四十の手習い 第11回


スタジオにこもる

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 

ヘタなんだから、人の何倍も練習しなければいけない。その密度もまた、濃いものでなければならない。バシッと始め、時間を忘れて没頭し、ビシッと終わる。それが理想だ。

しかし、現実はまったくそうならない。ブルースハープをちょっと吹いては置き、スマホをいじくり、あっ仕事先にメールするのを忘れてたとパソコンを起動させ、ニュースサイトで福島原発の汚染水がややこしいことになっていると知り、心配し、かといって何もできず、さあ練習再開だとソファーに戻ったはいいけれど、手近な本に手を伸ばし、そのうち寝転がってガーガーいびきをかいている。

このように集中が10分ともたない。家にいると、仕方のない面もあるのだ。文鳥は相変わらずピーピーやかましく、宅急便が届いたり、宗教の勧誘が来たり、ケータイが着信を知らせる。そのたびに集中がぷつっと途切れる。環境のせいにしてはいけないとわかっている。やる奴は、どんな状況だろうとやるのだ。だが、もともと時間の使い方に問題があり、能率がさっぱり上がらない私。自分を厳しく律することができれば、もっとスマートな暮らしをしている。

無理やりにでも練習に集中せざるをえない場所に自分を押し込めよう。ヒビレポの連載は今回を含めてあと3回しかない。成果を挙げるには、生ぬるい方法ではダメだ。おれの甘さを見くびるなよ、と自分に言い聞かせる。
 

 

スタジオだ。スタジオにこもるのだ。こもるって言葉の響きがいいなぁ。誰に指示されたわけでもなく、自発的にそうするのである。

 
「歌うんだ村 立川南駅前店」。お昼の時間は30分50円と格安だ。
 

世には、ひとりカラオケという遊びがあるらしい。カラオケはみんなで楽しむものであり、そんな人間の気が知れないと思っていたけれど、自分もその仲間入りである。店は平日の午後2時だというのに若者で賑わい、満室だった。中高生はすでに始業しているが、大学生はまだ夏休みの期間か。20分ほど待ち、部屋に通された。

 
セッティング完了。さあ、やるぞ。
 

紙ナプキン用の容器が簡易マイクスタンドになった。こりゃ、ちょうどいい。なんでもっと早くここに来なかったのだろう。最高の練習環境だよ。マイクを通して、ブルースハープを吹いてみた。エコーがかかって、音の震えが切なく響く。いいねえ、ぞくぞくする。調子にのって言っちゃった。「サンキュー!」って。

小腹がすいたため、ポテトフライ(480円)を注文した。油まみれの口でブルースハープを吹くわけにはいかない。とりあえず、一曲いってみようか。河島英五の『時代おくれ』をピピッと入力。いい気になって、のびのび歌った。

時計を見る。まだ15分しかたっていない。2時間もあるんだ。焦るこたぁない。ポテトも食べ終わってないから、もう一曲。では、いかせていただきます。沢田研二の『時の過ぎゆくままに』。つくづく、いい歌だ。うちの母親、ジュリー好きだったなぁ。

そうだ、せっかくだからあれも歌っておきたいと、堺正章の『さらば恋人』を熱唱。こうなるともう止まらない。風の『22才の別れ』、真心ブラザーズの『ENDLESS SUMMER NUDE』、加藤和彦と北山修の『あの素晴しい愛をもう一度』、THE BLUE HEARTSの『僕の右手』、THE BOOMの『星のラブレター』、荒井(松任谷)由実の『卒業写真』、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『エントランス』、くるりの『ハイウェイ』、安西マリアの『涙の太陽』と、立て続けに歌いまくった。とどめに中島みゆきの『宙船』を絶叫である。

ひとしきり、ひとりカラオケを楽しみ、ふとわれに還った。いったい、私は何をしにここへ来たのか。練習だよ、練習。こうしちゃおれんとミネラルウォーターで口をゆすぎ、テーブルの上をきれいに片付けた。

「最後の曲になりました。聴いてください。泉谷しげるで『春夏秋冬』」

間奏のとき、ブルースハープを思いのままに吹く。でたらめに吹いてるだけなのに、これは雰囲気が出るわぁ。今度、友だちとカラオケに行くときは、絶対に持っていこう。いやー、歌った歌った。ずっと歌い通しだったから、疲れたよ。

さてと、ブルースハープの練習を始めますか。15分ほど真面目にやったところで、インターフォンがプルルーッ。

「お客さま、残り10分となりましたぁ」

「わかりました。もう出ます」と告げ、私はいそいそと帰り支度を始める。最後の追い込みは、ここでやるぞ。次は3時間コースだ。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年9月14日号-

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