MAKE A NOISE! 第18回

メリル・ストリープのお言葉(第1回をご参照下さい)に従い、まだ知れ渡っていない面白い映画をロンドンからMake a noise!
 

手放した責任は誰かが握る

 

山口ゆかり
(第13号で「ロンドンでゲイ、レズビアンたちに混じる」執筆)
 
 
 

前回の予告で書いた、明らかに間違った育て方をされた人というのは、この方、ポール=ジュリアン・ロベルト監督です。

 
ポール=ジュリアン・ロベルト監督 2013年ロンドン映画祭(撮影:著者)
 

我ながら失礼な紹介ですが、ジャッジしたのは私ではありません。育てた責任者が逮捕されるという、法的に間違いとのジャッジがくだされました。

 

 

それをドキュメンタリーにしたのが、このロベルト監督の『My Fathers, My Mother and Me』。監督が生まれ育ったオーストリアのコミューンの記録です。
監督の母親が若かりし日に入ったコミューンは、前衛芸術家オットー・ミュールが開いたもの。個人所有せず全てを共有するという理念の下、セックスもみんなで。数百人が暮らすコミューンで、たくさん生まれた子どもの1人がロベルト監督。
年頃になった子どもたちには性教育として、女の子はオットー、男の子はオットーの妻との初体験をさせたことなどでオットー逮捕、1972年にできたコミューンは1991年に解散となりました。

 
 

 
 

タイトルのMe は監督、My Motherは監督のお母さん、 My Fathersと複数なのは、出産に立ち会った父親的役割だった男性、戸籍上の父親、生物学的な父親の3人を指してのこと。集団でのフリーセックスなので、誰が誰の子かわからない状態だったのが、解散時にDNA鑑定が行われたのです。ですが、コミューン解散後は、その父親たちと暮らすこともなく、母親に育てられた監督です。父親の1人は自殺しており、あとの2人は新しい家庭を築いたり、仕事を始めたり、それぞれの道を進んでいます。
と、ここまでの事実を知らせる記録映画としても優れたドキュメンタリーですが、コミューンに入ってしまった母と、問いかける息子の話になっているのが、しみます。

母に問う監督は、声を荒げることも、糾弾することもありません。それでも、息子にまっすぐ問いかけられた母の痛みが見える。
最初は若者主体の元気で楽しそうなコミューンも、子どもが増えると資金難で、母親たちはスイスに出稼ぎさせられる。母のいないところで、子どもたちはオットーの思いのままに扱われる。
コミューン設立当初から行われた自己解放のためのパフォーマンスなんて、やりたくない子どもだっている。泣き出す子どもに水をかけるオットー。という映像を、今になって見せられる監督の母。
そういう時、母は空白な顔になります。映像を見る第三者が抱く、可哀想という気持ち、なんてひどいことをという怒りも、きっとあるはずですが、こんなことになったのは自分の責任でもあるという当事者の部分で、気持ちの処理ができないのではと想像します。

「コミューンに入ったのは、もともと父親になりたくない男たちだった」「誰かが責任を手放せば、それは誰かに握られる」コミューンに入った人々の言葉からは、子どもでいたかった若者たちと、そこで生まれた子どもたち全ての父親になっていったオットーという構図が見えてきます。
コミューン解散から10年を経た集会で、母たちの中から壇上に立った2人が、子どもたちに「あなた方は被害者です」と詫びる場面があります。この時、監督の母は一時的な記憶喪失に陥ります。まだまだ生傷と思わせるエピソードです。

ロンドン映画祭での上映後、質問に答えたロベルト監督にも、まだ生傷であるようでした。
このドキュメンタリーは、監督と母、監督の父親たち、コミューンで生まれた子どもたち、監督にとっては友達ですね、の証言と、当時の記録映像が主体で、コミューンに入った人の側から見ています。
オットーはこの5月に87歳で亡くなっていますから、映画製作時は存命でした。その気になれば、オットーのインタビューを撮れたかもしれませんが「オットーはできるだけ入れないようにした。オットーについての映画にはしたくなかった。解散後、彼と話したこともあったけど、また話したいとは思わない」、「映像を見ていると、怒りがこみ上げてくる」とも。

ドキュメンタリーの中には、監督の奥様と、まだ赤ちゃんのお子様も登場します。
奥様もコミューンで生まれた子どもでした。解散時12歳だったという監督は性教育をまぬがれましたが、最初に生まれた子どもの1人だという奥様は、そうはいかなかったでしょう。監督の怒りには、その分もあるのかもしれません。
映画は赤ん坊だった監督と母の映像で始り、そこに戻ります。コミューンが子育てビデオとして売り出した映像の一部ですが、映し出されているのは健やかな可愛い赤ちゃんと若い母親の姿です。
コミューンやオットーの社会的な位置づけではなく、母と息子のパーソナルな物語にしたことで、かえって深みを獲得したドキュメンタリーは、今回のロンドン映画祭でドキュメンタリー賞を受賞しました。

そもそも、子育てに正解はないともいいます。これだけ極端ではなくても、みな、良かれと思ってしたことが、そうでもなかったりしながら子どもを育てるのでしょう。それに、たとえ間違った育てられ方だったとしても、必ずしもダメな大人になるわけではないと、ロベルト監督自身が証明になっています。
この20日に閉幕したロンドン映画祭には、親子関係を思った映画がもっとありました。次回はそちらを。
 

 
 
-ヒビレポ 2013年10月29日号-

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