バイト・サバイバー 最終回

「ライターとしての自分」を活かせるバイトはないのか、と考えて

 
檀原照和(13号で「雑誌販売員として路上に混じる」執筆)
 
 
 
 
●自分の専門分野を活かしてガイドとかどうだろう

「ライターとしての自分」を活かせるバイトはないのか、と考えたことがある。
 地元横浜のことであれば、結構詳しいつもりだ。なんせ「消えた横浜娼婦たち」 なる本まで書いているくらいだから、一般的な観光のことから裏情報まで一通りの知識は持っている。この知識を活用することは出来ないだろうか。
 発展途上国へ行くと、外国人目当ての「自称ガイド」がわんさかいる。それこそ観光客が望む所へだったらどこへでも案内してやり、通訳も兼ねながら世話を焼いてやるのだ。
 日本で同じことをするのは無理だ。しかし考えた。浅草や京都などで目にする人力車。あるいはベロタクシー(輪タク)など、ちょっと珍しい乗り物を媒介にすれば「自称ガイド」業はなり立つのではないだろうか。横浜で見かける観光巡りの足といえば、人力車、ベロタクシー、ポニータクシー(馬車)である(つい数年前までは、タイの小型三輪自動車・トゥクトゥクも走っていた)。そのうち見かける確率が多く、募集も行っているのはベロタクシーだけだ。そういうわけでベロタクシーの運転手にトライしてみた。

 

 

 横浜にベロタクシーがお目見えしたのは2007年3月。当初は NPO法人が運営していたのだが2012年9月に組織変更があり、現在は株式会社として事業を継続している。それに伴って車両が「ベロタクシー」から「シクロポリタン(以下シクロ)」というフランス製の車両にモデルチェンジされた。
 全国の20近い主要都市で運行しているが、実際に乗ったことがある、という人はまだまだ少ないのではないだろうか。ましてやいきなりドライバーである。我ながらよくやるよ、と思う。とはいえ、 JR 石川町駅北口のラブホテル街の裏にシクロのセンターがあることは前々から知っていたので、応募にはあまり抵抗はなかった。
 先方に連絡を取ったところ、まず研修が2日間あり、5千円の講習料が必要だという。かなり強気だ。いいでしょう。参加しますよ。「ちょうど茅ヶ崎方面に住んでいる志望者がいるので一緒にどうですか」という話になり、2名での研修参加となった。
 講習内容はいたって普通。シクロの車両の説明からはじまって、路上でスラロームを練習したり、指導員を乗せて実地走行するなどした。
 乗ってみて分かったのは、意外と軽く漕げるということ。大人が二人乗車するとトータルの重量は300キロを超えるのだが、その重さを感じさせない。その上電動アシストもついているので、楽ちんだ。とはいえ、坂道はちょっときつい。基本、横浜の繁華街は平坦なのだが、橋の手前に勾配がついており、その上りが意外と負担になる。漕いでいると、普段は見落としている起伏が気になる。
 勾配はアシストをオンにしなくても乗り越えられる。というか、バッテリーの持ちが心配なのでなるだけオンにしたくない。バッテリーには二つのサイズがあり、大きい方は容量は節約しながら使えばなんとか誤魔化しながら一日持つ程度、小さい方は半日しか持たない。しかし充電には一晩かかる。そんなわけで極力人力を活用したエコなドライビングを心掛けていた。
 シクロの運転はかなり楽しい。講習会の相方はすっかり浮かれて、一般道で路上教習中、ずっと通行人に手を振っていた。割とたくさんの人が手を振り替えしてくれる。他の乗り物では味わえない体験だ。
 シクロの速度はママチャリで流しているのと同じくらい。アシストオンにして全力で漕いでも、さほどスピードは出ない。15キロ出ないくらいだろう。車体が大柄なので下手にスピードを出すと、カーブで横転する危険性がある。基本設計からして「走る」というより「人を乗せて散歩する」という感覚に近い。
 シートやシートポストはスポーツジムのエアロバイクの部品を流用しているらしい。ペダルやハンドルは一般の自転車と同じだ。ギアも自転車と共通で、車両によってグリップ式とラピッドファイヤーと呼ばれる2本のレバーを切り替える方式とに分かれるが、どちらも6段だったと思う。切り替えする度に結構デカイ音がする。ギア操作は結構シビアで、漕ぎ出すときはローに入れておかないとかなりキツイ。また漕いでいる状態でシフトチェンジしないと、割とあっさりチェーンが外れてしまう。とはいえ、それほどむずかしい訳ではない。
 運転する上でやっかいなのは、二段階右折だ。原チャリ同様、右折の際は信号を1回待たなければならいのだが、車体が大きいので結構気を遣う。ときどきシクロが3台程度列になることがあるのだが、さして大きくない交差点の角にシクロが溜まるとかなり迷惑な状態になる。
 もうひとつやっかいなのが左折レーンの存在だ。前述の通りシクロはスピードが出ないので常にキープレフトで走行するのだが、左折レーンがある道路で直進するときは、左端に寄ることが出来ない。だから直進のレーンに漕ぎ入るわけだが、シクロで一般車両と同じレーンを走るのは、結構恐い。 お客さんも同じように感じるんじゃないだろうか。
 利用者の乗降に関しても、一般車両とは感覚が違う。タクシーのように車道で乗り降りしてもらうのではなく、歩道に乗り上げた状態でアクセスしてもらうのだ。客待ちのときも同様で、つねに歩道に停止した状態で客引きする。この「歩道で」というのが結構微妙で、場所によってお断りされるケースがあるのだ。人気観光スポットの中華街はシクロの客引きに厳しく、乗り入れは出来ても客引きは出来ない。また新規オープンしたばかりの施設の前での客引きも、先方の了解が取れていない場合が多いので NG だ。客引きするポイントはドライバーが任意で決めてしまって構わないのだが、人通りがあって邪魔にならない広い歩道は限られてくるので、意外と自由度は低い。
 
●客受けはいいのだが

 僕がやってみたかったのはオリジナルツアーを主催して、観光地から外れた横浜を案内することだが、残念なことにシクロでは無理な相談だった。というのも、運行エリアが決まってしまっているからだ。
 多くの観光地同様、横浜も「地元民の生活エリア」と「観光エリア」に分かれているが、この二つの境界線となっているのが、市街地を南北に走る JR 根岸線(京浜東北線)だ。多くの観光客は、JR の線路の西側に拡がる「地元民ゾーン」に足を運ばない。したがって、シクロもJR の線路の西側には行けない。運行を許されているのは線路の東側の観光エリア、それも平野部だけなのだ。外人墓地や港の見える丘公園にさえ行けない。この状況では、面白い場所に案内するのはむずかしい。
 横浜にやってくる人々が期待するのは中華街やみなとみらい、山下公園といったよそ行きの顔である。
 僕が案内したいのは、たとえば「フリーメイソンゆかりの地」や「外国人娼婦たちの足跡」などというディープなスポットだ。そもそも横浜の観光開発は港湾エリアに偏りすぎている。同じ港町である神戸と比較されたのは昔の話。横浜の現在のライバルは、お台場である。華やかでビーチも兼ね備えたお台場と比較したとき、横浜が上回っているのは歴史の長さと深さくらいだが、多くの観光客、とくに若い層はそういうものを求めていない。彼らが期待しているのはおしゃれな夜景や中華料理、イメージとしての港である。ほとんどの観光客は三渓園(由緒ある広大な日本庭園)さえ知らない。観光地としての横浜は、いずれ消費し尽くされ飽きられてしまうと思う。
 個人的に外部の人に見せてあげたいと思うのは、本牧の横浜港シンボルタワーや海釣り公園、港南区から鎌倉まで続くトレイル、根岸森林公園から山元町一帯に広がる入り組んだ小道、野毛の飲み屋街、神戸の「モトコウ」を連想させる六角橋商店街、黒湯の温泉、無駄に多い角打ち(酒屋に併設された立ち飲み屋)、久保山墓地、鶴見から川崎一帯に広がるコンビナート郡、横浜庶民の味・家系ラーメン、(市境を越えて横須賀に入ってしまうが)鷹取山の磨崖仏などといったものである。しかしシクロをつかってこういうツアーを組むのは無理だ。
 客商売なので客が見たいもの、行きたいところへ連れて行くべきなのだろう。納得のいくだけの稼ぎがあればそこは妥協できる。しかしシクロのドライバー、儲からないのだ。研修のとき「時期によって波はあるけど、年間を通して平均すれば1日1万円位にはなる」という話だったが、シクロで1万円稼ぐのは大変である。「平均時給:1400〜2000円」というのが謳い文句だが、まずそうはならない。客単価はおおよそ千円〜千五百円くらいが平均だが、事務所に引かれる分や客が捕まらない時間帯を考えると、夏でもなんとかなったりならなかったり、である。雨の日や冬日は閑散期だし、赤レンガなどでイベントがある日は集客率が上がるものの、今度は8台しかないシクロに乗れるかどうか分からないという問題が発生する。観光客の数そのものが東京に比べて少ないので、勝算の高い仕事とは言いがたい側面もある。
 客受けはものすごくいいし、可愛い女の子二人連れ、というパターンもちょくちょくあるので、そういう意味でも楽しいのだが、もっと楽に稼げる仕事はほかにいくらでもある。
 そんなこんなでこの仕事はすぐに辞めてしまった。シクロが横浜に来て6年になるが、登録したドライバーはおよそ100人になるという。ずっと残っている人もいないわけではないが、定着率が非常に低いのは少し乗ってみて見切りを付ける人が多いからだと思う。

 
 
 
-ヒビレポ 2013年12月30日号-

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