旧宅探訪  第2回

田島荘

 
下関マグロ(第14号で「僕の八〇年代エロ本仕事」を執筆)
 
 
 
 
 
北尾トロとの動画撮影行脚の第二回。荻窪ですね。前回紹介した、中学、高校の同級生、岡本くんが住んでいる安藤荘に泊まらせてもらっている間、駅前の不動産屋で物件を探したのだ。
「っていうことは、まっさんは、オカモっちゃんがいたから、荻窪に住んだの?」
歩きながら北尾トロは僕にそうきいた。そうだよ、と僕。
「じゃ、オカモっちゃんが浅草に住んでいたら、浅草だったかもしれないんだ。まあ、そう考えると、きっかけっておもしろいね」
と言う。なるほど、その通りかもしれない。東京の地理をまったく理解していなかったけれど、大阪から新幹線で東京駅まできて、中央線に乗って到着する荻窪駅はなんとなく便利な場所のようにも思えた。ただとにかく、早く住む家を決めたかったので、不動産屋から最初に紹介されたところに決めた記憶がある。なんといっても、気に入ったのは部屋そのものではなく、部屋までの道のり。北口を出て、天沼八幡という神社の境内を横切っていく。日大二校通りまで。道のりはこちら。
 

 
岡本くんが住んでいた安藤荘は荻窪駅から青梅街道、環八というように車が多く通る道を歩いていくのだけれど、こちらは、北口から田島荘までは比較的静かだった。さらにあとから周辺を散策してわかったのは、岡本くんが住む安藤荘と田島荘は裏道などを通れば意外に近かった。
 

 

田島荘には1983年の3月の半ばくらいから9月くらいまで住んだ。家賃は覚えていないけれど、3万円くらいではなかったかな、風呂はないけれど、すぐ近所に風呂屋があった。そして、隣はパン屋だった。パン屋があるのは便利だと思ったけれど、さほど利用しなかった。

この年の3月、僕は忙しかった。大阪での下宿から田島荘へ引っ越しし、就職先をさがし、なんとか乃木坂の出版社に就職することができた。最初は丸ノ内線で国会議事堂前で千代田線に乗り換えて乃木坂まで行っていたが、どうせ会社が払ってくれるんだから、もっと高い路線でもいいかと、JR総武線で新宿まで行き、向かいのホームに到着している山手線に乗り、原宿駅。そこで千代田線に乗り換えて乃木坂という定期券にした。

知人などほとんどいない僕は、休日になると岡本くんといっしょに遊んだ。遊びといっても他愛のないもので、空き地や路地などでバトミントンをやったり飯を食いに行ったりした。引っ越してすぐ、岡本くんは駅前にある丸福というラーメン屋に連れて行ってくれた。驚いたのは、客が行列を作って並んでいることだった。大阪では行列に並んで食べるということは一度もなかったので、とにかく珍しい光景だった。しかも、とても静かだった。黙って行列に並んでいる。店の中でも私語はほとんどない。大阪とはずいぶん違うなぁと思った、ずっと黙っていた岡本くんが、「ここで有名なのは玉子ラーメンなんじゃけど、わしはそれにするけど」と小声で言った。「じゃ、僕もそれで」と小声で返した。

あとからわかったことだけれど、丸福に行列ができていたのは山本益博が著書でほめていたからだとわかった、いま思い出してみると、僕と同じように初めてくるお客が多かったのだろう、自分の前に注文した中年女性は「やきにくラーメンください」と言っていた。たしか、壁に「焼肉ラーメン」と書かれたメニューがあった。僕も焼肉ラーメンって何だろうと思っていたのだが、女性店員が「チャーシューラーメンですね」というのを聞いて、あれはチャーシューとよむのだと知った。

今でもそうだが、当時の荻窪もラーメン店が多かった。初めて丸福に行った日、「わしのベストスリーは、さっきの丸福、それに丸信と春木屋じゃの」と言い、散歩がてらにその場所を教えてくれた。春木屋は丸福と同じ青梅街道沿いにあった。
 

 
同じ並びには佐久信というラーメン屋があった。店のなかをのぞくと客はおらず、店主らしき男性が店の椅子に座り、通りを見ていた。ここはどうなのかと岡本くんに聞けば、入ったことがないと言う。その後、佐久信はテレビ番組のバックアップもあって、行列のできる店になるのだが、それはまだあとの話。

そして北口にもう一軒あったのが、丸信だ。こちらは煮干しのだしがきいていて、僕はけっこう好きだった。いまの荻窪だが、春木屋はまだあるが、これまであげた丸福、丸信、佐久信はない。丸福は、いっとき2軒あった。駅近くにもう一軒丸福ができたのだ、山本益博は著作の中で新しいほうは味が落ちるようなことを書いていたけれど、僕にはその違いがまったくわからなかった。というか、むしろ新しくできたほうをおいしいとさえ思った。
 

 
そして、一番好きだった丸信は、いま青梅街道の四面道に近い辺りに移転し営業している。
 

 
さて、そんな話を北尾トロにしながら日大二高通りまでやっていた、1年か2年前、まだ田島荘があることを確認していたが、いまは、隣のパン屋の敷地と合わせた場所に大きなマンションが建っていた。

そのときの動画はこちら→
 

 
注:ラーメン画像は当時のではなく今のものです

 
 
 
 
動画撮影/北尾トロ  似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年1月12日号-

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