どす黒い私  第11回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 

 アパートの1階にあるポストを開けたら「朝日新聞ニュース週刊誌AERA」と書いた封筒が入ってて、下の方に「ありがとうございました 山下」という書き込みがある。開けると当然、AERAが入ってた。

 はてな? 私、AERAさんとお仕事したことないし。お礼言われることも一切してない。何なんだろう? パラパラッと中を見ていくと、山下という名前の男性記者さんが書いた記事に行き当たった。それは「怒らないダイエット」なるもの。「筆者が実践した2ヶ月で7キロ減 怒らず焦らず それで痩せる」なるダイエット実践記だ。

 どうやら中年期にあるらしい記者さんは身長171,5センチで体重75キロ。大して太ってるとも思えないのだが、ご当人は太ってると思っているらしい。「いつまでもデブと思うなよ」(岡田斗司夫・新潮新書)を3回読み直し、レコーディング・ダイエットは無理だと悟り、プール散歩だの腹筋を鍛えるドローイング法なども試したがダメ。あれこれ試す中で行き会ったのが、ダイエット中のメンタル管理で、「仕事にしても体型にしても、あるべき姿を求めるのはかなりの部分、他人との比較や嫉妬がなせる業で、精神的によくない。それがストレスにつながり、バカ食いにつながることこそ、当たり前になるのだ」と思い、怒りやストレスを制御することでバカ食いを防ぎ、太らなくなると解く。

 へ〜、などと読んでいくと、さすが朝日に入社されたエリート記者さんだけあり、彼は頑張り屋さん。真面目でしっかりした方だ。自転車にハマり、週に最低200キロも走ってるし、それなのに夜7時以降はモノを食べない、と実践されたらしい。そ、そ、それは怒らないダイエットじゃなくて、えっと、激しい運動と節食のダイエットなんじゃ? という突っ込みを入れたくなったが、ま、いいや。そういうダイエットの記事が突然、私に送られ来たということが今回の本題なのだ。
 

 

 とにかく不思議。まったくAERAさんとはお仕事したこともないし。そりゃ同じフロアの隣の部署である週刊朝日さんにはお世話になってるが、なぜ?山下さんて、誰? そしてまさに「怒るデブ」である私になぜこの記事が? 

 ハッ!
 か、神か? 神なのか?
 神が私に「汝、痩せよ」とこれを送られたのか? 山下さんという人を操り、私にこれを送られたのか? 神よ、私は今すぐに痩せなくてはならないのでせうか? 神よ!

 などとまた、いつものように神と語り合っていたが、ふと見ると、「和田清香さん ダイエットエキスパート」なる、私とたった1文字違いでダイエットを仕事にする方がおられるらしく、その人がオススメダイエット法の伝授を表にして書いているではないか。な〜んだ。そういうことだったのか。ふ〜。神じゃなかったわ。
 すぐに朝日新聞出版の人に「AERAの人に間違ってるとお伝えください」とメールすると返事が。「送本、振込みリストがあって、それで見間違えたようです」とのこと。そしてさらに「和田さん、黙ってればギャランティーもそのまま振り込まれたのにぃ」って。ええっ? マジですか? そっちの方がもしや神からのプレゼントだったのでは? 私、せっかくのプレゼントをむげにした? ガ〜〜〜ンッ。という顛末があったのだった。

 それからしばし考えた。果たして私は痩せたいと思っているのか? ということについて。答えはすぐに出た。

 私は物心ついたときからデブだった。2歳か3歳。「私は和田靜香という生き物」らしいと分かったときにはすでにデブだった。さらに遡って赤ん坊のときの写真を見てもデブだ。どうやら私は生来のデブ。根っからのデブなのだ。だから痩せた自分というのを知らず、「痩せて昔の自分に戻る」ということはありえない。昔の自分もデブ。ずっとデブ。
 でも最近、電車の窓やら、髪の毛を切りに行った千円カットのお店の愛想のない鏡に映る、むっくりした小山、もしくはゾウアザラシみたいな己が姿を見ると、ううむ、少しは痩せなきゃと思う。ずっとデブできた自分だが、ある一定のデブ体重を保っていた。それがここ3〜4年で急速に増えてしまったので、その増えた分を戻し、以前くらいのデブに戻りたいとは思っている。それは痩せたい!というのではなく、なじみの自分に戻りたい、という思いだ。タンスにある服を活用するためにも、そうしたい。ああ、それから、いつも行く古着屋さんに私と同程度のデブのお金持ちの女性がいつも服を売りに来るらしく、私は喜んで彼女の売ったブランドスカートなどを購入してきたのだが、最近それがキツい。それがまた買えるように戻りたい、と思う。

 この間、とても面白いコラムを見つけた。平凡ウエブにあった作家の中村和恵さんという方が書いたもので、まさにデブについての話。そこにこんなことが書いてあった。
「ご本人は意識しておられるのかどうかわからないが、まさに顔に描いてあるというべきお顔で、太っている女に対する苛立ちや嘲笑や侮蔑、あるいは優越感や指導者意識や安堵感を、露わにされる方々がいる。太っているから気が弱くセックスレスで劣等感の塊だろうと信じていたり、太っているから保守的で母性愛に満ちていてなんでもいうことを聞いてくれるに違いないと信じていたりする人もいる。列記した性格的特徴はなにひとつわたしにはあてはまらない。太っていることと性格上の特性に関する関数や公式はありません」
「以前、ある人にこういわれたことがある。
 ナカムラさんがそうやって太っていられるのは、傲慢ですよ。自分に自信がなければ、そんなふうにしてはいられないはずです。痩せなきゃっていうプレッシャーで押しつぶされそうになって、みんな痩せてるんです。
 はあ。にわかには反応できなかった。いったいなにをいわれたのか、よくわからなかったのだ。そして後になってだんだん、腹が立ってきた(中略)格別存在するに足るものと立証できるような自信はほとんどないが、それは太っているいないとは、関係ない。自分のだめっぷりにすっかり意気消沈しながら大きくなり、一〇代半ばで開き直って、どうせだめならだめなりに、死ぬまでの数十年、やれそうなことをやってみようか、とマイナス地点から外洋に漕ぎ出したので、自信がないのは常態、なにもいまに始まったことではない。痩せなきゃというプレッシャーで押しつぶされそうな人が、太っている人をみて気楽そうでうらやましいというのなら、太ればいいのだ」

 これを読んで、ワハハハ、そうだそうだと笑った。恐らく日本中のデブは同意するだろう。一体私はこういうことを何回言われ、そういう目で見られてきただろうか。特に私は精神的に不安定だから、そのことと太っていることをつなげて言われたことは数限りない。しかし、もう一度言うが、私は物心ついたとき、すでにデブだった。不安定も何もない。赤ん坊のときからデブ。自信があるなしも関係なくデブ。なのに、ご丁寧にみなさん、精神分析をしてくださり、もっとこうしたら、ああしたらと色々心配し、痩せなさい、痩せなさいとおっしゃる。ありがたい。そう、ありがたいと思う。心配してくださるのだから。でも、それ、激ヤセしてる人に言う? とも思う。激ヤセして骨と皮になった人に「あなたは精神的に不安定だから痩せてるのね。もっと太ったほうがいいわよ」とか、よほど物をはっきり言う人以外、言わないであろう。言う方が狂ってる、と思われるかもしれない。

 でも、デブには言ってもいい。デブに「痩せなさい」というとき、人はある種の優越感を味わっている。中村さんが書かれているように、そうなんだと私も思う。デブは非常に分かりやすい、見下していい存在だと日本社会では思われている。それに対して、デブはみんな石ちゃん(お笑いの石塚さん)みたいに、「デブで〜す♪」と明るく笑って答えなくてはいけないらしい。

 これをデブハラ(デブ・ハラスメント)といわずして、なんと言えばいいのだろう? デブハラの横行がやがて日本の女も男をも、このAERAの記者さんのように「痩せなきゃ」の強迫観念に追い込む。1週間に自転車200キロなんて、逆に身体に悪くない?と心配になる。疲労は知らず知らず蓄積されて病を呼ぶ。そうそう、デブは身体に悪い、不健康だというのもあるが、痩せていても癌にも心筋梗塞にも脳梗塞にもなる。しかも今や放射性物質が毎日撒き散らされている。何が健康で健康じゃないかなんて、もう分からない。

 大人のデブは自分が太っていること、痩せるべきか否か、また何キロ痩せるべきかなど、自ら把握しているはずだ。それは今、自分の人生をどうしたらいいかと考えるのと同じように考えているはずだ。それが思惑通りにうまく行くか行かないかは環境や体質、人生の優先順位などで果たされたり果たされなかったりする。そしてもちろん、それは他人には全く関係のないことだ。

 で。私は10キロぐらい痩せたいのよ〜〜〜。茨の道よ〜、なのです。はい。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2013年9月20日号-

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