薔薇の木にどんな花咲く?  第11回


竜 超
(第12号で「『薔薇族』継いじゃいました。」執筆)
 
コミック◎猪口コルネ
 
 
 

今世紀の初頭あたりから〈山川純一〉という昭和期の漫画家が、ネット経由で人気を高めはじめました。
山川純一、と聞いてピンとこない方でも、あるいは〈ヤマジュン〉という愛称ならばご存知かもしれません。
ヤマジュンは、1982年から88年にかけて『薔薇族』誌上で作品を発表しつづけた〈幻の作家〉でした。
なぜ〈幻〉なのかといえば、作品を掲載したのが『薔薇族』一誌で、しかも編集部内でも編集長だった伊藤文学氏しか顔を合わせたことがなかったからであります。
 

 

ある日、『薔薇族』の発行元である〈第二書房〉の社屋を兼ねた文学氏の自宅を、風采のあがらない青年が訪ねてきた。
青年は持参した漫画原稿を文学氏に見せて、これを掲載してくれませんか、と懇願した。
文学氏は〈独り出版社の社長〉の権限を活かし、独断で採用を決定したその原稿を、ページ1万円で買い取った。
文学氏は、その青年に〈山川純一〉というペンネームをつけ、作品は『薔薇族』に掲載されるようになった。
それ以来、青年は毎月、新作を携えて伊藤家を訪ねるようになり、文学氏は持ち込まれた原稿をおなじ値段で買い上げていった。
そうしたやりとりが数年間続いたが、文学氏以外のスタッフは青年の作風に否定的だった。
周囲からの逆風を受けながらも文学氏はヤマジュン漫画を載せ続けていたが、ある時ついにスタッフたちから「もうこれ以上は掲載させない!」と引導を渡されてしまった。
打切りが決まったヤマジュン漫画だったが、『薔薇族』の稿料だけで暮らしているという青年に同情的だった文学氏は、掲載されるアテのない原稿を、その後も買い取り続けた。
買い上げられるのに掲載される様子がない状況がしばらく続いた頃、さすがに青年も異変を察知したのか、文学氏に4作目を渡したのを最後に、ぱったりと姿を見せなくなってしまった……。

僕が文学氏から聞いた〈ヤマジュン伝説〉というのは、以上のようなものでした。
ヤマジュンが姿を消してからおよそ15年後に、第一期『薔薇族』は売上低迷によって休刊を余儀なくされました。
雑誌が潰れたうえに、家屋敷も借金のカタとして信用金庫に持っていかれ、経済的ピンチにおちいった文学氏。
そのときに強い味方となってくれたのが、なんとヤマジュンだったといいます。
休刊直前、インターネット上での〈ヤマジュンブーム〉を受けて発売された単行本『ヤマジュンパーフェクト』(過去の掲載分を網羅した5000円もする豪華本!)が増刷に増刷を重ね、その印税が伊藤家の財政の一助となってくれたというのです。
「冷たく接する人たちの中で唯一、親切にしてあげたおじいさんのもとへ、後に良い報いが訪れる」というこのエピソードを、僕は〈ヤマジュンの恩返し〉と呼んでおり、現代の寓話として後世に伝えていこうと思っています。

それはさておき、ヤマジュンばかりが『薔薇族』の漫画作家ではありませんでした。
レヴェル的には玉石混交ながら、たくさんの描き手が『薔薇族』から生まれ、あるいは『薔薇族』を修行の場として腕を磨いていきました。
個人的に印象深いのは、70年代から90年代にかけての10年間に『ときめき健太』『ふたりの童話』『ごきげん曜』と、3本の作品を連載した〈Y・M〉という作家サンです。
名前がイニシャルなのは、その人が現在、当時とおなじ名前でメジャーどころの仕事をしているからです。
日本の「オッシャレ〜」の総本山みたいな出版社の超有名誌で、ファッション系のイラストを発表したり、特集記事内でコメンテーターをしたりしています。
Y・M氏は、『薔薇族』での連載初期には荒かった線が徐々に洗練されていき、「マンガ」というより「イラスト」と呼ぶほうがシックリくる作風へと移行していきました。
10年の登場期間のアタマとオシリを比べると、まるで別人のような感じです。
Y・M氏は『薔薇族』で漫画やカットを担当しながら技術を高めることで、次のステージへのチケットを手にしたわけですネ。

印象的な作家サンといえば、あと1人、〈竹本小太郎〉という人がいます。
この方はもともと、大手出版社の有名少女漫画誌で活躍していた人気の作家サンでした。
じつは僕は高校時代、そこで連載されていた作品の大ファンだったんです。
主要メンバーの1人が同性愛者だったり、ゲイがらみのエピソードなんかもあったりした漫画なんですが、まさかご当人も当事者だったなんて、読んでいる時には思ってもみませんでした。
だから、そちらの連載が終了した直後に『薔薇族』にトートツに登場してきたときは、ホントにビックリしましたネ。
登場当初はまだ少女漫画誌と同じタッチだったんですが、『薔薇族』のレギュラー作家として作品数を重ねていくうちに画風がどんどん変わっていきました。
それは「読者の好みが反映された結果」なのか、はたまた「自由に描ける場を与えられたことで作者の個人的シュミが解放された結果」なのか……。
まァ、いずれにしても力のある作家サンなので、たぶん歳月を経るなかで〈進化〉を遂げたということなんでしょう。

今回とりあげた〈三強〉が揃って健筆をふるっていた1980年代は、いま思えば『薔薇族』の漫画コンテンツが最も充実していた時期でした。
破天荒なヤマジュン、エロティックなY・M、リリカルな竹本小太郎と、持ち味はそれぞれ違いますが、どれも充実度はなかなかのものだったのです。
でも……悲しいかな、読んでいる最中にはその価値というかアリガタミがちゃんと判らず、「へェ、面白ェなァ」程度の感覚しか持っていませんでした。
あの頃の僕に、いまの半分くらいでいいのでモノを見る目が備わっていれば、きっと何かできたかとは思うんですが、しかし悔やんでももう後の祭りですネ。

話はちょっと矛盾しますが、ただ〈達者〉であることだけがゲイ漫画の魅力なのかといえば、そういうわけでもありません。
『薔薇族』にはときおり、技術的には〈便所の落書き〉に毛が生えたようなレベルの投稿作が載ったりしていたんですが、こと「ソソられる」という点だけに限ってみれば、名人上手の力作よりも高ポイントだったりする。
それはたぶん作者が計算とかは一切抜きで、ほとばしるリビドーをひたすら叩き込みながら描き上げたからでしょう。
そこから発せられる生臭さは、「小学生の頃に悪友連中と一緒に読んだ、河原に捨てられている湿ったエロ本」に匹敵するものでした。
それが喚起する奇妙な背徳感は、僕に不思議なコーフンをもたらしてくれました。
最近は、技術的に高い作品が増えてきた分、野卑な欲情で突っ走るような怪作が載る機会は減りつつあります。
ハイクオリティなプロ作品も読みたいんだけど、それと併せて、クオリティを情念が凌駕するアマチュア物も楽しみたい……って、嗚呼、我ながらホントに業が深いなァ〜。
 
 

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年9月12日号-

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