ハルヒマヒネマ 4−9

人生レコード大賞

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 
 
 
 

20代の頃なんて、考えもしなかったけれど、50周年が間近ともなると、あらら今日でとうとう人生がおわるのかあ、という日のしっぽが、見えてるような気がする。
これまでのハルヒの人生が、何かに記録されているとしたら、記録されてる人生より、記録されてない人生の方が、おそらく短いのだ。
ハルヒは、これから、自分の人生が終わるまでの日を、描いたり書いたりしていこう。
描いたり書いたりつぶやいたり。
と、考えると、途端楽しくなった。
何かから遠くはなれるより、何かに近付いていく方が、楽しい。

と、なんとなく、自分の人生を80歳くらいに見積もってみたが、100歳見積りだとどうなるんだろう。今、ハルヒの好きな、ハルヒの知ってる人たちが、ほぼいない世界なんて、淋しくつまらなさそうだから、80歳見積りなんだけど、彼らの誰よりも長く?遅くまで?生きてるのもおもしろそうだ。
ぜんぶぜんぶ、見届けるのもおもしろそうだ。

 

 

『夢と狂気の王国』 2013 日本
D/W: 砂田麻美 A:宮崎駿/鈴木敏夫/西村義明

2012年から約1年間のスタジオジブリの記録映画。
友達家族が東小金井に引っ越したんで、遊びにいったから、映画にでてくるジブリの近くは見覚えがある。背の高い樹に囲まれた住宅街の、緑とよく合うすっきりしたふたつのスタジオの他、高原のペンションか、豆自慢のマスターの営む喫茶店のような二馬力の社屋、そのとなりの童話好きなおかあさんが喜びそうな開放的な保育園。あー、とてもきもちのよい、素敵な、いい環境だなあ。どなたでも、ひとやすみしていいよと、心優しいベンチが置いてあり、ジブリのアニメを好きな人の多くは、こういう善良な生活を好み望んでいるんだろうなあ。与えることのできる人というには、暮らしが豊かだ。
『風立ちぬ』は、豊かな人たちが主役だったが、その豊かな人たちが暮す世界には、豊かでない人々、安全や発展や文化を与えられる人々がいた。
映画をみている人の多くは、そっち側で暮らしている。そのことを映画をみている人は考えるだろうか。自分たちは、与えられる人間だって。
ものを描いたり、書いたりしてるハルヒは、与えられる側にいるのじゃ、がまんならない。でも、自分が堀越二郎さんの側にいるともおもえないし、こんな環境を作れるジブリの、宮崎駿の側にいるともおもえない。
『風立ちぬ』を観た時の、好ましさと、うらやましさと、ぐーっと詰まるようなくるしさが、この記録映画にもあった。そのままだった。
宮崎駿は、ひとりでだって、映画をつくれるのだろう。時間と、予算と、期待を背負わなくていいのなら、たぶん、ひとりで、おもうままの映画を作ることができるのだと思うが、時間や、予算や、期待を、さらには、関わる人の生活を背負って、やむを得ずに、手間を分業している気がした。
すべては、完成させる為に。
映画の中の宮崎駿は、毎日毎日、自分で作った同じリズムで暮らしている。
自宅から車でスタジオに通い、窓を開け、コーヒーを飲み、ラジオ体操をし、猫を構い、奥さんの作ったお弁当を食べ、ヤクルトを買い、夜9時には、全ての窓を閉め、カーテンを引き、電源を落とし、家に帰っていく。
机の上には常にいくつものシーンやカットがつまれていて、あちこち手を入れながら、まだ最後まで完成していない絵コンテを順を追って仕上げていく。
シナリオはないらしい。だから、スタッフは、監督の指示を信じて作画をあげていくしかない。結末も誰も知らない。
監督の指示は厳しく、難しく、ついていけなくなるスタッフたちもいるのだという。「宮さんはスタッフを下駄くらいにしかおもってないよ」そう、愛情と苦笑を込めて言われているのを観て、でも、監督が感謝するのも、いたわるのも、どこか違和感があると思った。だって、監督は、自分の為にこの映画を、この日程で作っているのではないのだから。
誰かを喜ばせる為、楽しんでもらう為、幸せを、夢を与える為。そんな映画を完成させる為。
「感謝しらず」でいるのは、ひとり、苦しく、淋しいことだろうな。
『風立ちぬ』の試写で、監督が「自分の作品をみて初めて泣いた」と声を詰まらせてたけど、あれは、そんな自分への涙だったんじゃないだろうか。
映画の完成後、監督は引退を発表した。今70すぎで、仕事ができるのはあと10年くらいしかないだろうから、長編はもうやらない、そういう、商業長編アニメからの引退って意味のようだった。
まったくだなと思った。70すぎの人にいつまでも与えられてちゃならないだろう。
『夢と狂気の王国』、おもしろいタイトルだと思ったけれど、狂気というのは、誰の目に映ったものだったんだろうか。カメラを回した砂田監督の目に映ったものなのか、映画をみてるハルヒたちの目に映るはずのものなのか。
いやあ、ハルヒにとっては、感謝と尊敬しか、スクリーンに映っていなかった。
ハルヒは、アニメアレルギーではあるが、ハルヒが知ってるこの世の職業で、アニメを作る人々のことを一番尊敬している。
子どもの頃、いろいろ、夢をみさせてもらった。楽しませてもらった。

ほんの少し、息子の宮崎吾郎監督がでてくる。「僕は、間違って、アニメを作ってる」のだからと、あなたたちの為にやっているのだと、プロデューサーたちに語っている場面だった。
吾郎氏の顔は、宮崎アニメの外国人のようだった。ゴツゴツとした大きな鼻に、ぐるっと虹彩がまわるような目玉。
ああ、そうだな。あそこで、吾郎氏を半笑いでなだめていた、鈴木プロデューサーには狂気を感じた。
高畑監督や宮崎監督を、閉じ込めてしまった人だ。
なんだかいつも、悲しそうな顔で笑ってるね、あのひと。悲しいんだろうな。
 
 

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』2013 アメリカ/イギリス/ドイツ
D/W:ジム・キャームッシュ A: トム・ヒドルストン/ティルダ・スウィントン/ジョン・ハート
 
 
ことしは『ホーリー・モーターズ』と『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』がみれて、よかったなあ。これであと20年は生きていけそうだ。
だって、ハルヒは『ストレンジャー・ザン・パラダイス』と『汚れた血』をみたから、20数年生きてきたんだからね。
アダムと、イヴ、そしてキットは、もうどれだけもこの世を生きて漂っている吸血鬼。
でも、もう空腹にまかせて人を襲うことなどしないし、ドラマチックな誰かへの恨みや執着、人類の敵たる理不尽な支配欲もない。
ただ、そういう生きものとして、生まれてきて、そういう生きものとして、生きているようだ。
彼らは何世紀もの時を旅してきたが、今、生きている世界で流れる時間はハルヒ達と同じで、だから、インターネットを活用してるし、iPhoneを持ち歩いている。食料である血は、自分の血液型にあったものを病院から裏ルートで入手している。
彼らは生きていることに、大きな目的も、使命もない。地位も名声も欲してない。ただ、自分のうちから生まれるものを、紡ぎつづけている。
たとえば、アダムは音楽を、シューベルトに曲を譲ったこともあったり、キットは、シェークスピアのデビュー前に死んだと言われるクリストファー・マーロウであったり。イヴは…イヴはなんだろう。それらを愛し、見守りつづけているんだろうか。ものすごい勢いで、書物の文字を指でなぞり、情報を読み、取り込んでいく様子があった。ティルダ・スウィントンを人間だと思う方が難しい。彼女はアダムの妻を名乗っているが、アダムから生まれたのかもしれない。
映画の始まりで、アダムはアメリカのデトロイト、イヴはモロッコのタンジールで、離れて暮らしている。何世紀も生きてきたふたりには、空間の距離なんてたいしたことではないのだろう。インターネットもあるし。でも、久しぶりに顔が観たいと、外にでるのが、旅がおっくうなアダムに折れて、イヴがはるばる夜行便を乗り継ぎデトロイトにやってくる。
久しぶりのふたり。夜のドライブ。デトロイトは、もう随分前に、廃墟のような都市になってしまったが、イヴには、まだそこに息づく生命力を感じることができると言う。この街はまた息を吹き返すと予言する。
朽ち果てた家やゴシック建築の劇場は、たしかに、まだ息をしているように見える。
『ホーリー・モーターズ』のパリのサマリテーヌ.デパートの亡骸も同じだった。もう死んでしまったようなのに、まだ息がある。静かに呼吸をしている。
アダムと、イヴはそんな呼吸に耳をすましながら、コヨーテの遠吠えする街を歩く。
こんな夜をハルヒも歩いたことがある気がするなあ。
誰かと、歩いたことがある気がする。
ハルヒが好きな映画は、ふわっと、ハルヒの忘れてることを思い出させる。思い出すすれすれのところに触れてくる。(つまり思い出せない)
ふたりの散歩はとても淋しくて、ハルヒは泣きながらスクリーンを観ていたが、その淋しさの幸せなこと。
ふたりの暮らしは、ハルヒにとっては、いや、多くのハルヒのような人々にとっては、夢のように素敵な暮らしだと思った。
きっと、そういう人々はみんな、夜に起き出して、眠った街や、死にかけた街の息づかいを聞き、誰かとふたりで、お互いの事を話していたいと思っているだろうし。陽が昇る前にベッドに潜り込んで、眠くなくなるまで好きなだけ眠っていたいだろうし。
だけど、彼らも余分には欲さないけど、与えることのできる豊かな人たちなのだった。ファーストクラスで好きにどこにでもいけるくらい。
そして、ふたりは、自分たちの意思で生き続けている。もっとこの先を、観続けようとしている。
寿命で命尽きる人間達の変わりに。(人間はなぜか彼らにゾンビと呼ばれていた)
だってさ、自分が見ていないと、結局世界はおわるじゃない。だから、世界を終わらせない為に、生きているんだろうなあ。彼らは、

そう。ハルヒが、のぞみのままに生きるのに、必要なものは、いつでも話せる友達を少なくともひとりと、お金ですね!そうですね!

なんだか、ハルヒは、この映画、とても、明るい未来を観た気持ちになったのだった。
働こう、とか思ったのだった。
とりあえず、友達はひとりいる。と。
で、図々しくも、なんか140歳くらいまで生きたい気持ちになったのだった。
 
 

 
 

ヒビレポ4回めのお当番はこれでおしまいです。何回かサボったし、更新おそくてしみませんでした。

12月30日はまた、『PORCh』の仲間とコミックマーケット85にでます。サークル名はTRMINALです。東ヤ−30a。
若手俳優舞台考察、今回は、舞台の上で演じられるアイドルについてと、クィア・ムービーとして若手俳優のBL邦画を考えてみました。
後日通販もありますので、ご興味あるかたは、ブログやツイッタァをご覧ください。
terminalporch.blog.fc2.com
 
 

では、みなさん、いいかんじの2014年をむかえましょう。おくりましょう。
 
 
 
 
ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://bookman.co.jp/serial-novel/boyslife/boyslife/

 
 
 
-ヒビレポ 2013年12月27日号-

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