四十の手習い 最終回


落とし前をつける

 
海江田哲朗
(第12、13号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 

「四十の手習い」を、どう締めくくるか。それについては早い段階から、プランニングが進んでいた。この連載が始まってすぐ、私は20年来の友人であるマッチョに手伝ってほしいと依頼している。最終回は映像をつくり、動画サイトで公開しよう。そこで、映像関係の仕事をしている彼の腕に頼った。

私とマッチョは高校の映画研究会の同期だ。活動は、自主映画の制作。当時の撮影機材は家庭用の8ミリカメラで、フィルムはフジのシングル8を使っていた(長回しは約3分が限界だった)。くだらないバカ映画を撮り、おままごとみたいなラブストーリーを思い描いたり、揺れ動く十代の日常を描こうと試みるなど、稚拙ながらも映画づくりに熱中し、楽しい3年間を過ごした。

私は大学進学後も自主映画を続けることになる。そして、だんだんと自分の資質が明らかになり、欠点をごまかすのがむつかしくなってきた。まず、私には集団をオーガナイズする能力が著しく欠けていた。また、自分が頭に描く絵を撮れさえすれば、ほかの誰かが傷ついても平気でいられる。そんな残酷な一面を自分のなかに発見し、恐ろしくもあった。それでも何らかの才能を確信できれば前に進めたが、その手応えも乏しかった。監督はムリ、役者は論外、撮影や音響などの技術職には興味が沸かない。脚本を書き続けたい希望は持っていたけれど、それもモノにできるか怪しかった。
 

 

つまり、映像の分野では、自分はプロになれない。だったら、このまま続けても意味がない。そう思い至るまで、6、7年かかった計算になる。結果、膨大な時間を費やしたが、そのこと自体はまったく悔いていない。少しでもリアリティーのある脚本を書くために、取材の面白さを覚えたのはのちのち役立つことになる。

「好きこそものの上手なれ」「継続は力なり」とはいうけれど、それは必要条件みたいなもので、誰もがそうして世の中を渡っていけるわけではない。自分の適性と心の向かうところは必ずしも一致しない。そのことを体験的に学べたのは小さくない収穫だった。たとえば、アスリートの世界(私は主にサッカーの取材をしている)は、そういった不一致が如実に表れる分野だ。ある人は幼少期に野球と出合い、大好きな白球を追い続けたけれど、プロになる夢を叶えられずに選手生命を終えた。だが、じつはその人の身体能力や知性はサッカーのほうが向いていた。あるいは個人競技のテニスのほうが、もっと高みに到達できた。そんな例はゴロゴロしていると思われる。そのミスマッチを不幸なめぐり合わせだと他者が決めつけるのは、傲慢というものだ。ただひとついえるのは、頂点を極めたアスリートはもれなく幸運にも恵まれたということである。

話が大きく逸れた。

最初、私がマッチョに提案した計画はこうだ。連載では、ブルースハープを習得する過程を明るく楽しく書く。ただし、ラストは大きなギャップを作り、フィニッシュしたい。シリアス方面に舵を切るか、心温まるほのぼの要素を前面に押し出すか。そのためなら多少あざとい手法に走ることも辞さない。なんだったら、小田和正やおおたか静流の曲をクライマックスの前後に流す手もあるぞ。内容がどうあれ、いい映像に見えてしまうマジックだ。

マッチョはドキュメンタリーの方向でアイデアを練ったほうがいいのではないかと話した。

「流しのブルースハープ吹きとして、勝手に慰問とかどう?」
「刑務所とか老人介護施設にアポなしで行っちゃうのね。きっついなぁ、それ」
「当然、断られ続ける」
「でも、めげない。ずうずうしく『一曲いかがですか?』と言って回る」
「たまに通報される」
「そして、ダッシュで逃げる」
「ひょっこりOKが出ることもあるかもしれん」
「焦るなぁ。考えるだけで足が震える」
「全部、撮っちゃるけん」
「できれば行きたくない」

などと、しばらくバカ話をした。このとき私は『別れの曲』をはじめ、数曲をマスターするつもりでいた。己の力量を過信し、希望に満ち溢れていたため、そんな話にも余裕をもって応じられた。

最終回までカウントダウンが始まり、私は現状報告を兼ねて再びマッチョに連絡を入れている。目標の達成が危ぶまれており、セカンドプランを用意しておきたい、と。ファーストすら決まっていないのにセカンドの話などあったものではないが、とにかくピンチだ、どうにかして落とし前をつけなければならないと打ち明けた。

現在、満足に演奏できる(?)のは『キラキラ星』だけ。ブルースハープといえばチューリップ帽であり、すでに購入済みだから使いたい。ああでもないこうでもないと話し合った末、私たちが行き着いたのはろくでもないフィナーレだった。

マッチョは2日で脚本を書き上げ、送ってきた。一読し、あまりのバカさ加減に気絶しそうになった。四十にもなり、何をしようというのか。いや、彼に話を持ちかけた時点で、こうなるのはわかっていた気がする。私はまな板の上の鯉だ。やると決まったら、ジタバタしない。土壇場でそうなれるのは、自分の長所だと思っている。

これが、3ヵ月にわたるブルースハープ挑戦の結末である。

 

 

マッチョ、銀次郎、緑ちゃん、森田、美枝、カフェ・ド・クラッキの飯塚さん、企画に協力してくれた方々、どうもありがとう。最後までお付き合いいただいた読者の皆様にも、めいっぱいの感謝の気持ちを込めて。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年9月28日号-

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