散歩がてらに部屋を探す 第1回

高円寺編 ~さよなら、ナツキ~

 
半澤則吉
 
 

 
 

こんにちは、半澤です。
と、冒頭文を書いた瞬間に「誰だお前は?」というたくさんの声が聞こえてくる。ちょっと前騒いでいた「半沢」ともなんか字が違うし、つうか誰だよ? まずその疑問に答えなくてはならない。私、半澤は文筆業1年生、ペーペーもペーペーのひよっこフリーライターです。この度ヒビレポ連載のお話をいただき、はしゃぐと同時、緊張した。どれ一つじっくり頑張らないと、と気合いは日々募るばかりだ。
が、残念ながらあまり腰は落ち着けていられない。僕は向こう3か月のうちに引っ越すのだ。「引っ越し」がこの企画のテーマであり全てだ。散歩がてらに物件を内見しまくる、そして引っ越す。不動産事情や裏話も色々書けそうで、付け焼き刃の割にお得な企画だ。実際のところ転居したいとはずっと思っていた。と言うのは単純に今の家が住みにくいから。
 

 
○1R7帖程度+ロフト3帖
○最寄り駅:丸の内線東高円寺駅徒歩6分 JR中野駅徒歩12分
○家賃:5万5000円/敷1礼1

 

問題は山積している。隣家の屋根しか見えない一面採光、夏は熱さで立ち入れないロフト、収納ゼロ、雨音を的確に拾う屋根、何より、衣食住と仕事を一つの空間でこなさねばならないことにうんざりしている。ものすごく便利な立地にして5万円台、少しもったいないが転居願望は日々膨らむばかり、とにかく広い部屋に越したい。
とは言えだ。いざ、部屋を出ると思うと一抹の寂しさも生まれる。思えば2010年の12月25日、僕はこの部屋への転居を決めた。世がクリスマスにうつつをぬかす中、純然たる、混じりっけなしの完全な冷やかしで僕は不動産屋へ行ったのだ。手ぶらだった。一応物件への漠然とした希望はあった。当時勤めていた会社への通勤を考慮し東西線沿いであることと、お風呂。そう、何が何でも風呂がある部屋に引っ越したかった。(懐かしの風呂無し生活については、またどこかで語る機会があるだろう)ただ、この条件、「東西線沿いの風呂アリ」物件は星の数ほど存在していた。お客さんそんな物件ないですよ、みたいな話にはなるはずもなく逆に、では早速中野に内見行きましょう、とアグレッシブルな展開に。冷やかしであることを知ってか知らずか、不動産屋のお姉さんは優しく対応してくれ内見にも同行してくれた。とても贔屓目に見ればタレントの加藤夏希に似ていたことから僕は密やかに彼女をナツキと命名、師走の中野デートを楽しんだ。中野駅到着後、ナツキが切符を失くして激しく動揺したことや
「これ最短距離じゃないんですけど、分かりやすい道で行きましょう」
と驚くほど遠回りし歩きまくったことが、よりクリスマスデート感を高めた。正直、おかしなテンションになっていたのだろう。中野ブロードウェイ徒歩2分という身を滅ぼしそうな立地の1件目をパスした後、今の部屋を見た段階で、もうこの部屋でいいじゃん、と思ってしまった。部屋決めちゃっていいじゃん、と。しかも、ナツキは家賃3000円引きの交渉に成功したと晴れやかな笑顔を見せているではないか。彼女のけなげな姿に心打たれ、その日のうちに仮契約となった。

と、言う訳で3年前はたった2件の内見で部屋を決めた。ナツキへの甘やかな感情も確かに要因ではあったのだろうが時期的な要素も大きかったと一応フォローしておきたい、一応。12月と1月では家賃がガラリ変わるという。1~3月は最も物件が動く時期なので1月に入った途端、価格上昇は避けられない。
「決めるなら12月中、もし決めないのなら次に相場が下がる8月まで待ってください」
あの日最終的に僕の背中を押したのはナツキ嬢のそんな言葉だった。ならば、10月から3か月間かけて物件探すってめっちゃくちゃ賢いじゃん、あったまいいじゃん。そうやって自己合理化をはかっているのはまだ引越しの決意が完全ではない現れだろうか。なにはともあれ早速、物件を探しに出かける。

散歩がてら、と言うだけあって歩いていく。ちょっと先に大きな不動産屋があるため少し悩んだが徒歩5分の最寄り不動産屋に入る。雑居ビルの細い階段を上っていくと意外と明るい縦長のオフィスが広がっていた。割と爽やかな感じ。自然、ナツキの姿を探してしまう。もちろんそこに彼女の姿はない。結局あのクリスマス以降、不動産屋へ足を運ぶ機会は無く、ナツキとの再会は今日に至るまで叶っていない。男性営業マンしかいないオフィスを一瞥し、心の中でナツキに別れを告げる。さよなら、ナツキ。彼女との決別こそ引越しへの第一歩だ。
で、今回担当してくれたのは恰幅良さそうなKさん、ハキハキと話す体育会系のにおいがするお兄さんだった。ナツキ感は皆無だ。条件などを書くシートを渡され、思い思いに希望を書き綴る。部屋数は多い方がいいし広い方がいい、家賃は6万円台で… 。するとKさんは紙を眺めながら、乾いた声で言った。
「それでは半澤さんは、安くて広いところに住みたいということですね」
安くて広いところ、僕の希望を不動産屋的に換言すればこんな陳腐な言葉になるらしい。改めて考えると、素人考えのわがままな要望にしか思えず急に恥ずかしくなった。が、そこはプロ、Kさんは僕の無理難題に対し真摯に対応してくれた。不動産屋専用の検索サイトでもって物件を探す。スーモとかホームズとか一般人が見られるものも多いが、専門サイトは新情報で精度が高いそう。候補物件を2人で吟味する。近場でも良さげな部屋があるみたいで安堵。取り急ぎ一番近いところに行きたいです、と僕は高円寺駅と阿佐ヶ谷駅の中間にある物件をプッシュし記念すべき最初の内見先が決定した。

 
物件No.1 高円寺駅近1LDK

    ○1DK フローリング8帖 和室6帖
    ○最寄り駅:JR高円寺駅徒歩7分 
    ○家賃:6万2000円/共益費:1500円/敷1礼1
 
 

Kさんと2人、自転車で向かう。あ、「散歩してないじゃないか」とのご意見は受け付けない。この連載を通してずっとです、ご了承ください。
物件があるらしい場所に到着後、しばし迷うKさん。それもそのはず、大きな階段の下に入り口が隠れていた。しかも植木で扉が見えず隠し扉状態。RPG感が高い物件に、入る前からげんなりしてしまったが、ドアを開くと、やっぱり、だった。

 

 

まず、DK部分8帖が意外と狭かった。当然ながらキッチン、洗濯物置き場などコミコミで8帖。このように横長だとかなり狭く感じてしまう。そして何より暗い。まだ夕方なのに暗いのだ。隠し扉の先の部屋だけあり、1階ながら地下室の様相を呈している。やたらジメっとしている。カビくさいような気がする、ではなく明らかにカビくさい。耐えられず窓を開けると

 

 

壁、壁しか見えない。これは息苦しい。収納なども一応チェックしたがKさんも、これはダメっすね感たっぷり。
「半澤さんがお探しのような物件だと、こんな感じの多くなっちゃいますよ」
なっちゃいますか。そうですか。なるほど「安くて広い」という子供じみた望みはやはりハードルが高いよう。「東西線沿いの風呂アリ」のように簡単にはいかないみたいだ。が、大丈夫、時間はたっぷりある。と言う訳で、毎週ちょっとずつ物件を見てきます。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年10月2日号-

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