MAKE A NOISE! 第16回

メリル・ストリープのお言葉(第1回をご参照下さい)に従い、まだ知れ渡っていない面白い映画をロンドンからMake a noise!
 

パパ、ヘミングウェイ

 

山口ゆかり
(第13号で「ロンドンでゲイ、レズビアンたちに混じる」執筆)
 
 
 
 

有名人の私生活についての話、ゴシップをあーだこーだ言うのは浅はかなこと。ほんとうのところの詳しい事情など知る由もないわけで。
同じ浅はかでも2通り。よく知らないのに批判的なこと言う人はひがんでる、よく知らないのに好意的なこと言う人はミーハー。
そして、私はミーハーです。

たいがいのことには好意的。特に2世さん、3世さんなど、おおかた、よいほうに解釈します。
例えば、デヴィッド・ボウイの息子のダンカン・ジョーンズ監督。秀作『月に囚われた男(原題:Moon)』での監督デビュー、お父さんと同じ音楽の道を選ばなかったのは賢いなあ。

 
 

 
 
ダンカン・ジョーンズ監督 Moon で最高賞受賞の2009年エジンバラ国際映画祭
(撮影:著者)

 

 

と言った舌の根も乾かぬうちに、お父さん(『ゴーストバスターズ』監督アイヴァン・ライトマン)と同じ道を選んでも、全然タイプの違う『ジュノ』みたいな面白い映画を作ってるジェイソン・ライトマン監督もたいしたもの、と言ってしまいます。
16歳で10歳年上の女性と暮らし始めたという(ご本人の発言なのでゴシップではなく確かなところ)おマセさんで、親離れが早かったのもよかったのかな。

 
 

 
 
ジェイソン・ライトマン監督 2012年ベルリン国際映画祭(撮影:著者)
 
 

まず誰それの息子/娘として世間に認識されるのは、さぞかし、きつかろうと。
ジョーンズ監督なんて、デヴィッド・ボウイ主演『地球に落ちてきた男』をもじった邦題つけられて、お気の毒。子どもの頃に呼ばれたゾウイ・ボウイという名前じゃなく、ダンカン・ジョーンズという名前を使ってるのに。
ちょっと離れますが、『(500)日のサマー』に主人公(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)が思いを寄せるサマー(ズーイー・デシャネル)の“誰かの何かになりたくない”みたいな台詞があります。激しく同意。私に限らず、そういうこと一度も考えたことのない女性はいないのでは?

 
 

 
 

それが、生まれた時から誰かの何か!
いやおうなしにボウイの息子として認識されてしまう…なんというプレッシャー。
と常々思っているのですが、その極めつけドキュメンタリーを見ました。
シリアスな映画です。とてもじゃないけど親の七光りがあるといいだろうなどとは言えません。
女優マリエル・ヘミングウェイ、『誰がために鐘はなる』などで知られた文豪アーネスト・ヘミングウェイの孫娘が主人公の『Running from Crazy』です。

 
 

 
 

名演を見せた『マンハッタン』は10代の頃でした。その年頃の娘を持つ身となった今、“ヘミングウェイの呪い”の案内役を務めます。
マリエルは、親族に7人の自殺者が出た血筋という意味で、その言葉を使っていますが、私には、巨大なアーネストが家族のうえに落とした大きな影と聞こえてしまいます。

マリエルの姉でモデル/女優のマーゴと、そのうえの姉の3姉妹に、父(アーネストの長男)母という家族の古いホームビデオも登場します。
キッチンでワインを楽しむ一家。定位置だったというキッチンカウンターに、シンクに足を渡して腰掛ける母、姉妹と父がその周りに集いワイングラスを傾ける。お行儀の悪さにもかかわらず、綺麗な家族なので、お洒落にさえ見えてしまう。
それが、マリエルの口から、父から性的暴行が姉たちに加えられていたと語られた後では、壊れた家族に見えてきます。

『リップスティック』でマリエルと姉妹そろって映画デビューしたマーゴは、ドラッグやアルコールでお騒がせ女優みたいなものになっていき、アーネストが自殺した35年後の同じ日をねらったよう(アーネストが7月2日早朝でマーゴは7月1日)に自殺しました。
綺麗なのはマーゴですが、演技力があるのはマリエルというのは、私が思うだけでなく、一般的な見方だったと思います。何かにつけて比較されることも姉妹の間に亀裂を生む一因で、マリエルとマーゴは疎遠になっていたそうです。

豪放磊落、姉妹では一番強いキャラクターに見えた長女は、すっかり様変わりしています。不健康な具合に太り、頼りなげ、不安げな印象です。
画家であるらしく、地元の画廊(カフェだったかも)で個展をする場面もあります。その主体となっている絵というのが、アーネストの一連の肖像画。ヘタウマというか子どもの絵のような単純な線で描かれたものにパパの文字も添えてあったりします。パパはアーネストの愛称でした。

ガンだった母、お酒が過ぎることもあった父と、奔放な姉たちという家で、早くから母親的な役割で、遊んだことの無い子どもだったというマリエル。
アーネストが自殺したのは、マリエルが生まれる前で、姉たちは小学生でした。祖父の面影を追い求めるような姉たちとは反対に、マリエルはヘミングウェイ的なものから逃れようと努める。野菜中心の食生活にエクササイズも欠かさない心身ともに健康な生活を続け、趣味がロッククライミング、今でも見事に締まった体でファイト一発!岩壁をガシガシのぼってみせたりします。

映画は、マリエルにそって、ゆるやかに進みます。それが少し物足りなくもあります。
父親の虐待も「あってはいけないことがあった」と語られるのみで、いつ何が起こったのか、はっきりしたことは明かされません。
ちょっとしか登場しない、あまり良好には見えない現在の姉の状態についても、詳しくは語られません。
当事者であるマリエルと、残された映像に語らせるのみ。よく知らないことについて、まとめあげてしまうようなことをバーバラ・コップル監督はしていません。浅はかじゃないんですね。
わかりやすくグランドファーザー・コンプレックスに陥っているような姉たちと比べ、わからないのが父親です。映像で見る限り、エキセントリックな女性陣と違って、きちんとした格好で穏やかに微笑む優しげなお父さんです。もう父母ともに亡くなっていますが、このアーネストの長男である父親が何を抱えていたのかを知りたい。信頼できる監督と思う反面、ちょっとじれったい。
今年4月のサンダンス・ロンドンで、性的虐待についての質問に答え「姉だけでなく、マリエル自身にもあったのかもしれない」と答えたコップル監督。聞いた事実を伏せているのではなく、あえて聞かなかったのだろうと思います。
そういう監督だからこそ、家族の秘密を明かしもしたのでしょう。ずかずかと踏み込んで聞くような監督だったら、そもそも、ここまで話さなかったかもしれません。難しいところです。

 
 
バーバラ・コップル監督 2013年サンダンス・ロンドン(撮影:著者)
 
 

今回はちょっとヘビーな内容の映画だったので、次回は有名人を家族に持つ辛さは同じでも、なぜかフィール・グッド・ムービーになってるドキュメンタリーで気分転換。

 

 
 
-ヒビレポ 2013年10月15日号-

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