第一回 奇跡の一夜
早川 舞
イジられまくった乳首
「若く見えますねぇ!」
「彼」の年齢を聞いて、私は心底驚いた。
「彼」と初めて会ったのは、たしか、新宿かどこかのSMバーだったと思う。「日本三大M男性のひとり」とお店の女性から教えてもらい、世の中にはいろんな「三大」があるのだなぁと思いつつ、自己紹介をした。聞けば、戦後のSMの黎明期から、趣味として、ときには実益としてSMに携わってきたのだという。
(戦後だなんて、大げさだなぁ)
と最初に思ったのは、語り口は軽快だし、肌もつやつやしていたからだ。戦後だなんていうからには、大変なおじいちゃんであってもおかしくはないだろうに、彼は五十代半ばぐらいにしか見えなかった。
北尾トロ
「ぜひ持っていって欲しいものがあるんですけど」
雑談もそこそこに、その女性は言ったのだった。
「奥崎謙三って知ってますか?」
「はい、もちろん」
「これ、あの人から届いた手紙や本なんですけど、捨てるのも気が引けるので、差し上げます」
ネット古書店に力を入れていた7年ほど前の話だ。ぼくはその女性の部屋まで買取に行き、30冊ばかりの良質な本を手に入れたところだった。本を処分するのは、数日後にアメリカへ引っ越すからだという。それにしても、奥崎謙三と20代にしか見えないこの女性との接点がわからない。
「私、奥崎謙三って人のこと何も知らなかったんですけど、一度だけ、知り合いに誘われてイベントに行ったことがあるんですよ。そうしたら、手紙やら本やら送られてきて。中身もなんか気持ち悪くて。とにかく処分したいのでよろしくお願いします。売ろうとどうしようとかまいませんから」 (続きを読む…)
川内有緒
面接までに2年間!
「こりゃ、ぼろい……」
その巨大なビルは第二次世界大戦後に建設され、その後は何の改修も施されていない様子だった。窓の外に取り付けられたたくさんのブラインドは鉛色に変色し、多くが折れ曲がったまま物悲しく風に揺れていた。非常階段や窓枠には茶色の錆が浮き、表玄関のコンクリート作りのファザードも大げさなばかりで寒々しい。
その日私は、ある国連機関の面接を受けるために、東京からはるばるパリまでやって来ていた。ホテルから面接会場への道程は、中世そのままの街並みとマロニエの並木道がどこまでも続き、「ずっと散歩していたいなあ」と思うほど美しかった。しかし、目の前に現れたそのビルは、まるで海から引き上げられた戦艦大和さながらに、まわりと時代がずれているように見えた。国連は財政不足だって聞くけど、本当らしいなあ。ちょっと戸惑いながら、面接会場に急ぐ。
第一発目の質問は、見るからに神経質そうなメガネの男性から発せられた。
「なぜこの国連機関で働きたいと思ったのですか?」
うーんと、二秒ほど考えこむ。困った。いろいろな角度からの想定問答を想定して臨んだのに、この質問は逆に後回しにしていて、何の準備もしていなかったのだ。英語で聞かれたのだけが救いで、フランス語なら何を聞かれているかさえも分からなかっただろう。
なんで国連なのか。 (続きを読む…)
島田十万
街の音は遠くに
3年前のことだ。
その日、平日の昼間だというのに、カラフルで奇抜なデザインの服を着た大勢の若い連中で原宿駅前はとても混雑していた。
なにをしようとしているのかは分からないが、誰もが軽く握った携帯電話の小さな画面を睨んでおとなしく突っ立っている。
僕は、改札を出て、真夏のきつい照り返しを全身に受けながら、駅舎の並びにあるコンビニで4本入り315円のバナナを一房と、自分用にペットボトルの水を1本買った。
店を出るとすぐ横の、明治神宮の参道沿いに、物売りや大道芸人らとそれをひやかすたくさんの観客がいた。
その間をぬうようにしながら歩いていって歩道橋のたもとを右に曲がると、りんご飴、焼きそば、クレープなどの屋台が何軒か並んで、そのまま公園の入り口に続いていた。 (続きを読む…)
日高トモキチ
ドリトル先生とオキノシマに行こう
美容室の店主にどこか旅行したかと聞かれたので、オキノシマに行ってきたと答えたら、
「いーいですね、リゾートじゃないですかー」
とかいう反応が返ってきた。語感でオキナワあたりの南の島と勘違いしたらしい。違うって。
隠岐諸島は島根県の北五十キロの日本海にぽつーんと浮かんでいる。かつては八丈島同様流刑の地として知られ、後鳥羽上皇やら後醍醐天皇、小野篁といった面々が不遇を託ったと聞く。あまり南国の楽園といったおもむきではない。っていうか北緯三十六度は東京より北じゃ。
アクセスは空路と航路があり、出雲空港との往復便が一日一本、定員三十六名のバスみたいなプロペラ機が飛ぶ。航路は鳥取の境港や島根の七類港からフェリーと高速艇がわりと頻繁に出ているが、わりと頻繁に欠航する。私どもが行った当日、境港の食堂のおばちゃんが (続きを読む…)
霞流一
CHAPTER1 シンジケート
ここでは、仮に、「アカバネ倶楽部」と呼ぶとしよう。
紳士達の集う秘密結社が実在する。
しかし、フリーメーソンのように陰謀を巡らし、それによって歴史が動いている、そうしたラディカルな都市伝説とは無縁の存在だ。
動いているとすれば、律動ともいうべきソフィストケイトされた動きであり、それは陰謀ではなく、陰茎であろう。
アカバネとは地名。最近では漫画『東京都北区赤羽』(清野とおる著)で知名度を上げている、あのアカバネである。
私は昭和の時代に、およそ三十年間、かの地に在住していた。地元の小中学校に通い、二十数年経った今も当時の同級生らと交友が続いている。その中で、私を含む八人の仲間がアカバネ倶楽部を結成しているのだ。
さて、このシンジケートは一体どんな活動をしているのか? (続きを読む…)
「怪しい少年少女博物館」
宮坂琢磨
シルクハットをかぶり、不気味なほほえみをたたえる巨大なペンギンが、観光客に強烈な違和感を植え付けている。明るい日差しとファミリーの笑い声が満ちた伊豆で異彩を放つその建物の名は「怪しい少年少女博物館」。怪しいまでが正式名称である。入場料の1000円を支払い中に入ると、『ひとりHマニュアル』『世界の女セックス』『SEX失神マニュアル』が並び、もしかしたらここは普通の秘宝館かもしれないと、期待に胸を膨らませる私は28歳。そんな物があるとは思わなかったであろうカップルは顔をしかめている。
卑猥な期待に胸をときめかせ、一歩奥に足を踏み入れると、そこは見渡す限り人形とポスターで埋め尽くされ、隙間のほとんどない“部屋”が広がっていた。
第1回 永遠のマッチさん
えのきどいちろう
「ついこないだ」を取材しようと思いたった。「ついこないだ」はまことにおぼろで、あやふやで、形のないものだ。第一、人によってモノサシが違う。
「ついこないだのことを聞かせて下さい」
と言って、3年前のことを話してくれる人もいれば、20年前の話になる人もいるだろう。何年前の話であっても、それはその人のなかでリアリティーを持っている。鮮度のあせない像を結ぶ。「ついこないだ」のことなのだ。手を伸ばせば触れることだって叶いそうだ。
けれど、人は「ついこないだ」に決して触れることができない。消滅しているのだ。そのとり返しのつかなさに誰もが呆然とする。もしかすると歴史として固定してしまったような時間――明治とか高度成長期のようなもの――より、「ついこないだ」の消え方はアトカタもない。
☆
丸山英輝さん、43歳の「ついこないだ」はドラマのような瞬間だ。ものすごくカッコいいし、ちょっと泣ける感じもある。人の一生にそんなしびれる場面がそうそうあるもんじゃない。ドラマのようと表現したが、丸山さんの「ついこないだ」には、ちゃんとスターも登場する。近藤真彦、そう、あのマッチさんだ。
和田静香
店長は上品なマダムだった
去年の11月から近所のコンビニでバイトをしている。週に3日。朝9時から午後1時まで。時給は850円なり。
働き始めてすぐ、ラクチンだと思っていたコンビニバイトがレジだけ打ってりゃいい暢気なものじゃないと気づいて、自分がいかに世間知らずの甘ちゃんだったか思い知った。
たとえば朝、私が店に行って一番にやるのはレジの後ろにある、フライヤーの掃除。1日使ってベタベタに汚れたフライヤーを洗って、磨いて、古い油を捨てて新しいのに入れ替え、換気扇も洗ってと、ベタベタ油まみれだわ、汗まみれだわ。終わればそのフライヤーで、さっそくチキンだなんだと揚げまくるが、もちろんそうした合間にもお客さんは来る。「いらっしゃいませ~」と大声あげ、急いでベタベタの手をジャブジャブ洗い、「お待たせしました~」と言うがいなやピッピッとレジを打つ。せっかくジャブジャブ大慌てしたのに、何枚もの公共料金の払い込み用紙をバサッと横柄に投げられた日にゃ、郵便局に行きやがれっ!と領収印を打つ手がバンバン荒くなる。レジに厨房、郵便局に宅配業、コンビニバイトはオールマイティーできっつい仕事だ。
第1回 いま、なぜガリ版なのか
乙幡啓子
ガリ版というものを、今こそやってみたいと思ったのだ。
ガリ版。たぶん、40歳前後より上の人々には懐かしく響き、それ以下の人々にはさっぱり響かないだろう、この言葉。かく言う私も小学校の頃、刷る段階だけ手伝った記憶があるかないか…という実に曖昧な思い出しかないのだが、最近どうもそのガリ版が気になってきていた。
なぜなのか考えてみるに、パソコンそしてプリンタの普及によって、誰でも簡単にプロ並みの印刷物ができるようになり、逆に「手書きで版下を作り」「手刷りで印刷物を作る」という、非常にしんどくて大変そうな工程が妙に魅力的に感じるからかもしれない。また、最近とみに話題に上る「電子書籍」、あれは何だか良いもののようであるが、そこにも変に対抗心が湧き上がってしまった、とも考えられる。対抗してどうする。
つまり電気を介さずこの自分の手で文書を大量生産できるんだという、そのことを確認しておきたく、いやそういう言い訳はいいからもうとにかく、ガリ版をやってみたいからやるのだ。
その旨を軽くレポ編集部に打ち合わせたのだが、そこからがちょっとした騒ぎだった。それはのちのちお話するとして。
斉木博司
9時3分発の列車は静かにパリ・ベルシー駅を離れた。
車内には他に数人のフランス人乗客だけ。花の都パリを日曜日に出る列車とは思えない。それ以前に「ベルシー駅ってどこよ?」っていう人がほとんどと思うけど、私も半年前は存在すら知らなかったので心配はない。
いや、読者の心配はいい。今は自分の心配をすべきなのだった。何しろフランス語は酒の名前ぐらいしか分からないし、英語も片言。にもかかわらず一人でフランスの「本の町」の取材に行くことになってしまったのだ。
「どうすんだよ……」 (続きを読む…)
北尾トロ
世の中にクルマ好きは多い。多種多彩なデザインや性能を競い合うその世界が魅力的なのはよくわかるし、ヴィンテージ・カーにも渋い味わいがある。コレクター的な極め方からカタログ収集、模型製作まで、趣味の世界も幅が広そうだ。
暇があればドライブ旅行しているという人もたくさんいるだろう。走るのが好きで、ドライブがてら観光地やら温泉やら、いろんな場所へ行く。うらやましいかぎりである。
しかし、これはどうか。
深夜、国道をバリバリ走りまくり、終点に着いたら即Uターンして引き返す。観光、グルメはゼロ。トイレ休憩すら最小限。こんな生活を10数年間続け、走破した距離が地球8周分。もちろん完全な趣味で、仕事とは関係なし。同好の士はおらず単独行動を貫く――。
どこが楽しいのか、何のために走っているのか、皆目見当がつかないのである。
「いや、オレも最初は話を聞いてもちんぷんかんぷんだったんだけど、理解できないながらもある種リスペクトしちゃうような気分になってきたんだよね」
国道者の存在を教えてくれた知人は、ぜひ会ってみろと言う。
「話の内容、理解できるかな?」 (続きを読む…)