ハルヒマヒネマ 4−2

みんな通りすがりの世界
『クロニクル』と『アルカナ』

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 
 
 
 

自分の姿って当然ながら何かに映さないと見えないわけで、何かに映ったときにハルヒはそこに現れる。
子どもの頃から思ってるんだけど、ハルヒはちょうどハルヒの頭の中、目玉のあたりに乗って「ハルヒ」を操縦しているような感覚がある。操縦というか、勝手に動いてる「ハルヒ」に乗って、世界をみてるような。
街ゆく人は、「ハルヒ」には気づいても、その中のハルヒには気づかない。
鏡に映ったときに現れるハルヒは、その外側の「ハルヒ」だ。人が見ているハルヒ。窓ガラスに映るハルヒは、写真に写るハルヒは。
子供のときは、それって感覚だけだったけど、今思えば、なんだかハルヒは、自分の実在にあんまり実感がない。どういうときに実感するもんなんだろう。
でも、こうして、文字を打ったり、絵を描いたりして、そこに現れたものは、「ハルヒ」ではなく、ハルヒが表したものだ。それはちゃんと感じている。
考えている事もハルヒの考え。感じてる事もハルヒの感覚。
ハルヒって「意識」なんだなあ。
 

 
 

『クロニクル』2012 アメリカ
D: ジョシュ・トランク W: マックス・ランディス A: デイン・デハーン/アレックス・ラッセル

若い新人監督が低予算で作ったインディーズ映画ときいていた気がしたのだけれど、予告を観ただけで、どこをどうやればこれが低予算で撮れるのだろうと不思議だった。そったら、制作費12億えんだって。12億あればシベリアがいくつ買えるんだろう、じゃなくて、12億えんって低予算なんだ!
低予算ともうたわずに2000万そこらで作られてる邦画って、たくましいなあ。それを好き放題、クソ映画とか(愛をこめて)いっちゃっててごめんなさい。でも、80億円かけてもこの予告編のクオリティに届かない邦画と言うのも、またたくましい。
12億の制作費は、130億の興行収入を得た。大成功を得た監督は、次回作の制作費もぐんっとあがるんだろう。お金は使える人に集ると健全だ。

高校生のアンドリューは女の子にはまともに相手にされないし、友達もいないし、家は病気のおかあさんの薬代に困るほど貧乏だし、おとうさんは横暴だしと、生きてるのがツライ子。それでも、なんとか、じぶんの生きる世界を好きになりたいんだろう、信じたいんだろう、ある日、アンドリューはお古のビデオカメラ(すごくなつかしいデカさ)を持ち歩きだす。物語は、彼がビデオを回しはじめた日から始まる。
最初に映っているのは、たぶん鏡と向かい合ったカメラ。つまり自分。
部屋の扉を叩く父親の怒鳴り声。ベッドの中の母親の笑顔。
内向的なアンドリューを気遣って、一緒に車で登下校してくれているのが、優しいいとこのマット。あたりさわりなく生きてる男の子(老けてる)。
学校では彼に話しかけてくる友達らしいのはほんとうにいない。
アンドリューのビデオには、そんな同級生達が、一瞬視線を向ける。ハーイと声をかける。でも、みんな通りすがり。部屋に戻って、そんな自分の世界を見つめるアンドリュー。
ある夜、マットに誘われて出かけたパーティーで、学校の人気者スティーブに、そのカメラで撮って欲しいものがあると森の中に誘われる。
空き地に空いた謎の穴。その中で3人は奇妙な体験をするんだけど、翌日その3人には念じてものを動かす力が身についていることに気づく。
超能力を手に入れた高校生3人は、お互いの力試しをビデオに記録する。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』がヒットしたけど、ああいう、後日発見されたビデオに残されていた出来事、みたいな手法はリアルを錯覚させる。で、この映画も、12億かけてるけど、そんなかんじで、ほとんどが誰かがビデオに撮影している状態。ある時は、アンドリュー達の能力が防犯カメラに映っていたりする。
彼ら3人の能力は、車はふっとばすし、人を傷つけたりもするし、空まで飛べてしまうしで、漫画みたいだ。でも映画の中でさらにカメラを通す事で、事実として残されている事になる。
後日、信じられないものが映っていた…のではなく、信じられない出来事が誰かの「目の前」で起こっているって構造。映像に映るものだから幻でも妄想でもない。
じゃ12億かけなくてもほんとに日本映画並の低予算で撮れそうなアイデアだけど、嘘を真にする為の12億は、ビデオ映像の中で、ハリウッド超大作並の特撮をみせている。街角の防犯モニターに映ったスーパーマンは、どれだけリアルか。
大変な目にあってるマットのガールフレンドの素敵ブロガー女子が絶体絶命にさらされながらもカメラ回してるのは、なんかおかしかったけど。

こないだみた『パシフィック・リム』も、日本のこどもとしては、空想が現実になったような痛快な映画だったけれど、この映画も大友克洋の『AKIRA』の現実版というか、等身大の鉄雄と金田の話になっていて、絵空事を絵空事にしない「マンガ」の世界への向き合いかたに、あ〜感銘って敬意って、こうやって表すんだなあ。

これ、邦画だったら、主人公3人は若手俳優でそれなりに見目のよい男の子がやるんだろうけど、よく考えたら、そういうテレビでよく見るかっこいい子が主人公って時点で、もう嘘なんだな。素人の高校生にやらせたら、仮面ライダーでもウルトラマンでも、ほんとうのことになりそうだ。

 
 
 
『アルカナ』2013 日本
D: 山口義高W: 及川章太郎 A: 土屋太鳳/中河内雅貴/岸谷五朗

一見スタイリッシュ、が、何やら懐かしいB級怪奇アクションの匂い。
そこでは、分身という不思議な現象が多発している。精神が分裂するのではなくて、実体が分裂し、じぶんがふたり存在する。そんな現象。
そういう特殊で変てこな事件ばかりを扱う「お宮係」という特捜刑課がある世界。
主人公の女の子は、じぶんの記憶を失っているが、霊が見える。霊の訴えが聞こえる。
彼女を保護した村上刑事は、誰にも言えないでいたが、同じように霊が見えている。霊に訴えかけられている。他のひとには見えないものを見ているふたりは、心を通わせるが、実は彼女はその「分身」らしいのだ。霊的な存在だから、霊が見えるのだろうか。でも彼女は自分が分身だとは気づいていない。
かなり予算厳しそう。でも「あえて」の「B級風」に逃げるんじゃなくて、攻めてる。B級映画と言われるからには攻めた結果じゃなきゃとハルヒは思うので、好感度高い。さらに、ナカガウチマサタカ、ウエハラタクヤと、ハルヒの王子たちが名前を並べているのだから前売り券も買おうってものだ。
世に出ればこの『アルカナ』は、『鈴木先生』の「小川さんで」大注目されたツチヤタオの主演映画で、ハルヒの王子のことは、誰も知らないんだろう。でも、それで一連の「イケメン」映画の枠がはずれたかもしれない。
もしハルヒがふたりを知らなかったら、きっと「誰だこれ?」と、その若手俳優たちの存在感を持ち帰っただろう。
ナカガウチもウエハラも、目撃者としての造形を強調されたような目をしていて、それがこの映画の独特な「絵」になっていた。この見慣れない、若い(奇妙な目をした)俳優の絵がなかったら、ツチヤタオちゃんだけで立ち向かわせるには「低予算映画」の壁は、絵にこだわりたい監督には分厚かったと思う。
若手ふたりだけじゃなく、心霊捜査官のキシタニゴロウ、その部下タニグチハジメ、村上の上司のノグチマサヒロ、と、1カットだけでも、その人物に興味がわき、背景を読み取りたくなるような、キャスティングが多弁でハルヒはおもしろかった。
ここまで、絵が語るのだったら、もう、具体的なストーリーいらないやってくらいに。
主人公の女の子本体(ツチタタオの二役)のサイコな行動の自分酔いっぷりとか、村上刑事の似合わないマッチョな行動とか、村上と後輩刑事の(つまりナカガウチとウエハラ)のこれといって突き詰められない静かで奇妙な関係とか、分身達の呪怨メイクとか、そういったスカしぶりが恥ずかしい方向にいかず、恥ずかしくなりそうなところで、コロコロコミックみたいな唐突な心霊秘密兵器とか、唐突なうまい棒とかが救ってくれる。スカッとB級にとどまってるとこがきっとこの映画のよさだ。

ところで、これ、分身たちを操っていた肝心の「敵」のことがどうやらスピンオフのドラマで描かれてるらしい。なんだよー。わかんないよー。いや、わかんなくても問題なかったけど。映画館で同時上映やればいいのにな。
(これは試写会でみた。10月19日より公開)
 
 
 
 
ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://bookman.co.jp/serial-novel/boyslife/boyslife/

 
 
 
-ヒビレポ 2013年10月11日号-

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