MAKE A NOISE! 第25回

メリル・ストリープのお言葉(第1回をご参照下さい)に従い、まだ知れ渡っていない面白い映画をロンドンからMake a noise!
 

ジュリアン・アサンジ

 

山口ゆかり
(第13号で「ロンドンでゲイ、レズビアンたちに混じる」執筆)
 
 
 
ジュリアン・アサンジをいけすかなく思っていたのに、深い理由はありません。ウィキリークスの創設者で、現在はロンドンのエクアドル大使館に亡命中のアサンジです。
コンピューターに関して頭が良くて、才覚もあって成功してる。いけすかないに決まってます。ゲイツも、ジョブズも、ザッカーバーグも。

あっ、ジョブズは自分が起こしたアップルをくびになった!それから起こしたのがあのピクサーだった!と亡くなってから知り、感心したのでした。要は、知識も興味もないIT長者を十把一絡げにしてるだけなので、わりと簡単に覆ります。

アサンジについて考えを改めたのは、映画がきっかけ。アサンジと同じオーストラリア人のロバート・コノリー監督が、若き日のアサンジを描いた『Underground: The Julian Assange Story』というオーストラリア映画です。
コノリー監督は、すごく説得力のある映画を作ります。最初に見たのはパワフルな『Balibo』。バリボで起こったことをオーストラリア外にも広く知らせたいという動機で作られたそれを見て、バリボで起こったことは広く知られるべきと思いました。
 

 

コノリー監督が知らしめたかったのは、5人のオーストラリア・テレビ・チームにまつわる一連の出来事です。インドネシア軍の東ティモール侵攻を報じようとして、1975年にバリボで命を落とした5人は、バリボ5として知られます。
2007年になって、ようやくインドネシア軍が報道陣と知りつつ殺害したことが裁判で明かされ、戦争犯罪とされました。オーストラリア政府が事前に知りつつ見殺しにした疑いもあり、政府の情報隠蔽スキャンダルになっているそうです。
バリボ5の真相を追ったジャーナリスト、ロジャー・イーストも命を落としています。『Balibo』は、そのイーストを主人公として、イーストの目で謎を探りつつ紛争地帯バリボを行くスリリングなものになっています。
 
 

 
 
そのコノリー監督が「アサンジをヒーローのように描きたかった」と言う『Underground: The Julian Assange Story』は、もちろんアサンジがヒーローみたいでした。
性的暴行容疑がかけられ微妙な立場にあるアサンジですが、地元オーストラリアでは違った目で見られているのかもしれません。

ヒーローもので大事なのは、超人的なパワー以上に、それを相殺するに足る何かです。
バットマンだって、子どもの頃、両親を目の前で殺害されたからこそ、大金持ちで地下に秘密基地があって美少年ロビンを従えてるのも許せます。
いけてない若者なスパイダーマン、変身する度にシャツを駄目にしてるハルク、みな、そういう部分で許せるのです。

アサンジのハッキング・パワーを許せるのは、その生い立ちゆえ。各地を転々とし、数十回の転校を繰り返しています。母が別れた男に、子ども(アサンジにとっては父親違いの弟)を連れ去られないために、逃げ回っていた母子家庭です。
そういう環境で育った子どもが、コンピューターを通じ、どこにでも入り込める少年になるのは痛快でもあります。
 
 

 
 
そう言えば、昔、ベルク・カッツェのファンになったのも、転校を繰り返していたからでした。
べルク・カッツェは正義の味方ガッチャマンの敵。男にでも女にでもなれて、ガッチャマンを欺いたりするのですが、子どもの頃は変身を自分で制御できなかった。男になったり、女になったりする度に転校してた!というベルク・カッツェ物語が、テレビ放映の何回目かにありました。男女の双子として生まれるはずが、1人として生まれてそうなったとかなんとか。
悪の手先ベルク・カッツェでさえ、普通に学校行ってたと知り、親近感がわきました。しかも、そんな大変な症状を抱えながら通い続けたとはえらいと、学校嫌いだった私は思いました。

『Underground: The Julian Assange Story』に戻ると、大筋では事実が基でも、事実と異なる部分もあります。例えば、原発反対デモ用のぼりを手作りしてる母を尻目に、アサンジが原発会社のコンピューターにつないで原発を止めてしまう場面は創作とコノリー監督自身が明かしています。
言ってみれば盛った場面ですが、それでわかりやすくなったところもあります。いろいろな男性とくっついたり離れたり子どもを作ったりしながら、社会的な活動もしているフリー・スピリットな母というのは、実際そのようです。
ティーンエージャーでガールフレンドとの間に子どもを作ってしまうアサンジというところは事実です。フリー・スピリット家族ですね。良いんじゃない?

と、あっさり評価を変えたところ、最近、立て続けにアサンジ関連の映画が出てきました。アレックス・ギブニー監督のドキュメンタリー『We Steal Secrets: The Story of Wikileaks』、アサンジ自らプロデュースしたドキュメンタリー『Mediastan』、ハリウッド映画の『The Fifth Estate』。
実は、まだ、どれも見てないのですが、『We Steal Secrets: The Story of Wikileaks』では保身に走るアサンジなんてのも暴かれてるらしい。

いつか見て、ほんとうそうなら、人には良いところも悪いところもある、あたりで納得するかなあ。若き日はヒーローみたいだったけど、権力を手にして無茶するようになった、とか。
アサンジの評価は揺らぐかもしれませんが、『Underground: The Julian Assange Story』が映画として悪くないという評価は変わりません。

いずれにせよ、良く知りもせず人をジャッジするのは褒められたことではありません。
何がいけすかなかったのか、あらためて、考えてみました。コンピューターに関して頭が良いのはOK。才覚もあって成功してるのが気に食わない。ねたんでるだけでした。

コンピューター・オタク含め、ギークをもてはやす最近の風潮はむしろ歓迎。かっこいいのがスポーツマンだけじゃなくなったのは喜ばしい。なんにせよ多様性が出てくるのは良いことです。
ということで、次回はとっておきのクール・ギークです。

 

 
 
-ヒビレポ 2013年12月17日号-

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