべきものでした。こういう完成度の高い「大きな作品」には本当に心躍らされます。
 
 

 
 
 そして、今年もこの祭りは例年通り盛大に行われ、歴史を受け継ぎながらも新しい文化を生み出していく、土地の人々とって1年のクライマックスである素晴らしい日になる「はず」でした。悪いことに列車事故が起きたのは聖ヤコブの日の直前、24日でした。事故車両にはそれに合わせて帰省する人々や、観光客も大勢乗車していたそうです。これからは、聖ヤコブ、民族の誇りを祝うとともに、亡くなった人々に祈りを捧げる慰霊の日として、後世に紡がれていくのかもしれません。
 
 
 サンティアゴの巡礼は街そのものの観光地としての魅力と、カトリック世界に対する宗教的な影響力からか日本でも耳にする事が多くなり、ガイドブックでも頻繁に取り上げられるようになりました。その一方で、観光地ではないためあまり注目されることはありませんが、数十万とも100万人とも目される参加者が集い、熱狂する巡礼の地、道が、実はアンダルシアにあります。

 ペンテコステ(聖霊降臨祭)と呼ばれる、イエスの復活祭から数えて50日目の日曜日。全国各地、遠くはフランスから教会ごとに巡礼団を組み、セビージャから西南に60㎞ほど、ウエルバ県にある人口約1500人という小さな「エル・ロシオ村」を目指します。 それぞれの教会にまつられているマリア像を神輿で担ぎ、ロシオ村の礼拝堂にまつられている、「本体」としての存在、聖母マリア像「ヴィルヘン・デル・ロシオ」に対面するのがその目的です。

 日本国内、海外問わず、折につけでの宗教行事や祭りに接するときぼくは、これまで経験してきた理解では処理する事の出来ない「狂気」を感じ、恐怖します。それは無限とも思える宇宙の広がりや、身近でありながらその一部さえも理解出来ているのか未知数な、海の底の見えなさに対する根源的な畏れに近いかもしれません。

 祭りとしての要素も強いロシオへの巡礼の道を歩いているときも、気持ち高ぶり楽しいはずのその道中、恐らく彼等自身では気付くことのできない、人々の狂気が、ふとした瞬間にどうしてもはがす事の出来ない不安となってぼくの体にまとわりついてきました。楽しいはずなのに。

 100万人の信仰心が同時にひとつの場所へと向かうときに生まれるなにか。そのとき感じた宗教的体験については、次回触れたいと思います。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年9月4日号-

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