バイト・サバイバー 第9回

楽すぎて仕事中の読書に身が入らない

 
檀原照和(13号で「雑誌販売員として路上に混じる」執筆)
 
 
 
 

 いままで体験したバイトの中で群を抜いて楽だったのは、渋谷にある資格試験予備校での授業の撮影業務だろう。正確に言うとバイトではなく派遣業務だったのだが、細かいことはいい。週5日勤務で時給1,600円。月収が30万を超えるときもあり、各種保険完備。非正規労働者とは思えないほどの好待遇だった。
 作業は、教室の前方、教壇の裏側にある隠し部屋のような所で行った。授業の開始と同時に、天井に固定されたカメラをコントローラーで遠隔操作して撮影を開始。しばらく様子を見て何も問題がなければ、あとは昼寝をしていても漫画を読んでいても、予備のビデオデッキで映画を見ていても OK。授業が終了するとき、きちんと停止ボタンさえ押せば良い、というエラく舐めた仕事であった。これで時給1,600円。バブリーな時代だったな。
 仕事にはもうひとつ、ビデオの再生というのもあった。この学校には先生が実際に講義を行う「ライブ授業」と録画したビデオを視聴する「ビデオ授業」があったのだが、録画したビデオを再生するのも僕らの仕事だった。この仕事も録画同様、時間通りにボタンさえ押せば、あとは何をやっていても自由、という極楽仕様だった。世の中にはこんな仕事もあるのだ。

 

 

 いまだに「ビデオ講義とライブの講義、どちらがいいの?」という議論があるようだが、絶対に生の方がよい。ビデオだと集中力が散漫になり、身が入らないのだ。これは僕だけの主観ではないと思う。その証拠に、生の講義の出席率とビデオ講義の出席率の差は歴然としていた。生であれ、ビデオであれ、授業中無駄話をする生徒はいない。しかし生の講義中は、生徒たちの発する熱量を端で見ているこちらも感じ取れたのに対し、ビデオ講義中の教室は冷めたピザのような空気に包まれていた。
 一応壁で仕切られているとは言え、そんな空気の中で「ボタンを押すだけ」の仕事をしていると、そりゃ、気が緩む。僕が入社する前のことだが、授業中に一人見しようと持ち込んだ競馬のビデオを間違って放映してしまい、一発で首になった人間がいた、という話を聞いた。このときは生徒たちからかなりのクレームが来たらしい(そりゃそうだ)。
 そんなこんなでメンバーの気の緩みが命取りにならないようにと、やたらとペーパーワークを増やしてみたり、撮影のノウハウをビデオ学習させられたりしたが、いかんせん業務の内容が業務の内容である。楽なのはよかったが、「楽すぎて仕事中の読書に身が入らない」という贅沢な悩みを抱えていた。仕事中に早飯したり、昼寝したり、電話で無駄話したり、やりたい放題だったな。
 ビデオチームはたしか6人くらいいたはずだが、僕ともうひとりだけが派遣で、あとはみんな正社員だった。しかし正社員とか社会人とかいっても、あの仕事ではなにも身につかない。厳しさのかけらもないし、やりがいを感じる機会もない。社員のひとたちは自分たちのことをどう思ってたんだろう。
 社内でもこの部署をどうにかした方がよいと考えていた人たちがいたらしく、男ばかり6人の部署に、あるとき唐突に可愛いい女性新入社員が配属された。しかし男ばかりの職場、しかも他の部署と一切接触がなく、業務といっても子供にもできそうな仕事だけ、という環境からめちゃめちゃ居心地が悪そうだった。男どもは昼時きまって外食に出かけるのだが、彼女はいつもひとりぽつんと、手作り弁当を自分の席で食べていた。なんかもう痛々しくて、かと言ってなんと声を賭けてよいのかもわからない状態だった。もうちょっとカラッとした女性だったらよかったのだが、若干内向的なタイプだったせいだろうか。わずかひと月ほどで体調を崩してしまい(心因性?)、退職してしまった。
 この学校は某国家試験の予備校の中で後発だったにもかかわらず、群を抜く人気を誇っていた。塾長にカリスマ的な人気があり、ほとんど宗教的なくらいに生徒たちから信奉を集めていた。IT の世界で言うところのアップルみたいな存在である。僕たち撮影班は毎回授業が始まる前に塾長室へ行かなければならなかった。塾長が授業で使うマッキントッシュを移動して、教壇でスタンバイ状態にする必要があったからだ。だから塾長と顔を会わせる機会があった。
 成功者というのは、たいてい佇まいに余裕がある。この先生もカリスマ特有の晴れがましさがあった。授業のとき、エジプトのピラミッドのなかで迷子になり、出口が見つからずに野垂れ死にするかと本気で思った、というエピソードを好んでする人だったが、この話は今もしているのだろうか。
 この仕事には「ひたすら楽な仕事だった」「近所の飲食店にかわいい店員さんがいて、一回だけデートした」という以上の記憶がほとんど残ってない。楽すぎると記憶に残りづらいんだろうな。

●勉強は地道にアナログで

 ビデオ撮影の仕事は、今年のはじめにも2ヶ月ほど体験した。この時は中学生向けの予備校の授業の収録作業だった。なんでもネット上で配信する教材にするとのことで、雇用契約を結ぶとき、業務上取り扱った事項の守秘義務にサインさせられた。
 「ネット配信」というとすごくハイテクな響きに聞こえるが、なんのことはない。テレビなどと違ってネット向けのコンテンツは家庭用の映像機材でも簡単に作成できてしまうのだ。このときは市販されているビクターとソニーのDVカメラ(たぶん3万円くらいの代物)を、これまた安物の三脚の上に載せての撮影だった。
 僕が責任者だったら、ビデオ機材が水平にセッティングされているか確かめるために、100円ショップで水平器をまとめ買いしただろう。しかし機材の設営は感覚任せのいい加減なものだった。なによりひどかったのが撮影ブースだ。白い化粧板の衝立をビニール紐やビニールテープで固定しただけの、防音性も静粛性もへったくれもないしろものだったのだ。3フロア借りきった雑居ビルのなかは、単なる「仕切り」でしかない「ブース」で、巣箱の中のミツバチの小部屋のようにびっちり埋まっていた。このビルは大通りに面していたため、窓を閉めきってもパトカーや救急車などの走行音が収録中に飛び込んでくる。それどころか、となりのブースの音声まで拾えてしまうほどで、とてもスタジオとは言えないお粗末なものだった。
 はじめのうちこそ「撮影中、異音を拾っているのが聞こえたら撮り直すように」と言われていたのだが、すぐなし崩しの状態になった。某国家試験予備校の時同様、機材や照明、編集などに関する高度な編集知識は求められていなかったし、通常であれば求められてしかるべきディレクション能力やノンリニア編集、エンコード、 DVDオーサリングのスキルは別のセクションが担当するため不要だった。つまりこの時もボタン押し要員だったわけだ。
 ただこの時の仕事は、前回の職場と大きく違う条件下で行なっていた。というのも、ブースが異様に狭く、三畳程度しかなかったのだ。三畳しかない撮影ブース。文字通り講師とフェイス・トゥ・フェイスである。あまりにも近すぎる。収録中の人間はテンションが高い。集中もしている。そんな人たちとカメラ越しとは言え、一歩の距離で対峙しているのだ。こちらものほほんとはしていられない。その結果、単なるボタン押し要員でしかないにも関わらず、異様に疲れる仕事だった。
 出演講師は、ふだん予備校や進学塾で講師として活躍しているアルバイトの大学生が多かったが、人前で話すのに慣れているだけあって華やかな空気をまとった人が多かった。なかにはプロ顔負けのマジシャンで、何度かマジックショーに出たことがあるという講師までいた。
 講師のギャラは単価性だったため、スパっと終わる単元をごっそりもってきて、人の倍のスピードで収録しまくるモンスター講師もいた。普通は一単元3〜5分なのだが、ものによっては1分強くらいの場合もある。そういうのをごそっと持ってくるのだ。撮影者は単元ごとにペーパーを作成しなくてはならないのだが、書くスピードが追いつかず、記入のためだけに残業まで強いられるほどだった。
 この収録作業プロジェクトはすでに予定収録数を撮り終えているはずだが、配信自体ビジネスとしてうまくいったのかどうか疑問である。ビデオが登場したときも、CD-ROMが登場したときも、さまざまな学習教材が発売されたが、大ヒットしたという話は聞いたことがない。勉強ってハイテクの力を以ってしても、劇的な学習効果が上がらないものだからね。ましてやあの舞台裏を見てしまっては、試そうという気が起こらない。教材はアナログに地道にいくのが正解なんじゃないだろうか。

●いや、残念で

 撮影する側だけでなく、撮影される側になったこともある。
 ひとつはカラオケビデオの出演者。これは友人の従兄弟が映像関係の仕事でビデオを撮影することになったので、出演者を集めている。ヒマだったら出ないか? というお誘いに面白そうだったから1回だけ出演したもの。たしか日当は8千円くらいだったかな。
 この時集められたのは10人くらいで、半分はフツーのビジネスパーソン。残り半分は舞台関係の人だった。ウルフルズの「ガッツだぜ」のイメージビデオで、出演者は全員オフィスワーカーという設定だった。主役は元・劇団四季の山田さん(♂)。「四季をやめたあとは、ほんとに地味な仕事ばかりで。こんなに映る仕事は久しぶりですよ」と嬉しそうだった。あまり派手に踊るシーンはなかったのだが、さすがの四季仕込みで抜群の安定感だった。
 ほかの出演者で覚えているのは、「毛皮族」の町田マリーちゃん(去年「大人計画」の少路勇介と結婚した)。まだ毛皮族がブレイク直前の頃で、まさかあの娘があんなに売れるようになるとは思っていなかった。顔がちっちゃくて細身でバランス良いなーと思い、別の女の子といっしょにお茶をしに行ったのだが、マリーちゃんはほとんど話をしてくれず、ちょっと残念な思い出である。
 ほかに片岡鶴太郎が出ていた刑事ドラマにエキストラで出たこともあったが、それも知人からの伝手だった。
 実現しなかったものの、ほんとに出てみたいと思ったのは押井守監督の作品だった。これはバイトに相当するのかどうか微妙なのだが(バイトと非バイトの線引きは、どこなんでしょうか?)、「自分の専門外の仕事で一時雇いの仕事はバイト」だと考えれば、まぁ、バイトということになるのだろう。
 きっかけは、押井監督の姉で舞踏家の最上和子さんと某ワークショップで一緒になったことだった。
「無国籍風の甲冑を着た大勢の兵士の中のひとり」という設定で、「最初から最後までいちども顔が見えない役だけど、それでも良ければ」という条件付だった。今考えると、たぶん監督の実写映画の一つ「ケルベロス」だったのではないかと思う。
 この話が来たときはまだ撮影は始まっておらず、プリプロダクションの段階だった。僕は喜んで出演に OK したのだが、段々予算が足りなくなっていったそうで、出演者の数を減らさざるを得なくなり、僕の出演話はなくなった。非常に残念である。出演の声掛けは広範囲にしたらしく、知人が何人か声を掛けられている。もうちょっと運に恵まれていたら押井作品のエンドロールに名前が載ったのに、と残念でならない。

 
 
 
-ヒビレポ 2013年12月16日号-

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