ちょっとプアンなタイ散歩 〜新婚旅行編〜 第2回


「甘」のいる生活

吉野 歩
(第13号で「選挙事務所に混じる」執筆)
 
 
 

 
 甘ければいい、というわけではないのだ。甘い教師に甘い採点、甘い言葉にゃご用心だし、脇が甘いとボディーブローの餌食となる。『あまちゃん』は一度も観なかったのでなんとも言えないが、「“アマロス”という症状に苦しんでいる国民がいた」という話を聞くかぎりは、きっと相当な危険人物に違いない。
 
 そんな重要取扱い項目「甘」にも関わらず、私と相方は油断していたのだった。結婚式の準備段階から新婚旅行までの数カ月、まさに「甘」の嵐だったせいだ。特に普段祝われることに慣れていない私は、周囲の人たちからの「おめでとう」を浴び続けたために頭がおかしくなり、判断能力が鈍っていた。普段極めて冷静な相方も、披露宴で調子外れなマイクパフォーマンスをしたり、お客さんに過度なスキンシップを見舞うなど、どこか浮き足だっている。
 だからバンコクのホテルに到着した直後、ベッドの上に薔薇の花びらで作られたハートマークを見つけた私が生娘のようにはしゃいだことも、別に不思議なことではない。寝不足で顔のむくんだ33歳が喜びと恥らいで身をよじらせる姿は、きっとモザイクをかけたくなるほどの見苦しさであったろうが、それは断じて私のせいではない。狡猾な反逆組織、「甘」に操られていただけなのである。
 

 
 

 
 軍団「甘」が送り込んできた最後の刺客は、「ハッピーハネムーン」ケーキ。ホテルのスタッフがサプライズで差しいれてくれたものだ。チョコレートが笹目月のように繊細なカーブを描いている飾り付けからは、洗練されてきたタイのお菓子事情が垣間見れて感慨深い。さらに傍らには、英語で手書きしたメッセージカードも添えられている。コップンカー(ありがとう)、パティシエ。そしてホテルマン。我々はスタッフの心遣いに感激し、完全に「甘」の思うつぼとなった。
 
 スクンヴィット通り、高架路線BTSの「ナナ駅」目の前にある「ランドマークホテル」は、10年前の『地球の歩き方』によれば最高級のランクに入る(今は知らない)。今まで一人で泊まっていた安宿とは、訳が違うのである。ベルボーイが後ろ手で部屋の鍵を閉めて「僕と遊ぼう」と迫ってくることもなければ、先客にヤモリがいたりしない。バスローブもふっかふかだし、枕なんて、なんと1人につき2つずつ用意されてるんだからね。気分はすでに「プリティーウーマン」だ。
 おはようハニー。さぁ、カーテンをすべて開けて! ガラス張りの摩天楼から望むは、朝霧の大都会。ベッドで寝ている相方のためにコーヒーを淹れ、おでこにキッスなどを施して起床を促す。朝日の差し込むテーブルには、昨日のケーキを切り分けて並べた。キラキラ眩しい。思い切り背伸びをする。ドドスカスカチャラ ドドスカスカチャラ〜。耳の奥からプリティーウーマンのイントロが流れてきた。そう、今日からまた新しい1日が始まるんだわ。

 相方と向かい合って座り、「ハッピーハネムーン」ケーキを口に含む——、と同時に第一波襲来! べええええ、唾液とともに吐き出した。マズい! なんだこれは。油のかたまり食ってるみたいでねぇか。もしくは溶解直前のプラスチックか。がんばって飲み込もうとしても、舌根と食道および横隔膜が全力で拒否する。リチャード・ギアもジュリア・ロバーツも、ねろねろのクリームの中に消えた。もしかしたらこれは、展示用のサンプルなのではないか。日本人があまりのマズさに悶絶する様子を別室のモニターではタイ人タレントが見ており、今まさに「どっきり成功」の看板を携えた人間が扉を開けるところではないか。様々な思いが去来する。
 まだ一口も手をつけずに私の様子を観察していた相方は、カチャリとフォークを置くと断言した。
 「それ……、バタークリームだよ」
 日本では高度経済成長期に主役の座を奪われたバタークリームが、時と国境を越えて巻き返しを図っているのか。否、タイのケーキといえば以前からずっとこれが主流なんだとか。そういえば、ホテル1階のパティスリーショップの冷蔵ケースで、センターをはっていたのも同類のケーキだった。以前、北海道みやげでもらった六花亭のバターサンドを美味と感じた私は舌が狂っていたのかと不安になったが、帰国後に知り合いのパティシエに聞いたところ、タイは暑いからショートニング(植物油脂)を多めに入れておりそれが油っぽさの原因ではないかとのことだった。が、もはやどうでもいい。そんなことは。

 これは、悪夢だ。我々は10分ほど会議をした結果、このテロリスト「甘」を捨てることに決めた。ケーキを、それをホールのケーキを丸々ゴミとして捨てるだなんて人道的にどうかという意見も出たが、身体に収められないものは、別の場所に収めるしかない。しかし部屋の中に捨てれば、ハウスキーパーさんが悲しい思いをするだろう。トイレ? 詰まっちゃうよー。私はファミリーマートのビニル袋に「甘」をそっと入れると、自分が着ていたパーカーで包んだ。両手で抱え、捨て猫をこっそり家に持ち帰るときのようなへっぴり腰で部屋のドアを開ける。とてもやましい。目が泳いでしまうので、「甘」を相方に渡す。廊下、誰もいない。エレベーターを降りて目を伏せてフロントをすりぬけ、捨て場所を探す旅がはじまった。
 本当は知っているのだ。「甘」は悪くない。すべては二国間の食文化の違いから起きた悲劇だ。そう思うと、おいそれと変な場所には捨てたくない。最後は「甘」らしい、「甘」にお似合いの場所を選ばなければと、得体の知れぬ情がわく。
 だって、タイではゴミの分別がないらしく、どこのゴミ箱も生臭いのだ。路上の掃き溜めじゃ「甘」がかわいそう。少しは誰かが管理している風の屋台のゴミ箱は、ちょっとした縄張りがあるみたいで躊躇するし、ホームレスの子どもにあげるには形が崩れてしまっている。遠目で魅力的に見えた両替所のカラフルなゴミ箱は、缶用なのか穴が小さすぎて入らなかった。
 
 歩くこと20分。「甘」はまだ相方の腕の中だ。この子は捨てられることを知っているのだろうか。賢いうちの子のことだ、きっと勘付いた上でおとなしく黙っているのだろう。もはや中身はケーキや無機物じゃない、なにか別の生き物だ。
 もうホテルに持ち帰ろう。本人さえその気なら、日本に連れて帰って一緒に暮らしてもいい。なぁに、部屋なんて成長したら与えればいいさ。そして、「甘」の入学先は私立か公立かで迷い始めたとき、突然相方が走り出した。人ごみをすり抜けながら、その先には青いポリバケツ。彼はダンクシュートするみたいに「甘」——いや、白いコンビニ袋を放り込むと即座に蓋をした。
 
 「あー、終わった終わった。飯食おうぜ」

 甘い生活も終わった。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年1月9日号-

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