バイト・サバイバー 第4回

引っ越しの世界にはひとつとして同じ現場はない(その1)

 
檀原照和(13号で「雑誌販売員として路上に混じる」執筆)
 
 

 
 

「悪魔のしるし」という集団をご存知だろうか。一応「劇団」にカテゴライズされてはいるが、現代美術の世界でも目覚しい活躍をしているグループだ。

悪魔のしるし
http://www.akumanoshirushi.com/

 美術集団としての彼らは「搬入プロジェクト 」というパフォーマンス作品で有名だ。簡潔に言い表すと「展示空間の条件に合わせて制作した一点ものの奇妙なオブジェを、観客を巻き込みながら搬入する」という作品だ。重要なのはオブジェのサイズ。「知恵を凝らせばその空間になんとか運び込める形状と大きさ」というのがミソだ。
 このパフォーマンスを知ったとき、引っ越し作業を連想した。日本の住宅事情に似つかわしくないほどゆったりしたサイズのソファーやどっしりしたタンスを、持ち上げ、傾け、当て物に載せて引き摺り、場合によっては内扉を外して運び込む。狭く急な階段を捩るようにしながら家具を搬入する。ときにはロープを使って釣り上げ、あるいは屋根に登って中継しながら荷物を入れ込む。「搬入プロジェクト」はまんま引っ越し作業である。
 
スイスの街、バーゼルでの搬入プロジェクトの様子(http://spedia.jp/)より
 (c)ryoko ando (DESIGN MUSICA)

 
 

 
 「悪魔のしるし」主催の危口統之は荷揚げ屋(揚重工)として生活の糧を得ているという。荷揚げ屋というのは建築現場で建築資材を搬入する仕事である。引っ越しと共通点は多い。
 通常、搬入プロジェクトはアートの文脈で評価されている。
 たとえば「行列や崇拝といった神道の習わしのような伝統的構法と平等社会(そこでは誰もが自身の役割を遂行しなければならない)におけるユートピア的アプローチとがこの作品には混ざり合っている」(セゾン文化財団ニュースレター『viewpoint61』より)といった具合に。あるいは神輿やだんじり、御柱など大きな依り代を運ぶ日本の宗教行事と関連づける批評もある。
 しかし僕がこの作品を評価するのは、作者自身のバイト経験と表現行為を直結させた、という点においてである。多くの下積み体験は単なる苦労話で終わってしまうのが普通だ。「あの当時は食えなくてさ。いろんなバイトをしたよ」といった具合。喰うために不本意なことに時間を使った、精神修養でしかなかった、というよくあるパターン。退屈な話。しかし危口は荷揚げ作業という自身の食い扶持を作品に昇華して見せた。バイトの鑑と言わずしてなんと言おう。美術とは違う観点からも評価されるべきではないだろうか。
 と、ながいながい枕はここまでにして、貧しいバンドマンや役者、ライターなどが副業として一度は経験しているであろう、引っ越しバイトについて語りたい。
 

●引っ越し屋は薄利多売な商売、だから……

 
 引っ越しのバイトというと「筋肉痛が」「怒鳴られて精神的にキツかった」など「つらい肉体労働の典型」として語られるのが一般的だ。しかし引っ越し業は接客業でもある。お客さん次第で現場の状況は変化する。だからこそ語るに足るドラマが生まれる。
 僕が初めて経験した引っ越し現場は、夜逃げだった。正確に言うと「初めて」ではなく初日なのだが、繁忙期に二、三軒回った後、夜10時過ぎに向かった現場が田園調布からの都落ちのお宅だったのである。本当は午後4時頃お伺いする予定だったらしいのだが、その日は立て込んでいて時間通りに迎える車がなく、深夜10時というあり得ない時間帯になってしまったらしい。あまりにも遅くなってしまい申し訳ないから、ということで会社中のトラックが目一杯集まってしまい、夜の閑静な住宅街はさながらお祭り騒ぎのようになった。本来であれば目立たずこっそりいなくなりたかったはずのお客さんは、さぞかし不快な思いをしていたに違いない。しかもかなり大きなお宅だったので物量も結構ある。何時終わるのか見当もつかない。そんな状況で勤務初日のバイト君(僕ではありません)が、こともあろうにご主人の目の前で大事な絵を落としてしまい、額のガラスを粉々にしてしまった。ご主人が怒ったのなんのって。初日にして修羅場であった。
 次の日、スポーツ新聞にデカデカと「ジャンボ尾崎 ゴルフ場倒産」(「尾崎」と「ゴルフ場」の間に、気がつかないくらい小さく「関連の」という文字が添えられていた)という記事が掲載されていたのだが、このゴルフ場の経営者というのが前日の引っ越しのお客様だったのである。これだけインパクトのあるケースはそうそうあるものではなく、いまもよく覚えている。
 さて。引っ越しの世界にはひとつとして同じ現場はないわけだが、作業手順はほぼ一貫している。
 まず段ボール箱を積む。つぎに家具類を積む。最後に掃除機や傘、ゴルフバッグ、自転車などを積んで新居へ移動。あとは積んだのと逆の順番で荷下ろしし、梱包を解いて設置すれば完了である。とはいえ、業者によってかなりやり方に違いがある。
 まず荷運びする前に建物を養生(荷物の運搬中に落としたり、ぶつけたりして傷がついてしまうのを防ぐため、覆いを掛けて保護すること)する必要があるのだが、この養生資材が各社でかなりちがうのだ。主立った資材は巻段(ロールになった段ボール)、板段(1800×900の段ボールの板)、プラ段(プラスチック製の板段。資材カタログでは「中空プラベニヤ」と表記)、「青ベニ」と呼ばれる床用養生板(発泡ポリプロピレン製)、角当て(コーナーとか蛇腹とか呼び名は色々)、各種テープ類のほか、玄関やお部屋、階段に敷くマット類といったところ。しかし全部持っている会社は希で、全国チェーンくらい。大手でもロゴの入った専用の資材を揃えているところもあれば、ロゴは一部の資材に入れているだけのところもある。小さな会社の中には、巻段(ロールになった段ボール)くらいしか用意していない会社もあった。
 養生の方法も各社それぞれで、板段をつかって壁からドアから丁寧に覆ってしまうところもあれば、巻段でぺっとやって終わり、という会社もある。各社それぞれ懐事情があるので、資材にお金を掛けられないところもあるのだろう。
 一般に引っ越し屋は薄利多売な商売だ。以前聞いた話では、小さな現場の場合、一台のトラックが一日3現場廻らないと黒字にならないのだそうだ。作業員の立場からすると、一日3〜4現場は行かされるという計算になり、ちょっとなぁ、ということになる。もちろん大きな現場の場合、文字通り一日がかりになるが、そうした現場では一件で採算が取れるから心配は要らない。北関東や静岡あたりまで行く場合も一日がかりなる。
 そんなこんなであちこちの現場へ伺って、「プロ」として仕事するわけだが、「プロ」と言ってもこの業界、ドライバーも含めたバイト率は9割である。というのも社員になろうと思えばなれるが、誰もなりたがらないからだ。社員になっても日給月給制で、実働日数に応じた給与しか支払われない。サラリーマンのように月給が保証されているわけではないのだ。バイトとの違いは保険制度くらい。自由に休めなくなる割にメリットらしいメリットがない。社員になると、3週間休みなしなどのハードスケジュールが平気でまかり通ってしまう。そういう状況なので、引っ越し業界では勤続年数が10年を越えるドライバーでもバイトが多いのだ。たぶん、こういう話は知られていないんじゃなかろうか。
 ついでだから書いておこう。引っ越し料金を比較見積もりをするウェブサイトがあるようだが、あまり意味がないと思う。というのも、確かに料金は各社まちまちだが、作業量はそれ相当で、結局内容はどこもいっしょだからだ。みんな裏でつながっていて、他社の手が足りないときなど、よその制服を着て仕事をするケースも珍しくない。大手だと下請け業者に丸投げしたり、提携会社に仕事を振ったりする場合も多い。とくに長距離便は一部の大手を除き、傭車(ようしゃ)に任せるのが普通だ(ついでに言うと、長距離だと積む人間と降ろす人間が別なので、分解した家具のネジが見あたらないなどといった、トラブルが起きやすい)。
 僕が経験した中で一番酷かったのは、某有名宅急便会社の引っ越し部門が下請け業者に単身引っ越しを丸投げしたケース。現場に行ってみたところ、なんと冷凍車がやってきたのだ。ドライバーは引っ越し未経験で、梱包資材も養生資材も一切なし。未使用の段ボール箱が2、3箱積んであるだけ、という状況だった。普段はお客さんに荷物確認のため荷台を見てもらうのだが、この時ばかりは車は見せられなかった。ほんとにいい加減である。
 こうした会社同士の繋がりがとくに密なのは海外引っ越しの世界かもしれない。
 

●外国人専門のマンションの引っ越し

 
 海外引っ越しは、おそらく港町ならではの仕事だと思う。というのも、海を越えた引っ越しの場合、家財のほとんどは船便で届けられるからだ。だから海外引っ越しの会社は港町に多い。実際山下埠頭の税関に行く機会がちょこちょこあるので、東京の会社だと不便だと思う。
 この仕事はジャパンエキスプレスの協力会社などで経験した。確認したわけではないが、海外引っ越しという業務は、おそらく歴史が浅いのではないのだろうか。せいぜい40年程度の歴史しかないのではないかと思う。
 ジャパンエキスプレスの場合、創業当初は船客送迎、旅客手荷物運搬、移民船乗船斡旋を手がけていたが、徐々に運送業が主体になっていった。海外引っ越しは運送業が主体になっていく過程で生じた仕事だと思う。国内で引っ越し専門の運送業者が誕生したのが1970年代だと聞いたことがあるので、海外引っ越しに関しても同じ頃誕生したのではないだろうか。
 物流の会社になってしまった結果、ジャパンの本社は東京に移転してしまったが、海外引っ越し業務のために、いまも本牧埠頭に営業所がある(大黒ふ頭にローカル用の営業所もある)。
 海外引っ越しは国内の引っ越し(海外引っ越し業界では「ローカル」と呼んでいた)と、異なる部分が少なくない。
 たとえば、海外引っ越しでは一個人から仕事を依頼されることはほとんどない。顧客の多くは大企業や大使館だ。従業員や職員らが来日あるいは離日する際の荷物を取り扱うのだ。通常の引っ越しは積みも降ろしも一通り自分たちで受け持つのだが、海外引っ越しの場合は1)梱包して出荷用の木箱(クリート Crate)に詰めるところまで(発送)、あるいは2)税関に行ってコンテナに収まった家財道具を自社のトラックに移し替え、客先へ搬送する(荷受と配送)のが仕事だ。つまり積みか降ろしか、どちらかだけ担当することになる。日本の外に出るのは荷物だけで、作業員自体は日本から移動することはない。しかしエリート外人さんや海外に駐在する大企業社員のお宅を拝見できてしまうわけで、なかなか楽しい仕事だった。
 たいていの場合、外国人専門のマンションが現場なのだが、そういう物件は数が決まっているため、しばらくすると同じマンションに何度か行くハメになる。広い階段やゆとりのある間取りなど、作業する条件として申し分ないのが嬉しい。メゾネットタイプの物件の場合など、普段目にしないような豪華なお宅を見かけたことがなんどもあった。
 現場の多くは都内なのだが、横浜の仕事を受ける場合もある。その場合、本牧のジーブラザーズ・ホームという海外専門不動産会社の仕事が多い。ジーブラザーズは「レポ」の8・9号に書いたフリーメイソン横浜ロッジの取材でもお世話になった会社だ(記事をまとめた kindle 本はこちら)。引っ越し仕事の際インタビューに応じてくれた居留地民の子孫ジョンさんが自社管理物件の立ち会いにやって来たのに出くわし、作業着姿の僕はバツの悪い思いをしたことがある。
 ジーブラザーズ管理物件での引っ越し作業で思い出したのが、クレイジーケンバンドのフロントマン、横山剣の弟分として知られるある歌手が通訳兼作業員としてやってきたことがある。そのときはそんなことは知らず、「なんか雰囲気のある人だな」という程度の認識だった。1、2年経ってから友人から彼を紹介してもらったのだが、お互い「あのときの!」という感じで、笑うしかなかった。あの形容しがたい連帯意識と「かっこ悪いとこ見られちゃったな〜」が入り交じった感情は、説明しがたい。
 

●息を合わせて働く

 
 話を本筋に戻そう。
 国内ローカルの引っ越しであれば、タンスなどは専用の「パット」と呼ばれるゴムの入った伸縮性のある梱包材で巻くのが通例なのだが、海外便の場合、資材は一方通行なので使い捨ての紙製のものをつかう。また原則すべて巻段で梱包するのだが、初めての現場で自転車を5台梱包させられたのには参った。国内の引っ越しだと、傷が付かないようにトラックの荷台で毛布を掛けるくらい。自転車は梱包しない。やったことがないので、唖然とした覚えがある。
 いちいち用語が英語なのも海外相手の仕事らしい。段ボールはカートン、巻段はコルゲート、ちょっとしたものを巻く紙はクラフトと呼んでいた。梱包はパック、開梱はアンパック、荷物のお届けはデリバリーだった。
 海外引っ越しの仕事では、僕はいつも子供部屋の梱包を割り振られていた。欧米系の幼児の部屋はやたらめったらレゴやミニカーなどの小さなおもちゃが多く、梱包するのに異様なくらい時間が掛かる。しかしキッチン関係もたいへんらしく、自分の分担を終わらせて様子を見に行くと、たいていキッチンは梱包の真っ最中だった。
 ご祝儀の感覚にも若干違いがあった。不景気が長びいてめっきり減ってしまったが、日本人宅では作業員にご祝儀を渡す風習がある。チップの習慣がない日本では珍しいことだと思うが、欧米文化圏には作業員にチップを渡す習慣はないらしい。その代わりピザの出前をとってくれることがある。また日本人宅であればお茶や缶コーヒーなどを振る舞ってくれる場面で、炭酸水にトルティーヤチップスを差し出され、作業員全員が引いたこともあった。
 欧米系の駐在員は世界各国を転々としているケースが多く、多数の国々で引っ越し作業を経験している。彼らから見て、日本の業者のチームワークの良さは感嘆するレベルらしい。「こんなにチームワークがいい会社は初めて見た」と言われたことがある。なにかの本で「日本人の集団は蟻のように動く」という言葉を見かけたことがある。仮にリーダーがいなかったとしても、びしっと統率が取れているように見えるらしい。「息を合わせて働く」というのは、日本社会が育んできた長所かもしれない。

 
 
 
-ヒビレポ 2013年10月28日号-

Share on Facebook