バイト・サバイバー 第5回

引っ越しの世界にはひとつとして同じ現場はない(その2)

 
檀原照和(13号で「雑誌販売員として路上に混じる」執筆)
 
 
 

●陸の孤島にあるからいい

 
 引っ越し屋は郊外に会社を構えていることが多い。東京圏であれば山手線沿線よりも板橋区や江東区、あるいは西東京や川崎の多摩地区、横浜の北部などだ。
 理由は単純で土地が安いから。引っ越し屋は運送業なので広い駐車場が必要だ。引き取った荷物を保管する倉庫も欠かせない。だから広い敷地を確保しなけれればならない。と同時に、客商売ではあるものの、客が来社する機会は絶無であるからして、へんぴな場所にあってもまったく不都合がないのだ。
 実際「陸の孤島」と言いたくなるような場所で操業している会社、結構ある。畑混じりの郊外で物流倉庫とならんで立地しているパターン。足がないと通勤で不自由することになる。もし求人媒体に「自動車通勤可」と書いてあったら、そんな場所にあるんじゃないかな? だから車やバイクで通ってくる人が多い。出勤時間は朝7時ころが一般的だ。
 出勤時間は早いものの、通勤地獄とは無縁。この一点だけはありがたい。肉体労働における数少ないメリットである。
 もうひとつメリットを上げるとすれば、「経験が浅くても入って行きやすい」という部分だろうか。
 しばしばライター業は「ペンと紙さえあれば出来る仕事」だと言われるが、その言い方になぞらえてみれば、引越しは「トラックと電話さえあれば出来る」仕事である。
 

 
 しかし作業員ならともかく、経営者にとって会社を維持するのは簡単ではない。原因の一つは薄利多売な価格設定。もうひとつは季節による変動が大きいことである。突発的にトラックや作業員の数が足りなくなることがあるので、日頃から業界内でのつながりを密にしておかなければならない。引越し以外の配送業務も抑えておいたほうが経営が安定する。というわけで、引越し一本でやっていくのは楽ではない。
  おまけに近年は生き残り競争がますます激しくなっているようで、価格のみならず、現場でのサービスやマナーに関してどんどんうるさくなってきている。
 そもそも論でいえば、運送屋さんである。雑とは言わないまでも、勢いで仕事をするような部分があった筈なのだ。ところが最近は「お客様が掃除をしなければならないから」などという理由で客先でのトイレ利用を禁止するなど、過剰なくらい現場で気を使わせる会社が多い。そう、自然が呼んでも我慢しなくちゃいけないのだ。やりすぎではないかと思う。
 むかしはこんなじゃなかったはず。十数年前の話をしよう。
「いかにも町の引っ越し屋さん」という感じの会社でバイトしたときのこと。新人のバイト君が洗濯機の足をぶつけて割ってしまったのだが、この時のドライバーさんの対応がすごかった。
 この方の、濃い茶色のメガネにパンチパーマ、ねじり鉢巻にダボシャツという出立は一介の引っ越し屋にしては無駄に迫力がありすぎた。おまけに荷物を運んで何往復もし、身体が上気している状態である。運ちゃんのアップは万全だった。
 一方、お客様は気の弱そうな主婦が一人きり。それこそ、ヘビの前のなんとやらの状態であった。

「お客さん、引越は祝い事だから。楽しく行きましょうよ!」

 この一言だけで一切の物損保障なし。お客様は明らかになにか言いたげであったが、運転手に気圧されて泣き寝入りである。ほんとに最低な接客でそれこそ論外だが、しかし、運送業界って昔はこんなのよくある話だったんではないだろうか。今の接客は、まるでビールを買う度に年齢確認を強いるコンビニである。
 もちろんマナーの向上自体は悪いことではない。しかし接客対応にばかり意識を集中させても困った事例はなくならない。それというのも、内輪の金銭トラブルが散見されるからだ。

 

●派遣君に高速代をたかるドライバー 

 
 引っ越しバイトは引っ越し業者に直接雇ってもらうパターンと派遣会社経由で働く場合と二種類ある(作業員ばかりでなく、ドライバーの派遣もしている)。僕はトラックドライバーの経験はないが、バイトと派遣の両方経験している。いまからするのは、派遣の方の話だ。
 あるとき前回も軽く触れた某宅配会社の引っ越し部門へ派遣として行った。その日の作業は下請け業者に完全に丸投げ。元請けは来なかった。
 僕はもうひとりの人間と作業員という立場で働いたのだが、ドライバーがアレだった。
 曰く「いやぁ〜。派遣で働くかドライバーとして運送会社直で働くか迷ったんですよね」。なんか言ってることが怪しい。その日は三軒か四軒廻ったのだが、その内一箇所は時間指定の現場だった。遅れるわけにはいかない。現地まで高速で行くしかない。にもかかわらず……
「お金がないんだよね。貸してくれないかな? ちゃんと返すよ!」
 高速料金を持ち合わせていないトラック運転手。信用なくしますね。
 派遣で行くということは、このドライバーともう一度会う確率はかなり低いということで、つまり貸した金は返ってこないということだ。返ってこない金を貸す奴はいない。結局この時は、もうひとりいた作業員を騙すように口説いて金を出させた。こういうときほど「自分が底辺にいるな」と感じることはない。
 こんな事例もあった。同じく某宅配会社の引っ越し部門の仕事を、下請けが丸投げされたケースである。
 横浜の関内地区から千葉の木更津近郊までの引っ越し。物量も少なく、楽勝の筈であった。しかしお客様が言うのである。「14時には現地に着くと聞いていますが?」
 そんな話は現場の誰一人として聞いていなかった。電話で確認したところ、こちらに伝えていなかっただけで、元請けは客先に着時間の約束をしていたらしい。しかも元請けはしっかり高速料金を徴収しておきながら、下請けにはビタ一文渡していないのである。じつに悪質な会社ぐるみのピンハネであった。ありえない。でも、元請けの親会社は誰でも知ってる超大手なんだよな。
 すでに時刻は11時半を廻ろうとしている。とにかくトラックは荷を積んで走り出した。5分も走らないうちに、ドライバーさんが奥さんと電話で相談を始めた。
「……そういうわけでさ。アクアラインに乗らないと指定の時間に間に合わないんだよ。乗ってもいいかな?」
 奥さんの答えは「ノー」であった。ドライバーさんはしばらく躊躇していたものの、職業人として背に腹は代えられない。決して多いとは言えない自分のお小遣いから高速料金3,900円を払ったのである。悲惨だ。
 元請け→下請け→妻→夫
 露骨すぎるしわ寄せの連鎖攻撃である。
 ほかにもお客様から頂いたご祝儀を独り占めするドライバーの話や、「これ以上払うと赤字になるから」という自分勝手な理由で残業代の支払いを拒否する会社など、お金のことでありえない対応をする事例を何度も見てきた。でもこういう話、よその業界にもあるよね、きっと。
 
 

●定番のネタ、芸能人宅の引っ越し

 
 この辺りで楽しい話題にも触れておこう。
 聞き手にとって楽しい引っ越し話といったら

 ・有名人
 ・ヤクザ
 ・夜逃げ

 ではないだろうか。
 僕はこの三つ、全部経験している。
 夜逃げの話は前回したので、差し障りのない程度に有名人宅の話をちょろっと。
 僕が直接経験したのは  AKB  の引っ越し。メンバーのうち三人が同居する物件と、超豪華なメゾネットタイプの物件の2軒である。僕自身は経験していないが、同僚が伊藤英明の家や矢沢永吉の家の引っ越しを経験している(矢沢の家は、是非やってみたかった。本人は不在で奥さんと娘しかいなかったということだが)。
 AKB  の三人部屋の時は、お客さんのことは何も聞いていなかったのだが、私物を入れた段ボール箱にメンバーの名前が書いてあったので発覚した。当然上の方は知っていたと思うが、末端の作業員には知らされていなかったのだ。三人一緒ということはいわゆる寮ということになるのだろうが、それにしては立派なマンションだった。まだ築半年くらい。山手線の内側、品川エリアの某所で周囲は感じの良い住宅地である。
 メソネットタイプのときは、縁を描く山手線のど真ん中。坂のある閑静な住宅地の一角だった。この時はクライアント名が予め知らされており、周囲にカメラマンなどが張り込んでいないかどうか確認するところから始まった。周囲に張りめぐらされた塀は高さ3メートルほどもあり、監視カメラも付いていた。一応マンションの一室だったのだが、そのひと部屋だけで平均的な戸建て住宅よりもずっと広かった。プライバシーに考慮したためだろうか、部屋のロケーションは1階と地下で(*くどいようだがメゾネットタイプ)応接間など主なスペースは地下に集中していた。この応接間はゆうに40畳はあっただろう。都会のど真ん中とは思えないほど静かで落ち着いた空間だった。吹き抜けで天井が高かったせいもあり、貴族が高原に建てた離宮を思わせた。芸能人って、きっとこういうところで内輪だけのシークレットパーティーをするんだろうね。
 残念ながら僕は  AKB  のメンバーの名前がほとんど分からないし、興味はないのだが、この時の家は今まで見た中でも一、二を争うほど立派だったので印象に残っている。
 ヤクザの引っ越しも強烈だった。以前何かで読んだ話では子分がいて手伝ってくれるのはいいが、恐くてやりづらいし……とのことだったが、僕が行った家には取り巻きはいなかった。ただ物量が半端なかった。50代後半くらいの旦那さん、30代と思しき奥さん、それに小さな息子の三人暮らしなのだが、4トン車で三台以上の物量だったと思う。その殆どが旦那さんひとりの荷物だった。
 とにかくおしゃれなお客様で、旦那さんの靴だけで100足はあったはずだ。お任せパックだったので靴も一足ずつ梱包していかなくてはならない。服の数も異常なほどで、廊下にウォーキングクローゼットが二つくらい、部屋にも一つか二つこしらえられていた。例によって服も旦那さんのものばかりなのだが、白と黒とグレーの三色しかないのである。まるっきりモノクロームの世界だった。引っ越し作業の際、ハンガーに掛かった上着やズボンなどは「ハンガーボックス」という専用の箱に移し替えて運ぶのだが、詰めても詰めても服が減らず、部屋中がハンガーボックスだらけになるという有様だった。
 軒下には等身大の大黒天、玄関に入るとこれまた等身大の一対の壺、応接間には頭の付いた虎の敷物、といった具合でインテリアもこてこてだった。
 ヤクザ者にありがちな話だが、彼らは気前よく振る舞っていい顔をしたいと思っているので、食事は全部面倒を見てくれた。しかし店屋物の中華そばを床座りしながら隅っこで食べているとき、「そんなところにいないでこっちで食べろ」と虎の敷物の方へ手招きされたときは参った。あの敷物の上で汁物すするのは、ちょっとリスキーすぎる。しかもお客さんがお客さんである。
 更に参ったのは、営業が無駄な強がりを言ったことである。あれだけの物量、しかもお任せパックなのだから予備日も考慮して四日みてもらえば良いものを、「うちなら二日で終わらせて見せますよ」と強気の発言をしてみせたのである。
 案の定というか、二日連続で23時半まで働いたにもかかわらず、いつ終わるか先が見えない、という最悪な事態に陥った。荷下ろしと設置作業が完了するまで途方もない時間が掛かるはずだ。しかし荷主であるお客様は立ち会っていなければいけないから、まだ眠るわけにはいかない。作業員に付き合わされて徹夜する、というあり得ない自体になったのだった。上の人間が出来る人だったら、早めにもう一日もらったはず。たかが引っ越しといえど、出来ない人間がやってくると周囲の人間すべてが迷惑する、という典型的な事例だ。

 引っ越しの話はまだまだネタが尽きない。新日本プロレスと提携し現役レスラーが荷積みをしてくれるという「プロレス運輸」で、ブッチャーそっくりなアブドーラ小林といっしょに作業した話、引っ越し代を踏み倒す「恐怖の犬屋敷」、財産差し押さえの現場、引っ越し作業で体は鍛えられるのか、などなどストックは豊富だ。次回はちがう話にしたいと思っているのだが、リクエストが来たらもう一回引っ越し話にしようと思う。どうしますか?

 
 
 
-ヒビレポ 2013年11月4日号-

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