バイト・サバイバー 第6回

引っ越しの世界にはひとつとして同じ現場はない(その3)

 
檀原照和(13号で「雑誌販売員として路上に混じる」執筆)
 
 
 
 本来は「チラシの裏にでも書いとけや」レベルの居酒屋トークではないか、と思っているのだが、この連載面白いんでだろうか? まぁ、出来ることをやるだけだ。編集のヒラカツさんより「つづけて引っ越しで行きましょう」の言葉をもらったので、懲りずに引っ越し話を続行しよう。

 引っ越し屋をつづけていくと、もれなく以下のような技能が身につく。

・早喰い
・早替え
・早グソ
 
「早喰い」というのは、文字通り、ささっと食事を平らげるようになること。引っ越しをやっていると、まともに食事をする時間が取れないのだ。必然的にコンビニに寄って移動中に食べる、という感じになる。店舗に入って食べるにしても落ち着いて食べられないことも多い。だから知らず知らずのうちに早食いになるのだ。仕事中の日のみならず、早食いがすっかり身についてしまう。
「ゆっくり食べないと体によくないよ」と昔付き合っていた女の子に言われたが、一種の職業病みたいなもんでどうしようもない。この先、一生早喰いは治らないだろうな。
 ついでに言うと、仕事中は食事の時間がかなり不規則になる。「作業の切りがいいところでお昼を取る」、という形になるのだが、大抵は積み終わって降ろし地への移動中、コンビニやラーメン屋などへ寄って、という流れになる。当然トラックが止めらられる場所でないとダメ。だから結構見つからないときがある。昼食が2時、3時は当たり前。基本的に仕事が終わるまで夕飯は食べることが出来ない。だから夜は10時すぎるまで食べられない、なんてこともざらだ。いつ食べられるか分からないので、朝食は欠かさず食べるのが習慣になる。これ、引っ越し屋の習性と言ってもいいんじゃないかな。
 早替え、早グソも以下同様。隙を見て、ささっとやらないとチャンスが逃げて行ってしまう。
 そんなわけで、上記三つは「引っ越し屋の芸のうち」と言ってもいいんじゃないだろうか。
 

 
 しばしば「引っ越しをやっていると体が鍛えられるでしょ」と言われるが、僕はちっともそう思わない。体を鍛えるならぜったいジムに通った方がいい。引っ越しの場合、ウエイトリフティングのように頭の上まで荷物を持ち上げることもないし、バーベルカールのように支点を固定して人体の理に沿った動きをするわけでもない。握力は付くかも知れないが、トレーニングとしてはかなり効率が悪い。実際、腹が出ている運送屋さん、多いでしょ?
「鍛えられる」と主張する人は、ふだん運動していなかっただけではないだろうか。引っ越しに関して言えば、荷物の持ち方にコツがあるので、それが分かればあまり力は要らないと思う。必要なのは筋力ではなく、慣れである。というのも、サラリーマンが引っ越しの手伝いをする際、体育会っぽくて僕より体格のいい人が、さして重くもない荷物を持てずに苦笑い、っていう光景を、なんどか目にしているからだ。彼らは決して力がないわけではなく、ただ単に馴れていないだけだ。引っ越し仕事を続けても、体が動きを覚えるだけで、力が付くわけではないと思う。
 そのくせしっかり疲労は溜まる。若い頃は腕がパンパンに、足腰が慢性的な疲労蓄積で重くなるまで働いた。いまはもうそんな機会はないけれど。
 疲労の他に蓄積されるのが、手首からヒジにかけての傷。段ボールの角などでひっかき傷だらけになるのだ。
 ……と、ここまで書いて思いだしたが、引っ越しの世界にはときどき化け物のように重い荷物を持てる人がいる。そういう人は業界でも噂になるくらい特別な存在なのだが、それを「流石引っ越し屋さんよね」と一般化されると困る。僕が直接知っている限りでは、300リッターの冷蔵庫をひとりで持ち上げて階段を5段上がった化け物がいたが、あの人はほんとうに例外的な存在。いくら仕事を頑張ってもあんな風になれるわけではなく、プライベートで筋トレしているのである。

 

●プロレスラーの憂鬱

 
 筋トレと言えば、一度だけ現場で「大日本プロレス運輸」のレスラーと合同作業をしたことがある。 
 
 ◆おわび◆
 
 前回原稿の末尾に「新日本プロレスと提携し現役レスラーが荷積みをしてくれるという『プロレス運輸』で……」と書いてしまいましたが、こちらの勘違いでした。
「プロレス運輸」ではなく、「「大日本プロレス運輸」」(当時。現在は「レスラーズ運輸」)が正解です。
 上記二つの会社はどちらも現存していますが、名前がよく似ているためずっと勘違いしていました(じつに紛らわしい!)。「プロレス運輸」の方が圧倒的に知名度が高かったし、似たような名前の業者が首都圏に二つあるとは思わなかったので、きちんと確認していませんでした。失礼いたしました。

 ◆   ◆

「レスラーズ運輸」の公式サイトには以下のような説明書きが踊っている。

<(有)レスラーズ運輸では、大日本プロレス の現役レスラーがみなさんのお引越しをさせていただいています。
リング上の勇姿をあなたのお宅でもお見せします。「笑顔と安全」を合言葉に、あなたの荷物と幸せを運びます。
お気軽にお問い合わせください。>

 謳い文句の横で、代表のアブドーラ小林がタイツ姿でこちらを見据えている。シュールだ。
 さらに「ピラニア・サボテンなんでもOK!」などという煽り文句まである。さながら引っ越し界の荒野をひた走るデスマッチ野郎の集団、といったところだろうか。
 面倒な引っ越しが、エンターテインメントに変貌してしまうという奇襲戦法。「劇場型労働」とでもよべば、しっくりくるだろうか。
 サカイとかアートとか、競合ひしめく引っ越し業界で、あまりにも独特でインパクトがありすぎる。まさしく型破りである。プロレスラーが自宅にやって来て自分の荷物を運んでくれる。たいていのことは同業他社に真似されてしまうのが世の常だが、これを他の業者が真似ることは容易ではない。
「大日本プロレス運輸」といっしょに作業したのは、残念なことに一回だけである。正確に言うと引っ越しではなく、個人事務所へのコピー機の搬入作業であった。こちらが二人、プロレスさんも二人の合同作業。プロレスさんのうちひとりは代表のアブドーラ小林だった。
 アブドーラ小林は、あの「黒い呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャーの弟子(実話)というだけあって、ブッチャーをひと回り小さくしたような体型だった。ブッチャーのような額の刺し傷こそなかったものの、見まごうことなきプロレスラーである。
 コピー機は肩がけの「もっこ」とよばれる道具を使って二人がかりで運ぶのだが、さすが小型ブッチャー。抜群の安定感であった。ぱっと見た感じ、ひとりでも巨大なコピー機を運べそうに見えた。
 しかしである。常人の肉体をはるかに凌駕したレスラーの体に、思わぬ欠陥があることが発覚したのである。なんとその巨体が災いして、個人事務所のせまい階段に体が入らなかったのだ。四角いジャングルからやってきた戦士には、せせこましい日本の住宅は狭すぎた。ちゃんとオチをつけるあたり、さすがプロレスである。
 アブドーラ小林は「体さえ入れば!」と申し訳なさそうにしていた。

 年間120試合をこなすという巡業の合間に稼働しているためタイミングがあうかどうか微妙だが、楽しい事好きなひとにはプロレスラーが荷物を運んでくれる「レスラーズ運輸」はおすすめである。wikipediaによると主に一人暮らしの女性からの依頼が多いそうだ。また「蛍光灯無料引取りサービス」を実施しているとのことだが、集まった蛍光灯は「デスマッチで使用、破壊される」という。あくまでもプロレス魂を忘れない会社なのだった。

 

●困ったお客様たち

 
 この仕事をつづけていると、「勘弁してよ」と言いたくなるお客様に遭遇することもある。
 まず一番困るのが、まったく準備が出来ていないお宅だ。多くの場合、このケースに該当するのは忙しい方ではなく、引っ越しに馴れていないお客様、もしくは下流のお客様である。
 冷蔵庫を開けたらギュウ詰めになった腐った果物や野菜がドカッと落ちてきた、朝食を食べたばかりで汚れた皿がテーブルに置かれたままだった、到着したら段ボールに荷物を詰めている最中だった、などという失敗は、人生に投げやりな下流か、相当馴れていない人でないとしでかさない。
 冷蔵庫の中身はできるだけ減らしておいた方がトラブルが減るし、朝食は皿を洗わずに済むようにおにぎりやサンドイッチにした方がいい。処分品やゴミは前日までに出して頂いた方が助かる。
 ほかに困るのは、お任せパックのとき、せっかく梱包した荷物を開けさせられるケースだ。たとえば長年連れ添った旦那様が亡くなって、ひとり暮らしになったお婆ちゃんの引っ越し。近所の茶飲み友達がお別れの挨拶に来たのだが、「お茶飲みたいから、急須と湯飲みを出してくれないかしら」と言われて困った。もう食器は梱包してしまったのだ。出してあげてもいいのだが、老人の長話が終わるまで待っていると、仕事が終わらない。冗談抜きで「ティータイムが終わるまで帰れません」という羽目に陥ってしまう。客商売という側面はあるし、判断に迷うところだが、このときは断らせてもらった。
 逆に年取ったお客様が気を利かせてお茶を買いに出てくれたのだが、なにぶん老人の足なので時間が掛かり、いつになっても帰れない、というケースもあった。
 ほかに思い付くのは、レイアウトが決まっていないお客様。あれこれ配置換えを要求されると時間が掛かって仕方がない。せっかく搬入した大型家具を「やっぱり間取りに合わないから捨てますね」と言われるのも、馴れるまではしんどく感じた。
 それから見積もりに書いていない部屋が作業中に判明する、というケースも困る。一度自宅が事務所も兼ねている建築家のお宅で、地階に申告されていない書庫があることが分かって「どっかーん」となったことがあった。個人宅の荷物で一番重い荷物は本の入ったハコ、それから金庫だ。壁一面の蔵書のほかタイルや壁紙の見本帳の山に唖然としたものだった。
 事務所と言えば、個人宅ではなくオフィスの移転だが、水平器を持ちだして机のレベル(傾き)を調べだし「若干ですが、傾いていますね」とやり出した人もいた。元々机の脚の高さが揃っておらず、レベルが出ていなかっただけの話なのだが、こちらに言われても、と思う。なにか勘違いしていませんか? でもみんな、こちらがやるものだと決めてかかっているんだな。まぁ、そのくらい対応しますけどね。
 恵比寿にある某カード会社では、お客様主導で引っ越しの手順書が作成され、読み合わせとデモンストレーションのために準備日が設けられる、という異例の対応がなされた。作業員が机周りの梱包と運び出しをしている横で担当社員がストップウォッチをにらみ、「机一台**平均●秒ですね。机が全部で▲台あるので、所要時間はこのくらいですね」とやり出したのには参った。計算通りに行くわけないのに。
 そうそう、犯罪の匂いがするケースも困る。差し押さえの行政執行のため、役人立ち会いの下、家主が留守の間に荷物を押収してしまう、という仕事があるのだが、一度大量のナンバープレートが出てきたことがある。自動車のナンバープレートは、言うまでもなく廃車にしたら陸運局に返却しなければならない。にもかかわらず15枚ほどのプレートが、物置から出てきたのである。こういう面倒くさい荷物には出会いたくないものだ。
 しかしいちばん困るのは、料金を踏み倒すお客様だろう。これは僕自身が経験した現場ではなく、同僚が体験した話だが、横浜の山手の奥にかなり大きなお屋敷があった。お任せパックだったのだが、積みに三日、降ろしに二日、合計五日がかりの個人宅としては大きな現場だった。
 なにより酷かったのは、二階建ての離れ。じつは一棟丸ごと犬小屋だったのだ。お金持ちなのにろくすっぽ掃除をしていなかったらしく、床は犬の糞だらけ。仕事始めは犬の糞掃除だったという。換気もあまりしていなかったらしい。立ちこめる獣臭に気分が悪くなり、ほんとうに耐えがたかったそうだ。
 そんなこんなで気持ちが折れそうなのに、お客様はワインセラーに膨大なワインをストックしていたという。気が遠くなるほどの量を一本一本梱包し、ようやく2/3くらい片付けたところ、「私の大事な●●のボトルを探しているの。見つけてくれないかしら」と奥さまが爆弾発言。ようやく終わりが見えて来たワインボトルの梱包を、罰ゲームのようにほどいていったそうだ(もちろん、あとでまた梱包し直すハメになったとのこと。ご苦労様)。
 このお客様の引っ越し先は、避暑地として有名な軽井沢。現地で宿泊できれば楽なのだが、かなりの人数を投入していたため、それだけの予算がない。結果、二日つづけて軽井沢まで出勤するというご苦労な状況になった。これだけ大変な思いをしたにもかかわらず、このお客様は料金の踏み倒しをやってのけたらしい。その辺の詳細はよく分からないのだが、文字通り迷惑なお客様であった。

 

●一番困ったのは

 
 しかし、一番困ったのは、行った先が友達の家だった、というケースかな。ヘルプで途中合流した家が、女友達の家だった、という。ああ、今思い出してもかっこ悪い。
 
 
 
-ヒビレポ 2013年11月11日号-

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