展示される生きものたち 第3回


パンダのいない動物園・東京都恩賜上野動物園

 
日高トモキチ(生きものなんとか紀行連載中)
 
 

 
 
まず誤解なきよう断わっておくが、現在の上野動物園ではジャイアントパンダは飼育されている。
また、田中角栄の外交手腕によってカンカンランランが来日したのは1972年。私の家が東京に引っ越したのは翌73年であるから、パンダが来る前の上野は知らない。
本稿はしたがって、2008年4月30日のリンリンの死亡から2011年4月にリーリーとシンシンが公開されるまでの約3年間、ジャイアントパンダが不在だった時期の上野動物園をあえて語ろうとするものである。

 
上野動物園エントランス(2010年)
 
  
上野動物園自体の紹介は改めてするほどのこともない。日本一古くて(1882年開園)日本一の入園者数(年間約300万人超)を誇る動物園に対して今さら何をかいわんやである。
正式名称に「恩賜」とあるのは上野恩賜公園(上野公園)内の施設だからである。
戊辰戦争時に彰義隊の一件で焼け野原になってしまった上野の山に、蘭医ボードウィンの働きかけにより公園が造られたのが1876年。
博物館や動物園が開館したのち、1890年にいったん帝室御料地とされたものが1924年に宮内省より東京市に払い下げとなった。お上からの賜りもの、すなわち恩賜となった次第である。へー。
 

 

 
昔の動物図鑑にはこちらが「パンダ」で載ってたレッサーパンダさん
 

さてそんなUENO ZOOであるが、前述の通り2008年春に最後の1頭だったリンリンが22歳で死亡。実に36年ぶりにパンダのいない動物園になってしまった。
するとどうでしょう、年間入園者数が前年比ほぼ八割弱になってしまったではありませんか。客寄せパンダは毎年およそ50万人の集客力を発揮していたのである。
折しも北海道の旭山動物園が人気を集めており、入場者数も300万人を記録して大絶賛肉薄中だ。これはいかん。上野では一計を案じた。
要するにパンダに代わるちびっこのにんきものがひつようなのだ。

 
スマトラトラさん/ベニイロフラミンゴさん/オカピさん
 

アイアイ、という童謡がある。南の島には尻尾の長いアイアイというおさるさんがいるよーといういかにも楽しい歌だ。
親しみやすく美しいメロディラインは、私が日本の三大作曲家のひとりとして崇め奉る宇野誠一郎(ひょっこりひょうたん島・ムーミン・一休さん、など)。
よーしこのたのしいうたのモデルになったかわいいおさるさんを大々的にフィーチャーしてちびっこどもに喜んでもらおう。
かくして不忍池を擁する西園の一角に「アイアイのすむ森」の建設は始まった。

ところで童謡のアイアイについて、Wikipedia先生は次のような挿話を語っている。
「作詞者の相田裕美は、可愛い動物の歌を頼まれた際にアイアイという猿がいることを知り、名前が可愛いため、図鑑で見た特徴をそのまま歌詞とした。
彼女はこの動物がマダガスカルでは『悪魔の使い』として気味悪がられていることや、アイアイの名前が現地人がこの動物を見て上げた驚きの声に由来することを知らなかった。
そのため、現地においてもその不気味さから不吉な動物として忌み嫌われているアイアイが、遠く離れた日本では明るい曲調の童謡で親しまれることとなった」

悪魔の使いキタワァー。

 
キタワァー
 

そもそも外見からしておさるさんではない。発見当時は何の仲間かわからず齧歯目にされ、後に歯の特徴から判断してどうやら霊長目らしいということになった経緯をもつ、実にえたいの知れない怪生物だ。
「多くの生息地では死や不幸の前兆や悪魔の使いと信じられ、畏怖や恐怖の対象とされている」(Wikipedia)とか民俗学的にはもう立派な妖怪のたぐいで、かえって興味深いぐらいである。

が、ちびっこが喜ぶとはあまり思えない。

まあ実際にはアイアイが上野に来園したのは2001年で、その後繁殖にも成功しており、とくに見た目愛らしい生き物ではないことはわかっていたはずである。
だから、まあ、上記のような巷間に伝わる「パンダの代用説」はやや眉唾ものではないかと疑ってはいる。
しかしとにかく巨費を投じて専用の展示施設が造られたのは事実だ。

 
ヒガシクロサイ様/ハシビロコウ様/ハートマンヤマシマウマ様
 

かくて2009年5月、アイアイのすむ森は公開された。
池之端門から西園に入ると両性爬虫類館の傍らに池上に伸びる通路があり、周りでは頑是ないワオキツネザルたちが愉しげに歩き回っている。
アイアイをはじめキツネザルの仲間、マダガスカルに棲む動物たちをあつめて展示しようというコンテンツなのだ。

 
ワオキツネザルのトリオ漫才
 

私が訪れたとき、ちょうど前を感じのよいカップルが歩いていた。ふたりとも動物好きらしく、実に楽しそうだ。
行く手にはこの先に例のおさるさん(悪魔の使い)がいる旨が記されている。
「へえ、アイアイだって」

先に生息地におけるアイアイさんの待遇について述べたが、ひとつ大事なことが抜けている。
特に凶暴だったりする訳でもないに、なにゆえそのように不必要に怖がられてしまうのか。最大の理由は、暗闇の中でしか出会わないからだ。
夜行性やねんアイアイ。

順路にしたがって歩を進めた若いふたりの前に、衝撃のアイアイ展示があらわれた。

 
「巣箱の中でアイアイが寝ています。そっとめくってみて下さい」
(左上の蓋の向こうに巣箱がある)

 

ふたりはかわるがわる蓋をめくった。ややあって男の子が言った。
「これ、失敗じゃね?」

うん。そうだね。

アイアイの姿かたちは御面倒でも各自検索をお願いいたします。
2009年度の上野動物園の入場者数 3,028,386人(前年比+130,195人)

その後パンダ不在3年を経て2011年初春、上野動物園は中国から新たに2頭のジャイアントパンダを借り受けた。
3月下旬公開予定だったのが東日本大震災の影響で延期になり、4月より一般公開となったのは記憶に新しい。

だから現在、上野動物園にはジャイアントパンダがいる。よかったね。

 
重畳、重畳
 
 
 
 
-ヒビレポ 2013年10月19日号-

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